異世界転生 (仮)
天洲 町
オープニング
はじめから
俺は加藤健一、ゲームとサッカーが大好きな高校三年生。母さんが今日の晩飯はハンバーグだって言ってたから自転車を漕ぐ足に力が入るぜ。
俺の家がある住宅地は丘の上にあるから坂道を登っていると、夕焼けに染まった街が見下ろせる。スーパー、病院、スポーツ用品店……その風景がめちゃくちゃキレイで俺はこの街が好きだった。
坂道を登りきると真っ直ぐ西に伸びた道に出る。最初から最後まで一度も自転車を降りずに辿り着くと夕焼けが「おつかれさま」って言ってくれるような気がして、密かなチャレンジが日課になっていた。今日もなんとか一息にてっぺんまで辿り着いて太陽を見るために顔を上げる。ただ今日はいつもと様子が違った。
太陽が二つあったのだ。
理解できないでいるうちにその光がどんどん大きくなっていって俺は———
「……さい……てください……」
遠くから、なにか、音が聞こえる。
「おきてください……」
おきてください?ああ、目を覚ませと言っているのか……
「起きてください!世界を救うのですよ!」
そうだ、俺は、世界を……世界を……救う……?
「えっ」
包まっていた布団を一気に捲り、体を起こす。
「目を覚ましましたか!勇者!」
ぼんやりとする頭で声のした方を向く。目に映ったその光景に俺は言葉を失った。
緑色の長い髪。金色の輝きを放つオリーブの葉の形の冠。絹のような光沢を持つローブに身を包み、手には背丈ほどもある杖を持っている。まるで女神のようだ。
あまりに信じられない姿の存在に俺は声をかける。
「……なにやってんの母さん」
「ユカリエルです」
「違います。貴方は加藤由香里さんです。旧姓田畑由香里さんです」
母さんが両手の甲を腰に当て、首を傾げてフッと息を吐く。
「状況がわかってないようね」
当たり前である。
コホン、と軽く咳払いをし、母さんは話し始めた。
「ここはキューシュ国のオーイタ地方。貴方は魔王を倒しこの国を救う運命を背負い、目覚めた伝説の勇者ケンイチよ」
「九州の大分じゃねーか」
出身地である。母さんはわざとらしく首を傾げ、さっぱりわからないという顔をする。ムカつく。
「そして私は女神ユカリエル。貴方の旅を見守り、助ける存在よ。これからよろしくね、ケンイチ」
そう言うと、杖を持っていない左手を差し出してくる。とりあえず俺もそれを握り、握手をした。ぐっと握り返してくる。とりあえず乗っかることにしよう。
「わかった。わかったよ。じゃあ旅に出るから目的地を教えて」
ユカリエルはパッと笑顔を輝かせ、
「そうですか!行ってくれますか勇者!」
と言った。喜ばれるのは何となく悪い気がしない。
「目的地……そうですね、魔王が居城を構えているのはオカフク。ここから北にある地です。しかしあなた一人だけの力では、魔王を打ち倒すことはできないでしょう。まずは仲間を集め、パーティを組むことです。そうですね、剣士、魔法使い、武闘家と、とりあえず三人は欲しいですね。ここから南にあるミヤーザに向かうのが良いでしょう」
ツッコまない。乗っかると決めたのだ。
「わかった。ミヤーザね、行ってくるわ」
ベッドから立ち上がる。今更気がついたが、ベッドもそれが置かれたこの部屋も、見慣れた自分の部屋とベッドだった。ちょっと土器の水差しとか壺とかが勉強机に飾ってあるのがシュールだった。
「ちょっとお待ちなさい、ケンイチ。そんな格好では、このけんと魔法の世界ではあっという間にやられてしまいますよ」
自分の姿をよく見ると部屋着のスウェットではなく、綿の白いシャツと青い短パンだった。
「あ、ほんとだ。なんか鎧とか剣とかある?剣と魔法の世界なんでしょ?」
「はいはいちょっと待ってて」
待ってましたと言わんばかりに真後ろにあるドアからユカリエルは出て行った。数分経つとドアノブが捻られ、荷物を抱えて戻ってきた。
「これを。勇者にのみが身につけることを許された聖なる装備です」
そう言って差し出されたのは紺色をした指貫グローブだった。
「肉弾戦⁉︎」
「もちろん。拳と魔法の世界なので。刃物とか危ないですし」
「そっちの拳かよ!それじゃあ武闘家三人と魔法使いのパーティじゃねえか!」
「あとはこの袋にゴールドをいくらか入れています。大事に使うんですよ」
チャリ、と音のなる袋を受け取る。一応中を確認すると、謎の金色の硬貨のようなものが入っていた。力入れてるところとそうじゃないところがわかんねえ。
「さあ!大いなる旅の始まりです!必ず世界を救えると信じていますよ!」
こうして俺の旅は始まった。スニーカーを履いて、自宅玄関から。
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