死んでそして

ぞ。

死んでいるんだから


 どうして人は死ぬのか。


どうしてこの世に生を授かるのか。


人が人として生きていく上で、文明を築き新たな技術を次々に生み出していく。

そのことにいったい何の意味があるのか。


地球にとって、宇宙にとって、この世にとって。

本当に意味があることなんてあるのだろうか。


結局は、せっかく生きているんだから楽しい方がいい。


不味いものよりは美味しいものを食べたい、大変な方より楽な方がいい、不便から便利を追求し、より自分たちが生きやすい様にする。


意志を持ち、感情を持ってしまったからこそが故なのだろう。


結局死ねば意味がないのに。


結局死んだらどうすることもできないのに。





  皆さんは、死後の世界を信じるだろうか。知っている人なんていない。そもそも信じるかどうかなんて話し合うことすら意味のないことだ。

死人に口無し。

つまりはそういうことなのだ。それでもオレは死後の世界を信じている。

なぜなら・・・




今すでに死んでいるからだ。




死んだ時のこと。いや、死ぬ直前までの事ははっきりと覚えている。

車に轢かれたのだ。

脇見なのか、運転操作のミスなのか。とにかく、急に歩道に車が突っ込んで来た形だ。友人達数名と楽しく会話しながら歩いていた。たまたま車道側にいたオレは、とっさに友人たちを弾き飛ばした。

おかげ様で自分一人だけが死んでしまった訳だが。

でもまぁ、みんな助かってよかった。

死んで本望。死にたい願望なんて別にあったわけじゃないけれど、目の前で友人達が死ぬよりはいくらかマシだと思った。


そんなこんなで、今はまさかの自分の葬式を眺めているというにわかには信じがたい状態を経験している。

経験?

経験って死んでもできるものなのだろうか?

実際に見て触れて体験したもの。

だとしたらこれもやはり経験か。

いったいこの経験は何に生かされるのだろうか。

いや、死んでるんだから生かされないか。

実際には活用する。活かすって事だから、やはり問題は無いのだろうか。どうでもいいか。死んでるし。





 オレは死んだ。

死んで自分の葬式を眺めている。

すごい。すごいぞこれは。

まさか己の死体を己で見る日が来ることになるとは。

そしてなにより、思った以上に盛大に行われている葬式に対してただただ驚いている。

そんなに人望があったかと言われるとなんとも言えない。恐らく、普通の人間だった。

もしかしてこれは規模的には普通の葬式なのかもしれない。基本的に人が死ぬと、この程度は最低でも集まるのかもしれない。

そういえば、誰の葬式も行ったことなかったしな。

初めての葬式が、まさか自分自身のものだとは思わなかったが。

葬式には、オレが死んだ時一緒にいた友人達もいた。まぁ、いなかったらびっくりするけれども。

男三人、女二人の五人組で歩いていた。

親友が一人、最近仲良くなった友達が一人、親友が適当に連れてきた同じ学校の女の子二人。

ちなみにオレたちは大学生だった。

大学二年の素敵な素敵な春休み。初対面を含めた、男女の交友。そんな青春真っ盛りだった。

弾き飛ばした友人達。うち二名は無傷。一名は捻挫。一名は少しばかり顔に傷を負ってしまった。といっても一ヶ月もしないうちに消える程度のものだが。

命あっての人生だ。そのくらい許してくれるだろう。よかったな、生きてて。

と思ったが、前言撤回だ。信じられないくらい憤慨している。顔に傷を負った女の子だ。


「大丈夫だよ!消えるよ?その程度の傷。」


返事がない。ただの尸の様だ。尸はオレだった。声が届かないのは不便だな。しかし、何もそこまで怒る事はないのだろうに。


「マジあり得ないんだけど。消えなかったらどうすんのって感じ。もうちょっとマシな助け方あったでしょ。キモいんだけど。本当マジ最悪。」


いやいやいやいや、キレすぎだろ。

あれ?葬式でこんな無礼な発言するヤツいる?


・・・・。


ん?

周りを見渡してみると、特に誰が反応する様子もない。葬儀は順調に執り行われているようだ。葬儀とはこのような感じであったのだろうか。最後に行った葬式の記憶を必死で掘り起こそうとするも、思い出す事が出来ない。あ、行ったことないんだ。そんな事を考えていると・・・。

とんでもない事に気付いてしまった。

これ、心の声だ。心の声が聞こえている。死んだ事によって特殊能力を手にしてしまった様だ。

で、でもあれだなぁ。

この感じなら、心の声とか聞こえないままがよかったなぁ。


しかし、人というのは考えている事と振る舞いがこうも違うものなのか。

いい感じに涙を流し、この度は本当にありがとうございました的なことをオレの親に話している。めちゃくちゃ器用なヤツだな。顔のいいヤツは、内面はブスだと言う都市伝説はもはや都市伝説ではないと確信した。だって目の前にいるもの。命が助かって、代わりに死んでいる人間がいる。命の恩人を目の前にした状態で、まさかのこの心の声。

まぁ初対面だったしな。仕方ないか。


最近仲良くなった友達。こいつの心の声には驚いた。どうやら相当前からオレと友達になりたかったみたいで、やっと最近仲良くなれたことにすごく喜んでいた矢先の事故だった。


「もっと仲良くなりたかった。趣味とか色々共有して、好きなバンドとか一緒に見にいったり、お互いの友達紹介しあってみんなで酒飲んだりしたかった。旅行行ったりしたかった。就活始まったら愚痴言い合ったり、もっとおっさんになって思い出話したり沢山やりたいことがあったのにな。救ってくれて本当にありがとう。せっかく助けてもらった命。大事にするよ。お前の分まで精一杯生きるよ。毎月お参りにも行くよ。本当に本当にありがとう。」


んめっっっちゃいいヤツじゃん。

なんだこいつ。顔もいいし性格もいい。

うわぁ、もっと仲良くなりたかったぜ。こちらこそ。もう死んじゃったけど、お前アレな。お前オレの親友のことな。今後もオレの親友な。いやぁ、いい友達持ったわ。助けてよかったわぁ。これこれ。この為に死んだといっても過言ではないよな。まぁ、死にたくはなかったけれどもな。


そこまで仲が良かったかと言われると、普通だったと答える。

親友になりたいと思ってもらえるほど、何か見せることができた訳でも、与えることができた訳でもない。

人がどう思っているかなんて、心の声でも聞かない限り本当にわからない。

そんな事を死んで初めてちゃんと理解するなんてな。

ありがとう。


捻挫した女の子は、顔の傷女と同様に初対面。これもまた、大惨事の予感。丁度手を合わせてオレに向き合っているところだった。


「助けてくれてありがとう。本当はあの日、実は初めてじゃなくて前にも会った事あるんだよって伝えたかったのに。話したい事たくさんあったんだよ。もっと仲良くなれたら、あの時から好きだったんだよって。言うつもりだったのに。何も伝えられないまま、命の恩人として死んじゃうなんて。カッコよすぎだよ・・・。付き合ってもいないのに、一生忘れられない思い出になっちゃったよ。本当にありがとう。ありが・・と・・う・・・。」


心の声でそう伝えたその子の顔は、涙を流しながら笑顔を作っているせいかクシャっとしていた。けれど、とても素敵な顔だった。

全く記憶にはないけれど、どうやら以前に会っていたらしい。オレももっと色々話したかったな。気づかなくてごめんなさい。


自分は幸せ者だったのかもしれない。

死んでいるにもかかわらず、こんなにも胸暖まることがあるなんて。

人間の美しさ、優しさ、素直さ。

人として生まれて来れて、生きて来れて、本当に良かった。


もう神様にでもなったかの様な気持ちだ。

しかし、この後本当の意味での人の恐ろしさを知ることになるなんて、この時のオレは当然知る由も無かった。






 葬式から、数日経った。

あの後もいろんな感情を見て聴いた。

本当にいろんな人がいて、父や母、祖父祖母に親戚、学校の友人達や先生、行きつけのお店の店員やバイト先の人達なんかも来てくれていた。

各々がそれぞれの感情を持っている。そんな当たり前を本当の意味で経験した。

不思議ですよね。本当に。はい。


実はこの数日の間に、情報に少し変化があった。

今のこのオレの状態。

これはどうやらもう少しの間続くらしい。

オレは死んだ事を理解している。

普通は死んだ事を理解させる為の期間らしい。この前、頭の中にそんな感じの情報がスッと入ってきた。

まぁ後何日あるのかわからないけれど、特にやることもないしもうちょっとだけぶらぶらするか。



親友。

親しい友達。互いに信頼しあっている友達。極めて仲がいい友達。

そう呼べる人間が一人でもできればいい。

父がそういっていた。

本音でぶつかり合い、他には話せないことも話せる相手は一生ものの宝だと。

別に互いに親友と呼び合っていた訳ではないが、こいつがそうだと言える人間はオレにもいた。直接言ったことはなかったが、周りには言ってたな。

特にすることもないオレは、なんとなくそいつを眺めていた。

今は友達と遊んでいるみたいだ。


「てかこの前のニュースになってた車の事故の被害者ってお前らの事だろ?」


「ああ、友達と何人かで歩いてたらいきなり車突っ込んできてさ。本当いきなりすぎて何が起きたかわからなかったよ。」


事故のときの話か。

死んだから知らなかったが、どうやらニュースになっていたらしい。


「目の前で友達一人死んじゃったんだろ?きついよなー。」


いや、そう思うなら聞いたらダメだろ。この友達は中々グイグイくるタイプだな。


「この前葬式とかも無事終わったし、一応落ち着いてきた感じだけどな。」


その節は大変お世話になりました。


「もう落ち着いたのかよ?目の前で人が死んでんだろ?オレだったら絶対まだ無理だわー。」


「オレは体押されて、こけた感じになったから直視はしてないんだ。あいつが危ないって叫んで、オレ達を弾き飛ばした形だから。」


「すっげ!命の恩人じゃん。かっけーわー。マジ感謝じゃん。」


「本当感謝してるよ。助けてくれて。」


いやぁ、そんな大したことは。お前の為だしな。親友の為に体張るのは当然だ。当然。うん。








「そして、死んでくれて。」









えっ・・・?







い、今なんて?





何を言っているのか全く理解ができない。


思考が全く働かない。


これが頭が真っ白になるってやつか。



一番驚いたのは、心の声と話している内容が全くズレがないことだった。つまり彼は、本音で話している。死んでくれてありがとうと思っているということだ。


聞き間違えではないようだ。

突然のことにまだ気持ちの整理ができないでいた。


本気で死んでくれてよかったと思っている。

つまり、死んでくれて嬉しいと言うことになるのだろうか。

ということは、前々から死んで欲しいと願っていたと言うことになる。

オレたちは親友で、楽しいことも辛いことも共に経験してきた仲だ。あいつが泣きながら相談してきたことだってある。未だ見ぬ未来に想いを馳せながら、将来の話で語り明かしたこともある。内緒話の共有だってたくさんした。親友であることに疑う余地すらない。

だとすると・・・。

親友と思っていたのはオレだけだったと言うことになる。

もっと言えば、親友であると信じて疑わないほどにアイツも演技をしていた上での関係性ということだ。

嫌われるようなことをした記憶はない。

意見のぶつかり合いこそあれど、険悪になるような事は一度も無かった。

とめどなく溢れ出る思考を止める事はできず、流れる川の水が簡単には止まれぬように、答えの見えない悪い思考がひたすらに巡り続けた。



「どう言う事?死んでくれて嬉しい感じ?」

連れの友人が返す。心なしか半笑いに見えた。



「嬉しいわけじゃないよ。ちゃんと悲しいさ。」



・・・。



「じゃぁ死んでくれての説明つかなくね?」


「いや、あいつさ。昔からそうなんだよな。」


「と言うと?」


「知らないうちにさ、人の好きな子奪っちゃうようなタイプな訳よ。」


「あー、たまにいるな。奪っちゃう系の悪どい奴。」


「いや、それとは別でさ。無意識っつうのかな。悪気ゼロな上に、応援までしてくれて。相談とかも乗ってくれちゃって。」


「めっちゃいい奴じゃん。てか、それだと奪う形にならなくね?。」


「そう。いい奴なんだよ。

いい奴すぎてさ。アシストしてくれてた筈なのにその子たちがあいつに惹かれ出すんだよ。」


「あー。」


「最初はそれでも良かったし、別にそれだけの話って訳でもねぇんだけどさ。毎回そうなる訳よ。気づいた時には、殺意っていうかすげぇ嫌いになっててさ。死んだって分かった時、悲しさとか寂しさとかもあったけど、胸のつっかえがとれたというか・・。なんかそんな感じだったんだよな。天然が故のイラつきみたいなのはずっと感じてた。親友って言ってくれてたみたいだけどよ。正直そう言うのもあって、親友とは思ってはなかったかな。」






知らぬ間に。



オレはそんな事を。



そして、あいつはそんな事を。




思いは必ずしも思い通りに伝わるものではない。



そんな当たり前を死んで初めて知った。



死んでくれてよかった。

これでもうキツい思いをしなくて済む。

そんな風に自分のことを思う人間がいたなんて。ましてや親友だと思っていた人間だ。

見方を変えれば、あいつを苦しめずに済むようになったと言う事なのだろうか。

気付いていれば、離れてしまえばよかっただけなのではないだろうか。そんな気持ちをずっと抱いたまま、あいつはオレと一緒にいたのか。

知りたくなかった。

何故こんなことを今更知ることになるんだ。

知ったところでどうする事もできないじゃないか。

では、知っていたら自分はあいつに何かしてあげられただろうか。結局自身のエゴを優先してしまうのが人間だ。気持ちだけぶつけて、自分だけ気持ちよくなって、それで終わりだったかもしれない。それでもオレがまだ生きていれば・・・。



もう考えまい。







だってオレ










もう死んでいるんだから・・・・。









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