第204話 特別な存在

 身体が重い……私は……? 寒い。苦しい。怖い。そんな不安。


 私は……なにか大事なことを忘れているような……。大切なものがあったような……。


 心は暗く、寒く、冷え切っていた……。しかし、そんなときに、なにか温かいものに包まれたような気がした……。


 でもそれがなにか分からない……。


 懐かしいような……嬉しいような……緊張するような……、そんなそわそわふわふわとした気分。でも、なんだかそれがとても幸せだ……。


 私はこの温かい存在を知っているはず……。




『おい、やめておけ。死ぬぞ?』


 ? 誰? 私は……?


 小さな身体に小さな手。ここは? 見覚えが……。


 きょろりと周りを見回すと狭い部屋に見えるのはテレビにテーブル、キッチンも見える。あちこちに散らばるおもちゃに年季の入った扇風機。


 ベランダへと続く窓ガラスの向こうには……お母さん!!


 お母さん!! お母さん!!


 ぺちぺちと窓ガラスを叩くと、お母さんが振り向いてニコリと笑った。しかし、すぐに再び向き直り洗濯物を干している。


 先程の声は誰なんだろう、ときょろりと再び周りを見回すと、テーブルの上に紫の綺麗な石があった。お母さんがいつも大切そうに持っている綺麗な石。それがテーブルの上にある。


 普段見せてはくれるが触ったことはなかった。お母さんはこの石を触らせてくれたことは一度もなかった。そう思い出しドキドキしながら手を伸ばす。


『触るな、お前は駄目だ』


『どうして?』


『お前にはまだ扱えるだけの力がない』


『ちから? あなたはだあれ?』


 綺麗な紫の石から聞こえてくる不思議な声。不思議だけれど怖くはない。どうしてだか分からないけれど、でも全く怖くはなかったの。


『…………俺は……何者でもない……』


『? なにものでもない?』


『……あぁ……』


『ふーん? おかあさんのおともだち?』


『は? あいつの友達な訳があるか』


『そうなの? でもたのしそうにはなしてた』


『…………』


 そうだ、以前お母さんが誰かと話していた男の人の声。その声だ。この石から聞こえてたのかぁ。


『じゃあ、わたしとおともだち!』


『は?』


『わたしとおともだちだからね! やくそく! だからいつかすがたをみせてね! ぜったいね!』




 あぁ、そうか……あれはルギニアス……。私……前世でルギニアスと話していたことがあるんだ……。


 ルギニアスはあのときの約束を守ってくれたのね……。前世では叶わなかったけれど、今……サクラではなく、今の私の前で、姿を見せてくれたんだ……。


 ルギニアス…………私の一番大切な人。


 もちろん家族も大切だし、リラーナやディノたち、ダラスさんや街の人たちも大切。今まで出会った人たちみんな、私には大切な人たち。


 でも……違うのよ……。やっぱりそのなかにも一番が……。みんなとは違う大切さ……特別な存在……。


 ルギニアス……。






「ルーサ……ルーサ……目を開けろ……起きろ……いつまでも寝ているな……お前は両親を探すんだろう? こんなところで寝ていてどうする……ルーサ……頼むから……」


 あぁ、ルギニアスの声。ルギニアスの不安そうな声。心配をしている声。

 早く目を開けないと。きっと心配をしてくれている。


 重い瞼を必死に開ける。薄っすらと開いた目からは眩しい光が差し込み、思わず再び閉じてしまう。それを再び必死にこじ開ける。


「……ル……ごほっ!」


 声を出そうとして上手く言葉に出来ず咽てしまった。


「ルーサ!!!!」


 温かいものが私の頬を包んでいることに気付く。それに触れようと力の入らない手を必死に伸ばす。そして、頬に触れるそれに自身の手を添え包む。ゆっくりとなんとか瞼を開いていくと、そこには悲痛な顔のルギニアスがいた。


「ルーサ!!!!」


 私の頬を包むルギニアスの手。間近で見詰めるルギニアスの目からは涙が落ちた。ポタポタと私の頬に落ちた涙は、ルギニアスの手を包む私の手を濡らした。


 あぁ、なんて悲しそうな顔。私はこんなにもルギニアスに心配をかけてしまったのね。こんなにも不安にさせてしまったのね。


 ぎゅうっと胸が締め付けられた。


 私は力の入らない手を必死に伸ばし、ルギニアスの首元にしがみ付いた。


「心配させてごめん。不安にさせてごめん」


 今出来る力の限り、ルギニアスを抱き締めた。生きているということをルギニアスに伝えたかった。


 ルギニアスの身体は震えていた。


「助けてくれてありがとう、ルギニアス」


 そう言い、さらに力を込めて抱き締めた。

 ルギニアスは震える身体を抑えるように、私を抱き締め返す。


 背中に手を回し抱き起し、頭に手を添え、苦しいくらいに抱き締められる。ルギニアスはなにも言わなかった。その代わり、震えが治まるまで、ルギニアスはただきつく私を抱き締めた。


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