28、結ばれない悲恋とか秘めるだけの想いとか、あったのでしょうね
そして、数日が経ちました。
王立学園内の学生たちは、とある理由で浮足立っています。
「ご覧になって。ダンスパーティですわ」
「あ、相手がいない」
「俺は婚約者を誘う」
「私、この機会に告白してみようかしら!」
理由はもう王立全員が知っている一大イベントのお知らせが出たからです。
ダンスパーティです。
ダンスパーティの知らせが出たのです。
王立学園の敷地内で行われるドレスアップしてのパーティは、決まったパートナーと一緒に参加するのです。
貴族の令嬢や令息が多く通うこの王立学園は、積極的に小規模な社交界じみたイベントをひらいていて、その中でもこのダンスパーティは人気が高いのです。
「うぉお……相手がいなぁい。誰か、相手になってぇ」
弱腰で相手を探す学生もいれば。
「あ、あたくしを誘ってくださっても、よろしくてよ。よろしくてよ! ……さ、誘われないっ!? あれぇっ、なんでですのぉ!?」
傲然と待ちの体制に入ったものの、誘われなくて焦る学生もいたり。
「す……好きです、先輩!」
「ごめん、俺には婚約者が」
「……婚約者より、わたしを選んでくださいって言ったら、だめですか?」
「そ、そんなことは、できない」
「う、うわぁぁん……っ」
……と、こんな風に、噂好きの令嬢たちはもちろん、普段は他人の恋路にあまり関心がないような学生たちでも「フリーの相手は誰だ」と情報収集したりするような、いろいろと話題に事欠かないイベントなのでした。
婚約者だったり、恋仲の相手だったり。
そんな相手がいる方はパートナーと衣装合わせを打ち合わせしたり、友人に惚気たりしますし、相手のいない方は、必死になって相手を探したりもするわけでして。
学園中が、いわゆる恋のお話で持ち切りになったりするのです。
「私はユスティス様にもう誘っていただいたわ」
アミティエ様は親しいご令嬢方と一緒に女性だけの「花について語る会」をつくり、わたくしをメンバーに加えて、お茶会に誘ってくださいました。
「わ、わたくしも、誘っていただいています」
実はまだ誘っていただいていないのにも関わらず、見栄を張って――ちょっとだけ対抗意識を燃やしてしまったりもして――わたくしがオヴリオ様に誘っていただいているのだと告げると、「花について語る会」メンバーのご令嬢方は目を輝かせました。
「どのように誘っていただきましたのー?」
「場所はどこでした? 時間帯は?」
「誘いの言葉を教えてくださいまし!」
……花について語るというのは、つまり恋のお話。恋バナというらしいです。
「親しい女性だけでそれぞれの想い人の話で盛り上がるのって、楽しいじゃない?」
とは、アミティエ様のお言葉でした。
「伯爵令嬢の邸宅にお邪魔したときに異世界出身の料理人さんが教えてくださったの。あちらの世界では、皆様、言葉を短くしてお話するのが大好きなのですって。あと、お友達同士での恋のお話も、すごく盛り上がるんですって」
茶会のテーブルには、どことなく見覚えのある桃のショートケーキがあって、わたくしは懐かしい気持ちになりました。
「メモリア様は、オヴリオ第二王子殿下と秘密の合言葉を決めていらっしゃるのですって?」
「あ……あい、ことば……?」
な、なんですの、それ。
日記にも、そんなことは書いていなかったと思うのですが。
「好きじゃない、ってたまに仰っているの。あれは全部、『大好き』という意味なのですって」
「あら、あら!」
令嬢の言葉に、わたくしは真っ赤になりました。
「あ、あれは! 必要に迫られてしていることでして……!」
アミティエ様は微笑ましげにわたくしを見つめて、燃料を注ぎました。
「ツンデレ、というらしいですわ。皆様、ご存じ?」
「ツンデレ! まあ、どんな風にしますの?」
「わたくしもしてみたいですわ」
令嬢方は大いに盛り上がり、一部の令嬢はそこから「婚約破棄って、ご存じ?」とお話を発展させていったのでした。
「わたくし、実は婚約破棄しようと思ってますの。お父様もお母様も、良いと言ってくださって」
ひとりの令嬢が勇気を出したように告白すると、その場にいた令嬢たちはとても驚いて、「理由は?」とか、「家同士の関係が悪化しません?」とか、「世間体が悪くなってしまいそうで心配ですわ」とか声を連ねて。中には、「わたくしも婚約破棄したいですわ!」なんて言い出す方も、出てきてしまったのでした。
「おい、知ってるか。クラーク男爵令息とエイルハ男爵令嬢が婚約破棄になったって」
「ハールト伯爵令息とその婚約者も、婚約破棄しそうだってさ」
ダンスパーティの話題と並んで、あちらこちらで婚約破棄のゴシップがささやかれるようになったのは、それからすぐのことでした。
浮ついた雰囲気の学園内の廊下で、わたくしを呼び止めたのはトムソンでした。
「メモリア!」
亜麻色の髪がさらりと揺れて、窓から差し込む日差しに明るい艶をみせています。
わたくしと同じ紫の瞳は、ちょっと大人びた印象でした。
並んでみると、ふとわたくしは目線が以前と変わったなと違和感を覚えて、ああ、と気が付きました。
トムソンは、少し背が伸びたようです。
トムソンは口元を三日月みたいにニッコリと笑ませて、誇らしげに言いました。
「できたんだ」
「まあ!」
できたというのは、つまり小説ですね?
それはとっても、喜ばしいご報告ではありませんか。
それに、気になることがあるじゃないですか?
わたくしは、もじもじと問いました。
「け、結局……キスですの?」
「うん」
トムソンは、あっさりと肯定してニコニコと頷きました。
「学園にさ、『想いが成就する木』があるだろ? その木がいいってお父様がアドバイスしてくださって、ロマンチックにダンスパーティの夜限定、一年に一度だけのチャンスって設定してね」
トムソンはそう言って、『想いが成就する木』について教えてくれました。
「学園がつくられたばかりの頃って、まだ聖女っていう肩書きはなかったらしいんだけどね? その頃から、似たような不思議な力……魔法とも少し違う、『応援する力』っていうの? そういうのを持っていた人、何人もいたらしいんだよ。力の大きさには、かなりバラつきがあったらしいんだけどね」
「トムソン、詳しいんですのね」
「お父様が一緒に調べてくれたんだ」
わたくしはトムソンのお家の書庫を思い出しました。
エヴァンス叔父様の趣味とお仕事を兼ねた文献蒐集家ぶりは有名で、書庫にはすごく貴重な古い本がいっぱいあるのです。
わたくしは幼い頃、書庫で迷子になってトムソンに見つけてもらったのを思い出しました。
自分より背が低くて、可愛らしいトムソンはそのとき、とっても頼もしかったのです。
「ある世代の聖女様たちが、思いついたんだって。『自分たちの代や後輩たちの代の恋に苦しむ皆様のために、学園にロマンのある場所をつくりましょう』って」
「ふ、ふむふむ」
「ほら、この学園って、貴族階級の令息や令嬢がメインだろ? ボクたちって、大体は家の都合で将来の相手が決まるわけで」
「そ、そうですわね」
「堂々と恋愛できるのって、相手が決まらない間だけなんだよね。でも、恋愛するような年頃になったら、大体相手が決まることが多いからさ。昔であればあるほど、恋愛なんてしなかったり、できなかったり、しても結ばれなかったりしたらしくてさ」
「ええ、ええ」
「それで、当時の皆様で集まって力をこめた木が『想いが成就する木』……と言われているんだよ。叶わない想いや、困難な想いに、優しい奇跡が寄り添えたら、っていうコンセプトだったんだ」
トムソンが教えてくれたお話は夢があって、当時の学園に思いをはせると、なんだかすごくワクワクするのでした。
きっと、結ばれない悲恋とか、秘めるだけの想いとかが、いっぱいあったのでしょうね。
……ところで。
それはそれとして。
「『想いが成就する木』は素敵ですが、一年に一度だけのチャンスって……どうしてハードルをあげてしまいますの……っ」
……そんな条件があったら、「今日はちょっと勇気が出ないから明日」とかできないではありませんか!
わたくしが涙目で訴えると、トムソンは大慌てで言い訳を口にします。
「えっ、いや。ロマンって大事だろ? ほら、説得力とかさ」
「もう。もう。わかりましたわ……ところで、その『想いが成就する木』って、わたくしは場所を知りませんわ」
扇をひらいてコソコソと言えば、トムソンは「教えてあげるよ」とわたくしの手を引いて、学園校舎の外に向かいました。
「メモリア。次の講義、平気?」
「へ、平気ですわ……」
次の講義はお休みです。今、決まりましたわ……。
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