夜の人魚
@orange_star
ハローハロー
登場人物
主人公。女。介護事務とデリヘルのダブルワーク。地元でばれないように、隣の隣町まで、原チャで通っている。24歳。高卒。
舞台装置。
特になし。人魚の生け簀がある部分に白テープで空間の区切りなど。
主人公。舞台上手から、原チャを押して歩いてくる。
「田舎は車がなければ何もできない、ので、車がないから何もできないでござる。featuring進次郎小泉」
「まだいけると思ったんだけどガソリンけちるんじゃなかった。(携帯を見ながら)クソッ、次のガソリンスタンドまであと、5キロはある……」
ぽちゃん、と水音
「え? なに? なんかいるの?」
原チャをおいて、水面を覗く。
「…っ!」
尻もちをつく。
「顔っ! 水面に顔が浮かんでる! え? なにこれ? 警察?」
じゃばっ、と大きな音、ドボン、と沈む音。(人魚がはねて、飛び込む音)
「………人魚………?」
「そういえば、聞いたことがある、この町の名産は人魚だって」
おそるおそる生け簀に近づく。
「…人魚だ…」
「…口パクパクしてる…池の鯉みたい……」
「………わあ……不細工………私みたい……」
スマホの写メでとる。
生け簀見渡して。
「こんなところで狭くない?」
スマホで人魚調べ始める。
「wikipedia。」
「なになに?ニンギョはヒトガタ目・ヒトガタ科に分類される海水魚。一般に言われる観賞用の人魚は突然変異を人為的に選択し、観賞用に交配を重ねた結果生まれた観賞魚である。人に似た上半身、色鮮やかな体色、広がった背びれ胸びれを持つ。「生きた宝石」「泳ぐ芸術品」とも言われ、一匹数千万…?から1億で取引される。やべっ!様々な品種があり、愛好家が多くいる。」
「……数千万……すげえ……」
「不細工なんていって悪かった……」
「でも、ここで残ってるってことは、買い手がついてないってことで」
「早く買い手が見つかるといいね。お互い頑張ろう」
主人公、人魚の隣に座りこむ。
「私ねえ。今、デリヘルで働いてるの。2か月目。なかなか常連が付かなくてねえ。ここの隣町で。住んでるところは反対側の隣町なんだけど。ほら、地元だとバレたらめんどくさいから。」
「車がないから、こうやって原チャで、40分かけて通ってるの。週3回」
「昼間は、介護の事務で働いてて、まあ、給料が安くてね、月16万」
「前は、それでもよかったんだけど。3か月前におかんが離婚して。今、二人暮らしで。そうすっと、ちょっと家計が厳しくなって。ダブルワークしないとならなくなったんだけど、時間の都合がついてある程度稼げる仕事ってもう風俗しかなくて、田舎だから」
「それでも時給に直すと3000円くらい。客が一人ついて、12000円。そのうち8000円が私の取り分で、一日二人つけば16000円、でも、待機が5時間くらいあるから。なんかもうしょんぼりだよ」
「人魚、口パクパクしてるね。お腹すいたの?」
「カニカマ食べる?」
もう一回スマホで調べる。
「そっか、魚がパクパクするのは、水の中の酸素が足りなくて、口で呼吸してるから。息苦しいんだ」
カニカマを引っ込めようとするが、パクリと喰われる。
「いや、カニカマ食べるんかい」
「息苦しいのか」
「私も息苦しいよ」
「私の町は、何もない町でさ。高校卒業したらある仕事は食品加工か、農協か、飲食か介護しかないみたいな。本当に選択肢はそれだけ。たまに1円パチンコか5円スロットして、地元の友達の紹介でできた彼氏とできちゃった結婚して、そんな人生が親からそのまた親の世代からずっと続いてるって感じ。会う友達も中学校時代の友達ばっかで。そのコミュニティーが一生続くって感じ。幼稚園から一緒で、3つくらいの小学校がひとつの中学校に集まって、その密度の強い中学校での人間関係が絶対になる。だから、絶対あぶれないようにしないといけないけど、でもそれが一生続くんだ。どっかで出ていかない限り。フェイスブックもツイッターも全員が地元同士でしかつながっていない。ここから、出ること、考えることあるよ。でもどうやって出ていけば。高卒で。隣町、その隣町まで来たらなんかあるかと思ったけど、ここらへん、どこも同じだね。でも、ここは、海があるからちょっといいかな」
「みんな言わないけど、たぶん、結構、副業で夜職してると思う。介護事務では不倫とかそういう話ばっかり」
「私、仕事自身は結構なれたよ。思ったより大したことなかった。なれるとただの業務だね」
「最初、申し込みをしたら、面接に呼ばれて、30分くらいの簡単な研修を受けて、それからすぐ現場。舐めて上乗って、出して終わり」
「何も感じなかったっていうとウソになるけど。初めてした時は、なんか、背中から冷たい鉛を流し込まれてるみたいな気分で。ああ、なんか、ちょっと決定的な線を越えちゃったな、って思った。でもすぐ慣れたよ。めんどくさいのは、抜いて終わりの客よりも、長々とコミュニケーションとってくる客かな。終わった後べらべらと自分の話をして、その間相槌打たないといけないし。こっちは肉体労働で感情労働じゃないっつーの。まあ、そんな感じで、本当に慣れちゃったね」
「背中から冷たい鉛流し込まれる感じ。初めてじゃないし」
「……中学校の時ね、すごく仲のいい友達がいて、でも、その子のこと、クラスで無視しようってことになったのね。私は嫌だったけど、でも、そんなのどうしようもないじゃない。だから、その日、私はその子のことを無視して。でも、その子はしょうがないね、って顔をして」
「最初は、体が冷えて、どうしようもなかったけど」
「すぐ慣れた」
「その時の、感じ。あれに比べたら、まだマシだって思った」
「その子を無視しようってなった理由も大したことじゃないんだよ」
「英語の授業でさ。一人ひとり読んでくじゃん、英文」
「ハローミカ、ハウワーユー。アイムファイン、サンクユーアンドユー?」
「あれって、棒読みしないといけないの。ちゃんと発音するとダメなんだ、クラスで浮く」
「だから、その子も、棒読みをしてたんだけどさ」
「ある日、その子が、道で外国人に道を聞かれてさ、で、実はしゃべれるから、英語で答えたのね。きれいな発音の」
「そしたら、それをクラスの誰かに見られててさ」
「で、気取ってるとか、私たちを馬鹿にしてるとかいわれて、それで無視」
「バカみたいじゃない?」
「バカみたいだけど、結局、私も。馬鹿だ」
「その子は、高校、県外の進学校に行って、それから地元を離れて、大学は東京に行ったみたい」
「中学校の仲間うちでは、AV女優になったってもっぱらの噂。友達の友達が見たって。リストカットとかしてガリガリだったとか、整形して顔がボロボロだとか」
「でも、知ってる。全部地元のひがみ。ここから出て行った人間は不幸になって人生台無しになってないとダメなんだよ。ほら見たことか、俺らの仲間から出て行ったからそうなるんだって。でも、こないだ手紙が来たんだ。私にだけ。本当は、結婚して、普通に、ニュースとかで見る会社で働いてて。相変わらず昔の仲良かった時みたいな感じで。中学のこととか何も気にしてない感じで」
「私は、それがとても辛くて。あの子にとって、ここでの、仲間外れにされたこととか、人生の中で、どうでもいいこと、そんなに大事じゃないことだったんだなって」
「…私は、ここの暮らししかないのに……」
「私も、こっちの友達が、彼女がAV女優になったって話を聞いて、どこかで、ほっとしてた。この町を出て、失敗して、そうなればいいって多分思ってた。そんな私が嫌だ」
「Hello Mika. How are you. I'm fine, thank you. And you?」
「元気かな。元気だといいな」
「それじゃ、またね。人魚」
原チャを押して、下手に去っていく。
暗転
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