第66話 魔傀儡ルーちゃん

「プッ」


 あ、しまった、思わず笑ってしまった。イーザンがじろりとこちらを見た。


「なにがおかしい?」

「あ、ご、ごめんなさい! いや、あの、ディノと一緒だなぁ、と思って……」


 ディノも確か、騎士団は堅苦しいから入らないって言っていた。そして旅をしたい、と。

 そう思いチラリとディノを見ると、うんうんと頷くディノ。その横では凄く嫌そうな顔のイーザンが顔を歪めている。


「こいつと一緒にされたくはないな」

「おい!」

「フフ」




「そういえば、あの魔傀儡はどうしたんだ? 今日は連れてないのか?」


 ディノが思い出したかのように聞いた。


「え、あ、あー……」


 そういえば珍しくルギニアスが出て来ない。私がリラーナやダラスさんと出かけているとき以外は出て来てた気がするんだけどな。今回はディノとイーザンがいるからかしら。自分の存在が周りにバレるのを気遣ってくれていたしな……。



 なんて答えたら正解!? 鞄のなかにいるとか!? いや、でもそれでいきなりいつものように『ポンッ』と現れたら嘘ついたことがバレるし! うぅん、もういっそのことルギニアスに出て来て、とお願いする? いつまでもハラハラしながら隠し通すのにも無理があるし……うーん……。


「魔傀儡?」


 イーザンが訝しげな顔をした。うぅ、そりゃそうなりますよね……あぁぁ、どうしよう!


「凄いんだよ! ルーサの持ってる魔傀儡、ちっこい人形みたいだけど、普通に会話もするし、動きは人間みたいだし!」

「へぇ……人間みたいに……」


 イーザンにじっと顔を見られぎくりとする。な、なんかディノと違ってイーザンは誤魔化せない気がする……。ルギニアスを見たら魔導師のイーザンはなにか感じるんじゃないかしら……。


 ルギニアスに勝手に出て来られるとややこしくなるし……でも呼び掛けて出て来てくれるかしら、と悶々と考え込んでいたら、いつものように『ポンッ』と飛び出て来たのだった。


「!?」

「おぉ!! 出た!!」


 イーザンは目を見開き驚いた顔。ディノは疑問にも思わないかのように喜んでいた。


「あ、ルーちゃん……」


 私がいつまでも悩んでいるからか……出ちゃったのね……アハハ……。


「こ、これが魔傀儡……?」

「おぉ! 凄いだろ?」


 なぜかディノが自慢げだ。


 最近の定位置、私の肩の上に乗ったルギニアスは、そっと耳打ちした。


「どうせ、どうやって誤魔化そうか悩んでたんだろう」

「うぐっ」

「もう隠すほうが厄介だ。魔傀儡でいい」

「あ、アハハ……ごめんね、ありがとう」


 ルギニアスにはバレバレだったようで苦笑してしまった。ルギニアスが魔傀儡でいいと言ってくれたおかげで、なんとか説明は出来る。でもイーザンがいくら疑問に思おうが、そこは知らぬ存ぜぬでいかせてもらおう。私自身よく分からないし。


 イーザンはまじまじとルギニアスを観察する。ルギニアスが明らかにたじろいでいるのが分かるがなんとか我慢をしてくれているようだ。ギシギシと音を立てそうな動きで、なんとか視線を外している。その姿に少し笑いそうになってしまうが、ルギニアスから目を離したイーザンに、同じくじっと目を合わされ、たじろいでしまった私はギシギシと音を立てるように視線を外すのでした……ハハハ……。


 イーザンはじっくり観察した後は、特になにを言うでもなく、すんなり受け入れてくれたようだった。というか、ルギニアス自身には興味はあるようだが、それが魔傀儡かどうなのか、ということはどうでもいいといった感じかしら。ルギニアスが何者なのか観察しているような目。それ自体は私自身も分からないことだから後ろめたくもなく、ルギニアスの居心地が悪そうなだけで、まあいいか、と気が楽になった。ハハ。




 そうやってルギニアスがいじられながら、なんとか我慢をしてくれている間に、ローグ伯爵領を通り過ぎようとしてた。降りる客がいないため、馬車はそのまま止まらずに進んで行く。

 ロダスタの街並み、通り過ぎ行くそのときに、遠目に見えたのはローグ伯爵家の屋敷。

 最近聞いた話ではランガスタ公爵は一度も領地に訪れたことはなく、領地の管理には代理人が立てられ、その代理人が屋敷に住み管理をしている、と聞いた。


 領地の人たちは大丈夫かしら……代理人の方が来たのなら少しは安心かしら。しばらくは管理する人間がおらず、放置されていたという話も聞いた。気になってはいたけれど、私になにが出来るものでもなく、ただ「心配をする」ということしか出来ないことを歯痒く思っていたのだった。


 ローグ伯爵領を眺めながら馬車は進んで行く。


 ローグ伯爵領より南へは行ったことがない。景色自体はさほど変わらないが、ロダスタを離れて行くと、平原が広がる。遠目には木々が鬱蒼と茂っているのも見えたりはするが、比較的穏やかな道中だ。


 こうやって開けた場所や王都や街の近くにはあまり魔獣などは出ない。魔獣たちも警戒しているのか、身を隠すものがないところに出没する例はあまり聞かない。魔物は所構わず出るようだが、魔物はそもそも数がそれほど多くはない、はず。聖女の結界が弱まっているのでは、といった話は聞くが、それでもやはり結界に護られているため、数はとても少ないそうだ。私自身、魔物は見たことがない。


 今回行く砂漠地帯は人間が普段あまり足を踏み入れることはないからか、多くの魔蟲が潜んでいるのだと聞いた。だから砂漠を越えるには護衛が必須なのだということも。

 砂漠を越えるには危険が伴うため、迂回して行く人も多いらしいのだが、それでもやはり直進して行くのと、回り道をするのではかかる日数が違い過ぎるため、どうしても砂漠を越えて行く人もいる。そんな人を狙って魔蟲は襲ってくるのだそうだ。


 途中、馬車の中で携帯食を齧りながら、さらに揺られていると、次第に草木も減ってきた。ぽつりぽつりとしか緑がなくなってきたかと思うと、徐々に空気が乾燥しつつあることに気付く。


 乾いた風が髪を揺らし、緑がほとんど見えなくなってくると、大きな岩がそこかしこに並ぶのが見えた。馬車道として何度も通られているのだろう、私たちの乗る乗合馬車だけでない轍が多く残っていた。

 岩を避け進んで行くと、辺り一面砂と岩に囲まれていく。遠くを見渡すと地平線が陽炎で揺らいでいる。

 陽射しは次第に傾いていき、夕陽が差し込むその景色は真っ赤に燃えたようだった。


「見えてきたぞ」


 イーザンが口にすると、私とディノも身を乗り出し外を眺めた。徐々に陽が傾き出しているため、ぽつりぽつりと明かりが見える。


「ランバナスだ」


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