第197話 魔魚の湖
ルギニアスは全員部屋から出て行ったことを確認すると、風を巻き上げ大きくなる。そして真面目な顔のまま聞いた。
「大丈夫か?」
「え?」
ベッドで寝る準備をしていた私はルギニアスに振り向いた。
「聖女が世襲制だという話……」
「あぁ……」
先程国王から聞いた話を言っているのね。ルギニアスはずっと心配してくれていたのか。そのことに嬉しい気持ちが湧き上がる。
「フフ、大丈夫、国王陛下に話した言葉は本心だよ。私は両親のことではもう泣かないし、自分の人生も諦めないから」
「そうか……」
立ち尽くすルギニアスの傍に寄り、正面からぎゅうっと抱き締めた。
「お、おい」
背の高いルギニアスに抱き付くと、私の顔はルギニアスの胸元にしか届かない。広い背中に腕を回しても、力一杯抱き締めても、私の腕は頼りない。そんなことは分かっている。私は一人でなんて生きられない。皆に支えてもらっているからこそ、こうして今一人で立っていられるのだ。
それが嬉しくもあり、支えてもらえる自分が誇らしい。そんな自分の人生を諦めるつもりなんてこれっぽちもない。
「私はひとりじゃない。皆が私を生かそうとしてくれている。ルギニアスもそうでしょ?」
ぐりぐりと顔をルギニアスの胸元に擦り付け、そして、見上げた。ルギニアスは見上げる私の目を真っ直ぐに見詰め、そして私の後頭部と背中に手を添えた。ぐっと力強く抱き締め返してくれたルギニアスの胸からは、ドクンドクンと心臓の音が聞こえる。その音に、抱き締められる温かさに安心する。
ルギニアスはなにも言わなかったが、その抱き締める力強さが全てを物語っている気がして、私はそれ以上なにも聞かなかった。
ルギニアスは私が生きることを望んでくれていると思うから……。
翌朝、私たちはヴァドに連れられ潜水艇があるという部屋まで移動した。大きな倉庫のような広い部屋。そこには巨大な球体があった。
「こ、これが潜水艇?」
「あぁ」
ヴァドが自信満々な表情で腰に手を当て胸を張った。
その球体に近付くとより大きさがよく分かる。飛行艇よりは小さいのかもしれないが、なんせ丸いから太って見えるというかなんというか、やはり大きいわね。
ヴァドの身長と同じくらいの高さに横幅、つるんとした綺麗な球体かと思えば、よく見るとあちこちに丸い切れ目がある。
一周回って見てみると、入り口なのだろうか、丸い切れ目と同じように四角い切れ目もある。
リラーナがぐるりと一周回りながらさわさわと触って素材を確かめている。
「これってなんの素材なんだろ。固いけど柔らかい? なんか不思議な感じね」
同じように触ってみると、確かになんだか弾力のあるような不思議な手触り。
「まあそれは機密事項ってことで」
「くっ、分かってはいたけど、教えてもらえないのがモヤモヤするー!」
「アハハ」
リラーナの悔しがる姿に皆が笑う。ある程度潜水艇の説明をしてもらい、今日は移動だけで終わるだろう、ということだった。湖が海の近くのため、王城からは少し距離があるのだ。
潜水艇は専用の荷台に乗せ、魔導車で引っ張って行くらしいので移動に時間がかかるらしい。
ヴァドは潜水艇の移動手配をし、そして私たちは先に飛行艇で移動し、湖の調査をしよう、ということになった。
何日かかるか分からない、ということで、旅支度もそのままに飛行艇で移動する。ザビーグのような港町がある訳でもない海。森が広がり、その森のなかに現れる湖。
王城専用の飛行艇で近くの平原に下ろしてもらい、そこから歩いて森を進む。しばらくすると巨大な湖が現れる。海の姿も音もなにもないのに、本当に海と繋がっているのかと不思議になる。
「広いわねー!」
「それになんだか気持ちいい」
高い崖のすぐそばにある湖は、その崖から落ちる滝が湖の水を波打たせている。その滝からの水飛沫か、なんだかひんやりと冷たい風が頬を撫でる。
湖を覗き込むと、波打っているからか、それとも海からの波なのか、なにやら複雑そうなうねりが見えた。水も澄んではいるが、なにやら深いところには違う水が渦巻いているのか、というような色が違って見えた。
「なんだか不思議な湖ね。確かにこの湖の魔魚を魔石にするのは大変そう……」
ルギニアスが大きくなり、ふわりと私の横に立った。
「落ちるなよ」
腕を掴まれ、引き戻される。
「お、落ちないわよ」
子供じゃあるまいし、と拗ねると、フッとルギニアスが笑った。
あ、笑った。優しい顔。穏やかな顔。そんな顔は初めて見るかもしれない。
なんだかそれが嬉しくなり、ふわふわとした気分になった。
「とりあえずだな、今いる湖がここ。そこから滝は山の上に続いていて、滝壺の辺りの湖底に海へと繋がる横穴があるんだ。で、海はこっち」
ヴァドがこの湖周辺が描かれた地図を指差しながら教えてくれる。
「横穴が真っ直ぐ繋がっているのか曲がっているのかは分からんが、おそらくこの辺りの海に繋がっているんだろう、という横穴は海側にも見付けているんだ。それがこの辺りだ」
ディノとイーザンは「ふむ」と頷きながら、考えを巡らせている。
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