第222話 和解

 

「ルーサ!! ルーサ!! 大丈夫!?」


 リラーナの声が耳に響いた。あまりの眩しさに閉じていた目をゆっくりと開ける。ルギニアスに抱き締められたままだった私は、ルギニアスの胸元から顔を上げるとキョロッと周りを見回した。


 そこは先程までいた真っ白な空間ではなく、ラフィージアの歴代王の肖像画が並ぶ部屋。そこにオルフィウス王と皆がいた。


「リラーナ」

「良かった、ルーサ!! 大丈夫なの!?」

「えっと……ごめん、どうなった?」

「え?」


 リラーナはキョトンとした顔をしていた。皆も怪訝な顔。


「魔石が光ってからどうなってた?」


 私の手にはオルフィウス王が持って来た紫の魔石がある。そして胸元には私の持つ魔石が。今はすっかり落ち着き、光り輝いたりなどはない。


「えっと、魔石が光ったと思ったけど、その後すぐにその光は落ち着いていたわよ? その後、ルーサもルギニアスも抱き合ったまま動かなくなっちゃって……まるで時間が止まったみたいになってた……いくら呼んでも動かないし……」


 不安そうな顔となったリラーナは少し涙ぐんでいる。心配をかけていたようで申し訳ない。


「どれくらいの時間だった?」

「え? そんなには経ってないよ。ほんの数分くらいかな。でもいくら呼んでもゆすっても動かないから心配した……」


 そんな数分の間にアリシャとアリサの人生の記憶を見ていたのね……。あまりの膨大な記憶を一気に見たせいか、現実に戻ると少しの気持ち悪さを覚えた。まるで酔ったかのよう。

 眩暈のような感覚に襲われ、思わずルギニアスの服をギュッと掴んだ。それに気付いたのか、ルギニアスは私の背に回した手に力が籠ったかと思うと、再び私を引き寄せた。


「ルーサ、大丈夫? 顔が真っ青よ」


 皆が心配そうにしてくれている。


「部屋を用意しよう。そこで休むといい」


 オルフィウス王がそう言って、部屋から出ようとしたところでそれを止めた。


「待ってください。聖女の話はまた後で。でもこれだけは先に聞いてもらいたい」


 ルギニアスから身体を離し、顔を見上げる。ルギニアスと真っ直ぐに視線を合わせ頷いた。


「皆も一緒に聞いて……ルギニアスはその二代目王の双子の兄だった……」


 ルギニアスに身体を支えられながら、私たちが見たアリシャの記憶、ルギニアスの過去をこの場にいる全員に向かって話した。


 ルギニアスがラフィージアに生まれた双子の片割れであること。そして初代王である父親に殺されそうになり、地上へと投げ捨てられたこと。その後魔界へと流れてしまい、そこで魔物に育てられたこと。そして、人間が魔物の子を殺したため、次元に穴が開き争いとなり、人間と戦うためにルギニアスが王として祭り上げられたこと。


 皆、無言で聞いていたが、驚きの表情を隠せないでいた。特にオルフィウス王……彼は悲痛な顔となった。


「なんということだ……まさか……初代王が殺そうとしていたなんて……しかもそのせいで魔王となる存在を……」

「ルギニアスが人間……」

「人間と分かっていて魔王に……」

「ひ、酷い……」


 皆が各々呟いている。

 ルギニアスがずっと葛藤しながら戦っていたことは、アリシャの記憶で見たルギニアスの表情ですぐに分かった。ルギニアスだって人間と戦いたかった訳じゃない。出来ればずっと人間とは関わらずに魔界で静かに暮らしていけたらと思っていたはずだ。


 だからなおさら悔しくて仕方がない。こんな争い必要なかったのではないかと思ってしまう。しかし、人間が魔物の子を殺したことは事実……どうしても避けられない戦いだったのね……。


「ルギニアス……と呼ばせてもらってもいいだろうか」


 オルフィウス王がこちらに近付き、真っ直ぐにルギニアスを見詰めた。ルギニアスは私の背に手を添えたまま、オルフィウス王を見た。


「あぁ」


 オルフィウス王は目を伏せ、ゆっくりと言葉を選ぶように話し出した。


「その当時、初代王はそうするしかなかったとはいえ、非人道的なことであることには違いない。許されることではないが、私が代わって謝罪する。貴方には申し訳ないことをした」


 そう言ってオルフィウス王は頭を下げた。皆は驚きの顔となった。まさかラフィージアの王自ら頭を下げるなんて……ましてや魔王と言われた存在であるルギニアスに。


 チラリとルギニアスの顔を見上げると、その顔は怒るでもなく拒絶するでもなく、ただただ静かな表情だった。


「謝る必要などない。人は未知なるものを恐れる。それは仕方ない。俺の魔力が人に恐れを抱かせたのだ。そこに怨みなどない」


 持って生まれたものを変えることなど叶わない。ルギニアスは自身の能力を否定はしていない。こんな力なかったほうが良かったとは思っていない。本当の心の内は分からないけれど、今のルギニアスにはそんな感情は感じない。ただ、その力を持って生まれて来てしまったせいで、人間たちに恐れを抱かせてしまったという事実だけが辛くさせるのだ。


「貴方は魔界に戻りたいのか?」


 その言葉にピクリと反応してしまった。

 ルギニアスは魔界に戻りたいのかしら……それが酷く不安になりチラリと再びルギニアスを見上げた。


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