第218話 女神と聖女
眩い光に思わず目を瞑り、そしてゆっくり目を開くとそこは真っ白な世界で、私とルギニアス以外にはなにもない世界だった。
『え!? なにここ!? み、皆はどこ!?』
地に足が着いているのか浮いているのかも分からない。そんな世界に不安を覚え、背を支え合っていたルギニアスにギュッとしがみつく。
『俺から離れるな』
ルギニアスは先程までの怯えるような表情はなくなり、今は私を守ろうとしてくれているのが分かった。この状況は喜ぶことではないことは分かっているが、しかし、ルギニアスの辛そうな表情を見続けるより余程いい。
背に回された腕が、私をグッと引き寄せるのが分かりホッとする。
そして改めて周りの景色を眺めると、徐々に景色が変わっていくのが分かった。
真っ白だった世界が次第に色付いていく。
「目覚めなさい」
銀髪と銀色の瞳を持つ、とても美しい女性。真っ白で清楚なドレスのような服。アシェリアンの神殿のようなそうでないような、誰一人としていないその場所に、その女性はたったひとりでいた。
私とルギニアスの姿はどうやらその女性には見えていない? いや、そもそもこれは現実ではないのかしら……。
その女性が目を瞑り、とてつもない魔力を発動させていく。懐かしいような温かいような、それでいてとてつもなく強大な力を感じる。
その魔力は女性の全身を巡ったかと思うと、身体から抜け出るように手のひらから放出されていく。
そしてまるで鏡に映したかのように、目の前にもうひとりの女性が形作られていった。
二人は鏡に映したように瓜二つ。なにもかもが同じ姿。
新たに現れた瓜二つの女性は、額と手を合わせ目を瞑り、対面するように姿が形作られた。
声を掛けられ、ゆっくりと開かれた目は、正面の女性と同じ銀色の瞳。まさに鏡に映したかのような姿。
「貴女はアリシャ、私の片割れ。始まりの聖女」
『!! アリシャ!?』
呟かれたその言葉に驚き、ガバッとルギニアスに目をやると、その顔は懐かしそうな、しかし悲しそうな瞳……なんだか胸がチクリと痛んだ。
おそらくアリシャの名を呼んだその女性は、女神アシェリアン……。女神アシェリアンがアリシャを生み出した……。
「貴女はこれから魔物を魔界に還すために戦いなさい。魔物はこの世界にいるべきではないの……」
アリシャの瞳は「生」を感じない瞳。空虚な瞳。なんだろう、今は空っぽな人形のよう……。
アシェリアンはそんなアリシャを見詰め、再び額を合わせた。
そのときアリシャの瞳がほんの少し揺らいだ気がした。まるで蝋燭に炎が灯るかのような、そんな「命」の揺らぎを感じた気がする。
すると合わされた額からアリシャのなかに、アシェリアンの記憶が一気に流れていくのが分かった。
世界の全てを知るアシェリアン。その記憶。
世界の始まり。アシェルーダ、ガルヴィオ、ラフィージア。それらの国の人々の特性。魔界の魔物たち。
多くの生き物たちの生き様、生涯、醜いところも、愛すべきところも、全て見てきたアシェリアン。それらが時代を追って、川の流れのように映像として目の前を流れて行く。膨大な記憶が一気に流れていき圧倒される。
そして、とある時代に目が留まる……ラフィージアに生まれた双子。オルフィウス王が言っていた双子……。その時代、双子は凶兆の証とされていた。さらにその凶兆の証として追い討ちをかけたもの……。
『!!』
その双子の片割れは魔物の特徴とよく似た赤い瞳で生まれてきたのだった。
『赤い瞳……』
ルギニアスの瞳は真紅の瞳……。ルギニアスは苦しそうな表情のまま、アシェリアンの記憶を眺めていた。
その赤子の赤い瞳……それは魔力が人よりも異様なほど強いせいだった。
ラフィージアは魔力の高い人間が生まれる国だった。しかしその人々ですら恐れるほどの強い魔力。その魔力を持って生まれてきたその赤子は人々の恐怖の対象となった。
生まれたその赤い瞳の赤子は、恐れを抱いた父親の手によって抹殺されそうになった。しかし赤子はそれを己の魔力で退けた。
しかしそれで人々の恐怖が収まることはない。さらに一層恐ろしくなった父親はその赤子を地上へと投げ捨てたのだ。
『ひ、酷い……』
泣きそうになってしまい、しかし、ルギニアスの顔を見ることが出来ずに抱き締める手に力を籠めることしか出来なかった。ルギニアスも私を抱き締める手に力が籠るのが分かる。その手は震えているような気がした……。
赤い瞳……ルギニアスと瓜二つのラフィージアの双子の弟……。
アシェリアンの記憶にあるこの双子の兄。それはこの双子の兄というのがルギニアスのことなのだということが、容易に想像がついてしまった……。
ルギニアスは…………人間だった……。
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次回、5月13日更新予定です。
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