第121話 ルギニアスと魔物

「「ランガスタ公爵!?」」


 私とリラーナは思わず大声を上げてしまった。ランガスタ公爵ってあのランガスタ公爵!? ローグ伯爵領の後任に就いたランガスタ公爵!? ルバードってランガスタ公爵領だったの!?


「ルバードはランガスタ公爵領だが、領主の屋敷はここにはないからな。ここからもう少し離れたところにあるビスタって街に領主の屋敷がある。まあランガスタ公爵は王都にいて滅多に来ないらしいが」


 苦笑しながらディノが説明する。


「そうなんだよ、領主様は領地の視察にほとんど来られることはない。定かではないことで呼び寄せようものなら不興を買う。だから曖昧なことを言って不興を買うよりは自分たちで調べてみよう、って」


 なんというか……ローグ伯爵領も他人に任せきりで、ランガスタ公爵は一度も領地に来たことがないと聞いた。そんな人がローグ伯爵領を……心配になる……。


「なるほどなぁ……うーん、ルーサ、どうする?」


 ディノが私に聞く。リラーナとイーザンも私を見た。


「うん……気になるし、調べてみようか……皆も良い?」


 困っている人たちを放っておけない、ということもあるが、「魔物」ということが気になる、というのも正直なところだ。

 今まで魔物など見たことがない。どんな見た目でどんな力があって、というのも本で見たことはあっても、実際どうなのかは知ることが出来ない。

 ルギニアスのことを知るためには魔物についても知る必要があるんじゃないか、と思ったりもしている。だから正直に「気になる」のだ。


「あぁ、本当に魔物ならば討伐する必要もあるだろうしな」


「うん、怖いけど……気になるってのは私もそうだし」


 イーザンもリラーナも頷いてくれた。


「よし、じゃあエルシュ行きは遅らせて、明日その森に見に行ってみるか!」


 全員で頷いた。


「ありがとうね! 街の人間には私から伝えておくし、ちゃんと謝礼もするからさ、よろしく頼むよ」




 その夜はお風呂に入り早々に就寝した。リラーナも初めての長旅ということに疲れたのか、すぐに寝息を立てていた。


「ルギニアス、さっきの話、本当に魔物だと思う?」


 枕元に寝そべるルギニアスに向かって小声で聞いた。ルギニアスはしばらく沈黙した後、ぼそりと呟く。


「さあな……」


「本当に魔物だったらどうする? 助けたい?」


「…………」


 それに対する答えはなかった。ルギニアスは何を思っているのだろう。本当に魔物なら、仲間なんだし、助けたいんじゃないだろうか……。そのとき私は黙って討伐される姿を見続けることが出来るんだろうか……ルギニアスにそんなところを見せて良いんだろうか……。私はどうしたら良いんだろう……。


 そんなことを悶々と考えていると、ふいっと振り向いたルギニアスが急に大きくなったかと思うと、ギシッとベッドが軋んだ。

 そして片手を私の頭の横に突くと、ルギニアスが顔を近付けて来た。


「な、なに!?」


 月明りが差し込む部屋のなか、漆黒の髪がルギニアスの肩からさらりと滑り落ち、頬に当たりくすぐったい。真紅の瞳は暗闇のなかでも不思議な色で揺らいでいた。ルギニアスの吐息が耳元をくすぐる。


 な、なんなの!? いつもと違う雰囲気のルギニアスにドキリと心臓が跳ねる。身体が緊張するのが分かり、動けない。


「寝ろ」


 耳元で囁かれた言葉は不思議な温度を放ち、ドキリと緊張するのと同時に安心感を感じ、そのまま私は意識を手放していた。


 そのときのルギニアスがどんな表情をしていたのかは、私は知ることが出来なかった……。




 翌朝、夕食のときと同様に食堂で朝食をいただき、そのまま早速出かけよう、ということで森へと出向くことになった。


 話で聞いた森は、ルバードからそれほど離れてはいなかった。歩いて行ける距離だったため、私たちは必要最低限の荷物だけ持ち、歩いて向かう。


「それにしても本当に魔物なのかしら」


 リラーナは魔獣や魔蟲とも対峙したことはない。だからか緊張しているようだ。うん、当たり前よね。私だって最初は魔石採取に行くとき、凄く怖かった。リラーナは経験がないんだから怖いに決まってる。だから出来るだけ不安にならないようにしてあげたい。リラーナの手をぎゅっと握った。


 それに気付いたリラーナは私の顔を見るとフッと笑い「ありがとう」と言葉にした。


「魔物が出たとかいう話はあまり聞くことがないからなぁ。本当かどうかは分からないよな」


「しかし全く可能性がない訳ではない」


 イーザンが冷静に言った。


「だから気を抜くな」


 その言葉に全員が気を引き締める。


「ここだな」


 小一時間歩いた先にたどり着いた森。フェスラーデの森よりは小さい森。この森にいる魔獣や魔蟲がどのくらいの強さなのかは知らない。狩りをするために人が入ると言っていたため、それほど強くはないのだろう、と考えてはいるが、それでも油断は出来ない。


「さあ、行くぞ」



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