第147話 オキとヴァド

 港へと着くと、未だ飛行艇の修理をしているようだった。オキは飛行艇には目もくれず、ガルヴィオの船の元まで向かうと、仕事をしている獣人に声を掛けた。


「なあ、ヴァドさんいるかい?」

「ん?」


 獣人は声を掛けられ振り向くと、オキをじっと見詰めた。そしてなにやら思い出したかのような顔になる。


「あー、なんかあんたヴァドさんと一緒にいたのを見たことがあるな。知り合いか?」

「あぁ。オキが会いたいって言ってるって伝えてくれ」


 分かった、と返事をすると獣人は船のなかへと戻って行った。知り合いっていうのは本当だったんだ。


「獣人と知り合いってどうやって知り合ったの?」

「あー、大したことじゃない。色々ちょっとした魔導具を融通してもらったりとか……まあ、俺みたいな稼業だと知り合いも色々出来る訳よ」


 ヘラッと笑ったオキはそれ以上聞くな、といった雰囲気を醸し出していた。うん、おそらく色々あるんだろうなぁ。聞かないほうが安全そうだ、と思ったのでした。



「おー、オキか、久しいな」


 しばらくすると船から一人の獣人が降りて来た。


「「「「あっ」」」」


 思わず私たちは声を上げる。降りて来たのは飛行艇修理の現場で居合わせたあの獣人だった。銀髪に金色の瞳、銀色の尖った獣の耳に尻尾。とんでもない跳躍で船まで戻ったあの獣人だ。


「お? お前たち飛行艇の修理を見てたやつらだよな? オキの知り合いだったんだな」


 私たちを見てその獣人は思い出したかのように笑った。目の前まで来るとやはりとんでもなく大きい。背が高く屈強な身体。この大きな身体であの高さを跳躍したというのが、今でも信じられない。


「で、どうしたんだ? またなんか欲しいのか?」


 獣人はオキに目をやり聞いた。


「いや、今回は魔導具が欲しい訳じゃないんだ。ちょっと頼みたいことが」

「?」


 獣人は首を傾げる。


「俺たちを船に乗せてくれないか? ガルヴィオに行きたいんだ」

「は?」


 唖然とした獣人はオキを見たあと、私たちにも目をやった。全員を見回し、そしてなぜかルギニアスを見ると、怪訝な顔となる。じっと見詰めていたが、フイッと視線を外し再びオキへと向き直った。


「オキの頼みでもさすがにそれはなぁ」


 眉を下げながら困ったといった顔の獣人。


「そこをなんとか頼むよ」

「いやぁ……」


 オキとのやり取りをじっと見守っているが、どうにも難しそうじゃないかしら。そう思っていると、オキが獣人に近付きなにやらコソッと耳打ちをする。なにを言っているのか分からないが、なんだろう……なんか余計なことを言っているような気がする……。オキのこと、本当に信用して大丈夫かしら……。


 そんなことを考えていると、二人の話が終わったのか、獣人はぐりんとこちらを振り向き、ニカッと笑った。


「仕方ない! オキの頼みだ! 乗せてやるよ!」

「「「「!!」」」」


 オキはニヤッと自慢げな顔。な、なんかドヤ顔がイラッとするけれど、本当に乗せてもらえるの!?


「良いのか!? 本当に!?」


 ディノもリラーナも信じられないと言った顔で獣人に詰め寄る。


「あぁ。といっても俺は船長ではないからな。一応船長には相談してくるよ。ちょっと待ってろ」


 そう言って獣人は再び船に戻った。


「ちょ、ちょっと、オキ! どうやって説得したのよ!?」


 リラーナがオキに詰め寄った。


「ハハ、そこはまあ、秘密だな」

「ちょっとぉ! 教えなさいよ!」


 イラッとしたのかリラーナは食い下がる。

 ディノもイーザンも訝し気にはしていたが、とりあえずガルヴィオの船に乗ることが最優先だ、と大人しく獣人の戻りを待っていた。


 ルギニアスは相変わらず難しい顔。オキの登場からずっと難しい顔をしたままだ。


「ルギニアス? 大丈夫?」

「あぁ」


 ルギニアスは腕を組み、オキを冷たい目で見る。


 そして獣人が戻って来ると、ルギニアスはその獣人を見定めるかのようにじっと見詰めていた。


「おーい、船長の許可も取って来た。お前たちをガルヴィオまで連れて行ってやるよ」


 私たちは顔を見合わせ、目を見開いた。


「や、やった! ありがとうございます!」


「ハハハ、普通に話してくれて良いぞ? 俺はヴァドルア。皆からはヴァドって呼ばれてるからそう呼んでくれ」


「ありがとう! ヴァド!」


 私たちは自己紹介をし、ヴァドと握手を交わした。


「飛行艇の修理が予定外に入っちまったからなぁ。エルシュを発つのはまだ十日ほどはかかるかな」

「分かった。それまでに旅の荷を整えておくね。船は初めてなんだけれど、なにか気を付けないといけないこととかはある?」

「うーん、アシェルーダの外交官が乗るときはいつも服装と船酔いを気を付けていたようだな」

「服装と船酔い……」


 全員で顔を見合わせた。


「船酔いってのは初めてだからなんともよく分からんな」


 ディノが苦笑する。確かに皆、船に乗るのなんて初めてだしね。それは分かるはずもない。


「薬屋で聞いてみるか。で、服装っていうのは?」


 ディノがヴァドに聞く。


「なんか厚着をしていたな」

「厚着?」

「アシェルーダよりもガルヴィオは気温が低いらしい。俺たちはガルヴィオにいるときは獣姿にもなったりするし、寒さには強い。でもアシェルーダの人間は寒さには弱いのか、やって来た外交官はいつも震えていたな」

「そ、そうなんだ……」


 リラーナと顔を見合わせ、若干顔が引き攣る。


「うん、しっかり厚着で用意しておこう」


 リラーナと二人、頷き合った。


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