第117話 旅立ち
「ううぇぇぇぇぇ……んぐっ」
思わず叫びそうになり……というかちょっと叫んだ。しかしハッとし慌てて口を噤む。
ルギニアスは肩に私を担ぎ上げたかと思うと、大きく飛び上がったのだ。そら叫ぶでしょ!
一気に地面は遠くなり、夜空に浮かぶ身体。ひんやりとした風が肌寒い。がっしりと支えてくれてはいるが、左腕一本で支えられた私の身体。なんでこの体勢!? 荷物じゃないんだから!
「ひぃぃ、ル、ルギニアス!!」
「ん? なんだ?」
「こ、怖いぃ!!」
「…………はぁ」
溜め息を吐くな!! 怖いに決まってるでしょうが!! せめてお姫様抱っことかのほうがまだマシよ!! 荷物を運ぶみたいに支えられて、こんな不安定で飛び上がられても!! というか、ルギニアスって空まで飛べるのね!!
いきなりで驚いたのと、高さへの恐怖とでなんだか頭のなかがとっ散らかってる!!
「怖いならしがみついていろ」
そう言ってルギニアスは私を肩から少し下ろすと、まるで子供を大人が抱っこするように抱えた。それはそれで不安定さに怖くなり、不本意にもルギニアスの首元に思い切り抱き付いてしまった。風にルギニアスの長い髪が揺れている。な、なんか良い匂いがする……。
夜空を駆けるようにルギニアスの足元には踏み出すたびに青白く光る魔法陣が見えた。まるでそこに地面があるかのよう。その魔法陣はルギニアスが足を踏み出すと同時に現れ、そして足が離れると消えた。
そうやってルギニアスは私を抱えたまま城壁を越えた。城壁を越え、運河を越えた先にルギニアスは降り立つ。すでに夜が明けそうな時間帯なのか、夜空は次第に色を薄くしていった。
徐々に人が活動し出す時間帯になってくる。人目に付かぬよう建物の陰に降り立ったルギニアスは、そっと私を下ろした。
「もう降りたぞ」
身体が強張り、そのまましがみついたままだった私は、ルギニアスのその言葉にハッと我に返り、慌てて身体を離した。
ドキドキと心臓が激しく脈打つのが分かった。空を飛ぶ、という経験のない行為への恐怖心なのか、それとも……その答えは私には分からなかった。
「あ、ありがとう、助かった……」
「あぁ」
ぶっきらぼうな返事をしたあと、ルギニアスは再び小さくなり私の肩に乗った。
「あいつらには抜け出したことはすでにバレてそうだ。急げ」
そう言われ、ハッとする。そうだ、急いで帰らないと! 店まで走る。
朝陽は一度姿を見せ始めると、あっという間に昇って来る。朝靄が漂うなか、街に朝陽が差し込んで来る。店へと急ぎ戻り叫ぶ。
「ダラスさん! リラーナ!!」
「ルーサ!! どこ行ってたのよ!!」
一晩中心配してくれていたのか、泣きそうな顔のリラーナが駆け寄って来た。
「心配したのよ! 父さんも探しに出ているわ」
「ダラスさんが?」
「街の皆にも事情を説明して探してもらってたんだから!」
そのとき背後から私の呼ぶ声が聞こえた。
「ルーサ!!」
振り向くとディノとイーザンだった。
「ディノ!? イーザン!?」
駆け寄ってきた二人も心配してくれていたのか、安堵の表情。
「お前がいなくなったって聞いて心配してたんだぞ!!」
「ご、ごめん」
「まあ無事で良かった。なにがあったんだ?」
「そうだ! ディノ、イーザン! リラーナも! 一日早いけど、すぐに出発したい!」
「「「は?」」」
三人ともが訳が分からないと言った顔。そうよね……でも早くしないとまた捕まるかもしれない……。
「なぜなのか分からないけど、私、大聖堂で監禁されて……逃げて来たから追って来るかもしれなくて……」
「「「は!?」」」
再び三人は驚愕の顔。
「なんで大聖堂が!?」
「分からないの……ディノとイーザンに話しておきたいことが……私の本名はサラルーサ・ローグ。ローグ伯爵家の人間で、両親の行方を調べるためにアシェリアンの神殿に行きたかったの。それで大聖堂にお願いしたら監禁されて……」
「え? ローグ伯爵家? あの爵位返上した伯爵家か?」
「うん」
ディノが驚愕の顔。イーザンはさほど驚いた顔ではないが、なにやら考え込んでいる。
「大聖堂……いや、もしくはアシェリアンの神殿にルーサの両親に関わる何かがあり、それを知られたくなかった神殿側が監禁した……?」
イーザンは冷静に考えをまとめているようだ。
「そう……なのかもしれない。でも本当になにも分かっていなくて……それを聞きたくて神殿にお願いしたのに……」
「それで今、追われているから早く出発したい、ということか」
「うん」
ディノとイーザンは顔を見合わせた。リラーナは私を真っ直ぐに見詰めた。
「神殿に行きたいなら、なにもアシェルーダの大聖堂からしか行けない訳じゃない」
「え?」
イーザンはふっと笑った。
「大聖堂は各国にある。ガルヴィオにもラフィージアにも」
「!!」
ディノもニッと笑い、リラーナも頷いた。
「そっか! アシェルーダから行けないなら、他の国から行けるかもしれない!」
三人ともが頷いて見せてくれた。
「ありがとう、皆……」
皆の優しさが胸に沁みる。
「あ、でもこのまま私が逃げ出すと、追手がダラスさんのところに……」
「お前はそんなことを気にしなくていい」
呟いたその言葉に答えるように背後から声がした。振り向くとダラスさんが立っていた。
「お前は気にせず行け。俺のことは気にしなくていい」
「でも……」
ダラスさんは私の目の前まで来ると、頭にポンと手を置いた。
「お前はこれからは自分のために生きれば良い。自分の進みたい道を行け。俺のことを気にする必要はない。大丈夫だ」
「ダラスさん……」
「そうそう、ダラスさんは大丈夫だよ。僕たちもいるしね」
ダラスさんの背後から声が聞こえる。ダラスさんはニッと笑い、私の頭から手を離すと、私の前から少し横に避け、背後に身体を向けた。
そこには……
「ウィスさん……ロンさん……、ゲイナーさんにシスバさん……それに皆も……」
モルドさんやサイラスさんにレインさん、他にも街で今までお世話になってきた人たちが……。
「ダラスは大丈夫だ。俺たちがいるしな!」
ロンさんの言葉に皆が笑いながら頷く。皆が口々に「心配するな」と。
あぁ、泣いてしまいそうだ。涙で視界が揺れる。皆が私を後押ししてくれている。なんて幸せ者なんだろう。
「ありがとうございます…………皆さん、ダラスさんのこと、お願いします! 今までお世話になりました!!」
ボロボロと零れた涙を見ながら、ディノとイーザンとリラーナは笑っていた。
街の皆は頭を撫でたり、ぎゅっと抱き締めてくれたり、そして……「いってらっしゃい」と言ってくれた。
「いつでも帰って来い。ここはお前の家だ」
「はい! 行って来ます!!」
荷物を持った私たち四人、ディノとイーザン、リラーナと私。そして魔王一人。ダラスさんや街の皆に見送られながら、朝靄が漂うなか私たちは王都から旅立った。
第三章 完
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