第205話 予想外の反応

 

「ルーサ!!」


 どれくらいの時間そうしていたのだろうか、遠くから聞き覚えのある声が届き、ルギニアスは抱き締めていた身体をそっと離した。


「ルギニアス」


 無言のまま立ち上がろうとしたルギニアスの腕を掴む。ルギニアスは膝立ちになったまま振り返るがふいっと顔を逸らした。


 あ、なんだか耳が赤いような……フフ。


「助けてくれて本当にありがとう。大好きよ、ルギニアス」


 腕を掴んだままそう声を掛けると、ルギニアスはガバッとこちらに再び振り向いた。その顔は目を見開き真っ赤に染まっていた。その顔があまりに予想外で、私まで目を見開いてしまった。


 え? な、なに? 以前私が好きだよ、って言ったときは「なに言ってんだ」みたいな顔だったくせに、なんで今日はそんな真っ赤になるの? え?


 あまりの予想外な反応に私の顔までどんどん熱を帯びるのが自分で分かった。

 な、なんか急激に恥ずかしくなってきたぁぁ!! ど、どうしよう!!


 あわあわとしていると、今いる岩場から海を挟み向こう岸にディノたちが叫んでいる声が聞こえた。


「ルーサ!! 大丈夫なのか!? おーい!!」

「ルーサ!! ルーサ!! 無事なの!? 早くこっちに戻って来て!!」


 ディノとリラーナが大声を張り上げ手を振ってくれている。


 二人して固まっていたが、その声にルギニアスはガッと立ち上がり、顔を背けながら手を私に向かって差し伸べた。


「戻るぞ」

「あ、う、うん」


 なんだかお互いが微妙な空気のまま、おずおずと差し出された手を取った。その手をグッと握り締めたルギニアスはグイッと私を引っ張り上げると、そのままの勢いで私を横抱きに抱き上げた。


 きゃっ、と思わず小さく声が漏れ、ルギニアスの首元にしがみ付くと、あまりの顔の近さにまたしてもカァァアッと顔が火照るのを感じる。


 あぁぁあ、ど、どうしよう、き、緊張する……。


 ドキドキと心臓が煩く響き、身体が強張るが、チラリと視線をルギニアスに向けた。その動きに気付いたのか、バッと顔を背けるルギニアス。その耳は赤い……。くぅ、余計に緊張する!!


「い、行くぞ」


 耳元すぐ傍でルギニアスの低い声が響く。ドキドキするやらそわそわするやら、しかし、なんだかふわふわと嬉しいやら、私の心は大変なことになっていた。


「う、うん」


 私の返事と同時に、私を抱く手にグッと力を込めたルギニアスは、一歩踏み出したその足元に魔法陣を発動させた。そしてふわりと浮き上がり、宙を歩くかのように、足元の光る魔法陣が輝き、ルギニアスは長い黒髪を靡かせ飛んだ。


 抱き抱えられたまま顔を上げることが出来ず、ルギニアスの首元に顔を埋めた。首元にしがみ付くとその温かさが分かる。


 湖に落ちて息が出来なくなったとき、死んでしまうかと思った。とても暗くて寒くて怖かった。そんなときなにか温かいものが私を守ってくれているような気がした。あれは……きっとルギニアスだったのよね……。私を助けてくれた。ずっと私を呼んでくれていた。


 あんな悲しい目をさせてしまった。悲しい目をさせたい訳じゃない。傍にいたいと思ったのよ。私がルギニアスを守りたいと思ったのよ。なのに、あんな悲しい目。


 しがみ付く手に力を込めた。それに気付いたのか、ピクリとルギニアスが反応したが、こちらを見ることはなかった。


 二度とあんな悲しい目をさせないから。



 そういえば……目を覚ますまでの間、夢を見ていた……あれは前世の記憶……ルギニアスとの思い出……あのときのルギニアスの台詞……あれがなぜだか酷く気になった……。


『何者でもない』という言葉。


 あれは一体どういう意味なのか……。チラリと見上げるルギニアスの顔。魔王だという彼のことを私はまだなにも知らないんだな。それが少し寂しくも感じ、知りたいと思う反面、それよりも私は……私の傍にいようが、仲間が増えようが、いつもなにか孤独を感じていそうなルギニアスに酷く哀しくなった……。




「ルーサ!!」


 ルギニアスが対岸にふわりと降り立つと、皆が駆け寄って来た。そして心配そうに顔を覗き込む。


「ルーサ! 大丈夫!? 怪我は!?」


 リラーナは泣いていた。そして私の肩や腕を触り、身体全体を眺め怪我がないか確かめてくれている。


「みんな、心配かけてごめんね。私は大丈夫」


 にこりと笑って見せた。リラーナは私の腕にしがみつき、号泣していた。本当に心配をかけてしまった。申し訳ないわ。


「あー、本当に無事で良かった。滅茶苦茶焦った……」


 ディノも大きく溜め息を吐き項垂れた。イーザンとオキとヴァドもホッとした顔となり、溜め息を吐きつつ私の頭を撫でてくれた。


「いや、本当に無事で良かったよ。万が一ルーサになんかあったら俺は自分が許せなくなるからな」


 ヴァドはそう言って苦笑した。今回の魔石採取を言い出したのがヴァドだからだろうか、責任を感じてくれていたのね。


「ヴァドのせいじゃないよ。そもそも私たちがラフィージアに行きたいと言わなければ、今回の魔石採取はなかったんだから、私たち……というか、私の責任よ」


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