第4話
「では、お伝えいたします。『我が愛しき
涼しい顔で読み終え、ラジーヴは手紙を畳む。
あまりの衝撃に意識を失ったハンナを引き寄せて支え、落ち着かない胸に長い息を吐く。「仲良く十等分しろ」なんて言う人ではないのは分かっていたが、まさか我が子に「殺し合え」とは。
「ちょっと待て!」
封筒へ戻そうとしたラジーヴの手から手紙をもぎ取ったのは、アンドリューだ。赤い顔でじっと手紙を見つめたあと、頭を横に振りながらラジーヴへ返す。長男であり工場長として働いているのだから、当然自分が一番多く継げるものだと思っていたのだろう。誰にとっても、とんでもない遺言だ。とても正気とは思えないが、間違いなく父の遺言だと分かる。
「素敵な趣味ね、殺し合いなんて! そもそもそんなことをしたら捕まるでしょ」
「そちらは問題ございません。既に本土には、感染力の強い新たな病が発生したと連絡致しました。お亡くなりになっても本土へは送らず、こちらで埋葬する了承を得ております。尚、皆様には一切の通信手段はございませんのでご注意くださいませ」
嫌悪感を露わにするバーバラに、ラジーヴは用意周到な計画を披露する。父の策だろう。相変わらず、全てを勝手に決めてしまう。でも、殺しても捕まらないのなら。ハンナを支えながら確かめたイアンと視線が合って、図らずも意見が揃ったことを知る。
「こいつを殺せるのなら、悪くない」。
「……私は、いやよ。財産なんかいらないから、殺し合いはしない。子供達がいるのよ? 家に帰るわ」
「承知いたしました。では、エレイン様は棄権でよろしいですね。未感染のため帰島といたしましょう。検疫は必ずお受けください」
ラジーヴは引き止めることなく、すんなりとエレインの棄権を受け入れた。予想外の心ある対応に驚いたが、確かに十人の中にはとても殺し合いには向かないタイプがいる。本質的に争うのが苦手で護身術を嫌ったり身につかなかったりした、「平和な人達」だ。
「私も下りるよ。身に余る財産は必要ないし、この仕事に誇りを持ってる。人の命を奪うようなことはできない。私も早く帰って家族に会いたいよ」
「では、クラレンス様も棄権で承りました。ほかの方々は」
予想どおりの面子に頷いたあと、ハンナを支えながら私も手を挙げる。
「気絶してるけど、ハンナも棄権すると思うわ。二人と一緒に帰らせて」
並んで座るクラレンスとエレインは、心得たように頷いて返した。
「あなたは、棄権しないの?」
「しないわ。正直なところ、財産はイースターエッグを一個もらえたらそれでいいの。ただ、殺したい奴が一人いるから」
エレインに答えつつイアンへ視線をやると、不敵な笑みが応えた。
「おい、ラジーヴ。ジョスリンが参加するとして、サイの扱いはどうなる。あいつだけ狡いだろ」
気づいたように身を乗り出し、ディーンが芋虫のような指で私を差しながら尋ねる。
「旦那様は許可していらっしゃいます。但し左側の守備に徹し、一切の攻撃は行わないようにとお命じです」
「ジョスリンを殺す時には、サイも殺して問題ないな?」
こちらを見ながら挑発するイアンに、ええ、とラジーヴは大人しい声で答えた。
「そちらも、旦那様が許可していらっしゃいます。但し先にジョスリン様を殺すこと、サイにも殺害の許可を与えることが条件です」
「それなら手を出さない方が賢明ね。サイは私より強いもの」
「当たり前だろ、チビの強さが基準になるかよ」
鼻で笑うイアンに、手元にあったミートナイフを投げる。イアンはすぐさま避けて、自分のナイフを投げ返した。しかし、私まで届くことはない。
「左を狙うのは卑怯です、イアン様」
即座にナイフを掴んだサイが、傍らに控えたオートマタへ渡しながら牽制する。
「右だと『また』ハンナが血を浴びるだろ」
イアンは、片方の口の端だけ引き上げて笑んだ。言いたいことなら山ほどあるが、あとで殺せばそれで済む。睨んだあと、守ってくれたサイに小さく礼を言った。
「ふざけるなよ、こいつらとやり合えって言うのかよ!」
「旦那様は平等に、ジョスリン様に対しては皆様に決して劣らぬように、機会をお与えになりました。イアン様とジョスリン様は機会を最大限にご活用されただけでなく、そのあとも弛まずご研鑽なさっただけのこと。ディーン様が数十年に渡る熱意でカードと飲酒をご研鑽なさっていらっしゃるのと同じです」
またこちらを指差しながら文句を言うディーンに、ラジーヴは微笑で答える。響いたのはフレデリックが卑屈に笑う声だけだが、皆も堪えきれずに失笑していた。
「ラジーヴ、俺もいいかな。弱者の心得として、強い者につくってのがあるだろう? 組むのはありかな」
ギデオンが笑いを噛み殺しながら、手を挙げて尋ねる。
「そちらも、旦那様はお許しです。但しお互いの合意が必要ですのでご注意ください。そして、組んだとしても最後は対決していただくことをお忘れなきように」
「了解」
短く返して私を確かめた視線に、頷いておく。ギデオンが参加するのは、フレデリックを殺したいからだろう。フレデリックはポロ繋がりでイアンと仲がいいから、当然のように組むはずだ。私はフレデリックに直接の恨みはないが、ギデオンが殺したいのなら手伝うつもりはある。組んでフレデリックを殺してイアンを殺し……まあ、そのあとはそこまで達成してから考えよう。
「では、細かなことについてはまた明日、旦那様の棺をお墓に納めたあとで残られる方々にのみお話いたします。本日はどなた様も、お食事ご歓談のあと、お休みください」
「ちょっと待て、葬式はしないのか? 牧師は」
話を終えそうなラジーヴを引き止め、アンドリューが慌てたように聞く。感染症が発生した体なのに、呼べるわけがないだろう。
「旦那様がお望みになりませんでしたので、そういった儀式はいたしません。皆様とオートマタに見送られたいと」
「お義母達は、呼ばないの?」
余計なことを口にしたエレインに、全員の視線が集まる。
確かに、本土にはFGHの母である三人目の妻リリーと、私とイアンの母である妾のロージーがいる。遺産も分けず最期にも呼ばないとは、父らしい冷酷さではある。父にとっては人助けか、自分の子を産む女が欲しかっただけなのだろう。でも呼ばないのは正解だ。とんでもないことになる。
「お望みになりませんでしたので」
ラジーヴはあっさりと返して微笑んだ。サイと顔立ちはそっくりだが、年齢を重ねた渋みがいい味を出している。
父の傍に張りつくように仕えて二十年ほどか、父の全てに心酔し、どの妻や妾よりも長い時間を共にした。四十七歳はまだ引退するには早い年だし、父の財産や仕事について誰よりも理解している。できればこのまま屋敷にいてもらいたいが、それを許す兄妹はCGHと私くらいだろう。あとの連中は偏見と差別がきつい。クラレンスとハンナが棄権することを考えたら、私かギデオンが勝ち残るしかない。
「お父様には、もう会えないの?」
「いえ、まだお会いいただくことはできますが」
「やめた方がいい、エレイン。このまま見送ろう」
再び尋ねたエレインを、クラレンスが引き止める。梅毒は、症状が進めば顔にも欠損が生じると聞く。年老いて若かりし頃のような美貌ではなくなったが、それでも美しい人だった。無惨な姿は、見ない方がいい。
「じゃあ私は、ハンナを寝かせてくるわね」
向けた視線に応え、サイがハンナを引き取って抱える。動揺と殺意で落ち着かない食卓を離れ、ハンナの部屋へ向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます