第221話 アリシャとアリサ
ルギニアスが封じられた後は、魔物たちは統率力を失い、あっという間に魔界へと追いやられた。そしてアリシャはその巨大な穴に結界を張り、二度と魔界と人間界が繋がることのないように封じた。
その後、アリシャはラフィージア王に面会し、自身の記憶を封じた魔石をその弟王へと授けた。弟王はその魔石を手にした瞬間、アリシャとアシェリアンの記憶が流れ込み、魔王が自身の双子の兄だということを知る。
王となったときに知った双子の兄。父親に投げ捨てられた兄が送って来た人生。それを知り弟王は嘆き悲しんだ。そしてずっと探していた兄が魔王だったという事実。兄を自らの手で殺そうとしていたという現実。
聖女によって封じられ、封印は二度と解かれることはない。もう二度と対面することが叶わなくなった兄。それらのことに酷く心を痛めた弟王は自ら退位し、そしてその紫の魔石を自身の肖像画へと隠し、その後まるで兄の後を追うかのように亡くなった。
アリシャはそのことを後に知り、自身が行ったことが正しかったのか、他に方法があったのではないか、と葛藤した。しかしどうしようもなかったことも事実だった。
アリシャは次代の聖女を生んだ。アシェリアンがアリシャを生み出したときとは似て非なる方法。アリシャの内にある全ての魔力を自身のなかで練り上げ、そして赤子として生み出す。それは次代の聖女となり、今後アリシャの張った結界を見守っていく。
そして全ての魔力を失ったアリシャはルギニアスと共にこの世を去ることを決意した。アシェリアンの片割れとして生き続けるのではなく、自身がその人生を奪ってしまったルギニアスと共に生涯を終える。そして願わくば、違う人生を歩んでみたい。そんな小さな希望を胸に、ルギニアスを封じた魔石と共に火葬されていったのだ。
『アリシャ……』
ルギニアスは辛そうではあるが、しかし、アリシャの人生をしっかりと見届けている。私の手をグッと握り締め、もうその瞳に迷いや不安を感じることはなかった。
そうして火葬されたアリシャは魔石と共に埋葬された。アリシャの願いはアシェリアンに届き、アリシャはアリサとして生まれ変わる。
『お母さん!!』
『どうやらお前の持つ魔石からも記憶が蘇っているようだな』
ルギニアスが私の手をしっかり握り締めながら振り向いた。私の胸元にある紫の魔石が光り輝いている。まるでお母さんに抱き締められているような温かさを感じる。
アリサは魔石を持って生まれて来た。その異質さ故か、生まれてすぐに母親に捨てられ児童養護施設で育った。そんな環境のなか育ったアリサだが、明るく前向きな性格だった。
アリサが五歳の誕生日を迎える頃、前世の記憶を取り戻す。そのとき一気に溢れ出たアリシャの記憶。そして自身が持っていた紫の宝石について理解することとなる。
「ルギニアス、まさかあなたまで一緒にこちらの世界へ来てしまうなんて……ごめんね」
たった五歳の幼い頃に前世の記憶を、アリシャとしての過酷な人生を思い出したアリサは妙に大人びた子になってしまった。児童養護施設でも優等生で下の子供たちの面倒をよく見ていた。
しかし、アリサは十八歳を迎えると、躊躇うことなくすぐさま退所していった。そして、自立したと同時に少し年上の男と結婚したのだ。その男との間にひとりの女の子を生んだ。それがサクラだった。
『これが私……?』
『あぁ、アリサは自分が女の子供を生むということを知っているかのようにいつも話していた』
『お母さんが?』
『あぁ。なぜかは知らんが、子供の頃からずっと「私は可愛い女の子を生むんだ」と言っていた』
『…………』
お母さんはサクラが生まれることを知っていた? いや、それよりもお母さんの意思でサクラを生んだ……?
アリサの夫はサクラを生んだ後、ほどなくして病で死んでしまった。それからアリサはたったひとりでサクラを育てた。再婚をすることもなく、たったひとりで、持てる全ての愛情を注ぎ育てていた。
しかし、サクラが後少しで働ける年になる、という頃、アリサは交通事故で死んだ。
サクラは事故現場を見ていない。目の前に広がる光景に思わず目を瞑る。辛い、苦しい、お母さん……。
『俺は……助けられなかった……』
ルギニアスが呟いた言葉にガバッと振り向いた。その瞳は悲しそうで……しかし、もう目を背けてはいなかった。ルギニアスの手をグッと握り締め、私も真っ直ぐに目を向けた。お母さんは自分の人生を賭けて私を愛してくれたのよ。
その後、ひとりとなったサクラは自身も車に轢かれて死ぬ。しかし、そこには……
『ちっ、やはりアシェリアンか……』
ルギニアスが眉間に皺を寄せ呟いた言葉で私にもその意味が理解出来た。
サクラがなにかの力によって走る車の前へと引っ張り出されたのだ。そこには先程アリシャの記憶で見た、アシェリアンの気配を感じた……。
なぜアシェリアンの気配が……どうしてアシェリアンがサクラを死なせる必要があるの……?
ルギニアスは不機嫌そうな顔のまま。私にも訳が分からず考え込んでいると、今まで周りに溢れ返っていた記憶の映像が薄れていった……。辺りは再び色を失くしていき、真っ白な世界に。
ルギニアスはグッと私を抱き寄せ、辺りを警戒している。そして、真っ白な空間は大きく眩い光を放ったかと思うと、私たちの姿ですら見えなくさせた……。
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