第186話 ルギニアスの記憶
「ル、ルギニアス? ど、どうしたの?」
ぎゅうっと力強く抱き締められ、私の首筋に顔を埋めるルギニアス。背の高いルギニアスは項垂れるような姿勢となり、長い髪が私の頬を擽った。抱き締められていることにドキリと心臓が跳ね、しかし、ルギニアスの身体が少し震えていることに気付く。
それが酷く悲しくなり、辛くなり、私までなんだか泣きそうな気分となってしまい……ルギニアスの背中に手を回すと、力いっぱい抱き締め返した。
ルギニアスは背中に回された手に一瞬ビクリと身体を震わせたが、しかし、それを受け入れるように、そのまま力強く私を抱き締め、顔を埋めたままだった。
どれほどの時間そうしていただろう。しばらくすると、ルギニアスは大きく深く息を吐くと、私の肩を掴みゆっくりと身体を離した。
「すまん……」
俯いたままルギニアスは小さく言った。そして私の肩から滑り落ちるように手を離すと、一歩後ろへと下がった。
「ねぇ……話してくれない? アリシャのこと……」
「…………」
「言いたくない?」
一歩後ろへと下がったルギニアスに、今度は私から一歩近付き、ルギニアスの両手を取り握り締めた。そして、背の高いルギニアスの顔を見上げる。
じっと目を合わせると、ルギニアスはやはり辛そうな顔をしていた。しかし、私の手をぎゅっと握り返すと、手を引き、応接椅子に座るように促した。そして、ルギニアスも隣に座る。そして大きく深呼吸をすると、ルギニアスはポツリポツリと話し出した……。
◇
アリシャは突然現れた。
俺たちは魔物の世界で特に不自由もなく暮らしていた。しかし、ある日魔物の子が人間に襲われたと聞いた。
俺はなにかの間違いではないのか、と疑った。なぜなら、人間界と魔界は次元が違う。お互いの世界は繋がっていなかったから、そんなことはありえない、そう思った。
しかし、なぜなのか分からないが人間界と次元の繋がりが出来ていた。お互いの世界を繋ぐ大穴が開いていた。
魔物たちは人間を憎み、滅ぼそうとした。俺は魔物たちに乞われ、王となり、魔軍を先導した。
人間たちも応戦し、争いが続いていたとき、突然、あいつは現れた。
あいつは『アリシャ』と名乗った。そして女神アシェリアンの片割れだとも言っていた。だから自分はアシェリアンの記憶を通して、この世界のこと、魔界のこと、俺のことも知っている、と言っていた。
最初は訳が分からなかった。そんなことがある訳がないだろう、と、聞く耳を持たなかった。
しかし、あいつは俺たちと戦いたくはない、とずっと言い続けていた。よくもそんな戯言を、とずっと思っていた。しかし、あいつは俺たちに言い続けるのをやめなかった。戦いたくはない、殺したくはない、このまま魔界へ帰ってもらえないか、と。
そして、あいつの俺を見る目はなんだか……魔物に対するそれとは違うものだった。俺の過去を知っている、だから、俺を殺したくはない、としきりに訴えて来た。
同情のような、しかし、それだけでない、仲間意識のような……友情のような……なにか……別の感情を感じた……。
しかし、俺はそれを受け入れる訳にはいかなかった。魔物たちは人間を憎んでいる。俺がいくら人間をなんとも思っていなかったにしても、もう魔物たちを抑えることなど出来るはずもなかった。
だから、俺たちは戦った。アリシャの言葉などに絆される訳にはいかなかった。
そして、アリシャが選んだ道は……俺たちを全滅させることではなく、俺自身と魔界への大穴を封印することだった。
俺を封印したとき……最後に見たあいつの顔は……泣きそうな顔をしていた。そして、微かに聞こえた言葉……『ごめんなさい』、そう聞こえた。
その後俺はその魔石のなかで力を封印され眠っていた。気付いたときにはあいつは死んだらしい、ということだけが分かり、炎に包まれていた。俺が目覚めた理由は『あいつが死んだ』からか、そう理解した。
燃え盛る炎のなか、あいつは俺の封印された魔石を握り締めていた。そして、俺の名を呼んだ気がした。『ルギニアス』、と。
そして再び意識が遠のき、俺もアリシャと共に死ぬのだ、そう思った。思ったのに……。
あいつは『アリサ』として、異世界に生まれ変わっていた。俺まで連れて……。アリサが成長し、前世の記憶を取り戻したとき、あいつは謝った。
この転生は自分が望んだことだ、と。アシェリアンの片割れとしての人生ではなく、自我を持った一人の人間として生きてみたかった、と。それに俺を巻き込んだことを謝っていた。偶然だとは思えない。おそらくアシェリアンの意思で私の転生に付き合わされたのだろう、と。本当に申し訳ない、と謝った。
あいつは他愛もない話をよく俺にするようになった。アリシャのときは、お互い悩み苦しんだ。しかし、今は自由だ。愛する者と出逢い、心から楽しそうだった。だから、俺にもそれを知って欲しいと、何度となく話しかけて来ていた。
アリシャのときとは明らかに違う、楽しそうな顔。アリシャのときはいつも辛そうな寂しそうな顔だった。だから、俺はそんなアリシャを見るのが辛くもあった。なぜこいつはそんなに俺たちに心を痛めているのか。それが分からなかった。
アリサは愛する人間と出逢い、そしてお前が生まれ、自分の命にかえても守りたい存在が出来たと喜んでいた……。
それなのに……あいつはまた死んだ……そしてお前も……俺はあいつも、お前も……助けられなかった……すぐ傍にいたのに……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます