第169話 魔導車

 宿のエントランスへと降りるとヴァドが宿の主人と話し込んでいた。階段を降りて来た私たちに気付くと、ニッと笑って手を振る。


「今日の夕食は宿に頼んであるから、食堂へ向かおう。明日は河の反対側へと行ってみるか?」


 ヴァドに案内されながら食堂へと向かいつつ、明日の話をする。食堂はエントランスの横に続いていて、すでに何人かの客が食事を始めていた。


 私たちは空いているテーブルに着き、ヴァドがまたしても大量に注文しつつ、話を進める。


「河の向こう側に商業区が並んでる」

「河の向こうが商業区? こっちは?」

「こっちは居住区とここみたいな宿がほとんどだな。だからなにか買い物をしたければ河向こうに渡る必要がある。向こうに渡るには橋を渡るか、船で河を渡るか、だな」

「橋か船……」


 ふむ、と考えているとディノが声を上げた。


「橋って、結構な距離じゃないのか? さっき到着したときに見ただけでも、かなりの河幅だっただろ」

「確かに……」


 飛行艇が到着したときのことを思い出す。エルシュで見た貨物用の飛行艇よりは小さいにしろ、それなりな大きさのある飛行艇が難なく着水出来る河。飛行艇から降りたあとに見ただけでも、その飛行艇が一体何台離着水出来るだろうか、という程の河幅があった。ということは、その河に架かる橋というのも相当な距離になるだろう。


「あー、それは大丈夫だ」

「?」

「歩いて渡っても問題はないが、魔導車があるからな」

「「「「魔導車!?」」」」


 思わず全員の声が重なった。


「ちょっと、なによ、それ。何度驚けばいいのやら」


 リラーナがワクワクを通り越して呆れたような顔になって苦笑していた。確かに何度驚けばいいのやら状態で、同じく苦笑してしまった。


「ハハ、そうか、アシェルーダは馬車だもんな。ガルヴィオには馬車はない代わりに色々な交通手段が発達しているな。飛行艇は長距離移動用、河を渡ったり海を渡ったりの船に短距離移動のときに魔導車、王都には大きくはないが列車もあるな」

「「列車!?」」


 リラーナがもう付いていけないとばかりに頭を抱えた。


「なんなのそれ……ガルヴィオ、凄過ぎるわ。アシェルーダが凄く遅れている国に思えてきた……」


 がっくりと項垂れる。


「本当に凄いわね……魔導具がアシェルーダよりずっと浸透している感じよね。アシェルーダは生活に必ず必要なところの魔導具は発達しているけれど、乗り物までに考えは至っていないものね……」

「ガルヴィオに来られて良かったわよ。こんなにまだまだ知らない魔導具があるだなんて!」


 リラーナの目から炎が見えた気がした……。


 その姿に全員が苦笑し、そしてヴァドは改めて聞いた。


「で、明日はどうやって商業区に向かう?」


 ニッと笑って聞くヴァドに、迷うことなくリラーナが声を上げた。


「もちろん! 魔導車でしょ!」


 予想通りの答えに皆が声を上げて笑ったのだった。


 その後は食堂で夕食をいただき、部屋へと別れ早々に就寝した。ただ飛行艇に乗ってやって来ただけなのに、緊張からなのかそれなりに疲れていたらしい。




 翌朝、夕食時と同様に食堂で朝食をいただき、そのまま私たちは商業区へ向かうべく、宿から出発。

 河沿いには遊歩道があり、広い河を眺めながら一番近い橋へと向かう。遠目には河の向こう側が見える。多くの店が並んでいるのか、こちら側の居住区よりも賑やかそうに見える。すでに人がちらほらと歩いているのも見える。


 橋までたどり着くと、思っていたよりもかなり広い道幅の橋だった。そしてその橋の直前になにやら乗り物らしきものが……。


「あれが魔導車!?」


 リラーナが興奮しながら吸い寄せられるように、その乗り物らしきものに寄って行った。イーザンがそんなリラーナの腕を慌てて掴む。


「フラフラと吸い寄せられるな」

「え、あ、ごめん」


 アハハ、と笑うリラーナにイーザンは溜め息を吐いていた。それを見て私もディノも笑ってしまう。


 ヴァドは盛大に笑い、説明をしてくれる。


「魔導車は自走式だ。魔力を送ると動く。ここの魔導車は決められた走行しかしないようになっているから運転する必要はないんだ。他の街には運転しないといけない魔導車もあるがな。その場合は大体運転手がいる」


 近付いて観察すると、大きな車輪が四つあり、座席は四つ。屋根がない。屋根のない荷馬車と似たような感じかしら。前世の記憶に当てはまるものと言えば……なんだろう、動物園とかで見かけたような車に近いのかしら……。

 前列の中心になにやら魔石らしきものがあるが、それは埋め込まれてはいるのだが、魔力を巡らせるためなのだろうか、様々な導線のようなものが繋がっていた。


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