27、仲のよろしいご兄弟ですこと
「素敵ね」
――ハッ!
アミティエ様が楽しそうに仰るのが聞こえて、わたくしは現実に意識を戻しました。
「す、すてきですわね。おほほほ」
扇で顔を隠しながら笑うと、オヴリオ様が変な生き物を見るみたいな眼でわたくしを見ているではありませんか。なんです、その眼は。
わたくし、あなたで妄想なんてしていませんからねっ!? ちょっとしか、していませんからねっ!?
「みんなもそう思ってくれるなら、それにしようかな」
トムソンはニコニコとノートにペンを滑らせて、「この前、白ネコさんが家にきてね、泊めてあげたんだよ。ボク、一緒に寝たんだ。白ネコさんが遊びにきてから、お父様はすごくお元気になられたんだよ」と嬉しそうに父親トークを始めたので、わたくしは「キス以外の方法にしたらどうかしら」と言えなくなってしまったのでした。
お父様といえば、わたくしのお父様も、最近はおばあさまをお家にお迎えになって、甲斐甲斐しくお世話をしていますの。
呪いの影響がなくなったら、おばあさまは記憶がぼんやりじゃなくなるかしら。そうしたら、お父様も喜ぶかしら。
それなら、それなら。
わたくしはなんとしても呪いを解かなければ、と思うのです。
思うのですが……キス……できるでしょうか……?
「トムソン、とりあえず……そのシーンが書きあがったら、わたくしに一番に教えてくださる?」
「ん。うん。わかったよ?」
コソコソと耳打ちすると、オヴリオ様がジトーっとした眼で見ています。
「ふっ……」
ユスティス様がそれを見て、面白そうに口角をあげました。
そして、トムソンとわたくしを一緒にまとめて、ぎゅーっと両腕で抱きしめたのです。
「あ、兄上……!」
「……はははっ、オヴリオ。慌てすぎだよ!」
腰を浮かすオヴリオ様を見て楽しそうに笑い声を響かせたユスティス様は、アミティエ様を手招きしました。
そして、4人で謎の円陣を組むようにして、その外側を従者に固めさせ。内緒話をするではありませんか。
「――……兄上~?」
従者の壁に阻まれて近づけないオヴリオ様が拗ねたような顔をなさっているのが、チラチラ見えるのですが。
「アミティエ、アミティエ」
ユスティス様はイタズラっ子みたいに、甘えるような声でアミティエ様を呼ぶのです。
オヴリオ様によく似た緑色の瞳は、それはもうキラキラと楽しそうに輝いていました。
楽し気に何をお話するのかと思えば。オヴリオ様には聞こえないように、小声で。
「このメモリア嬢が弟にキスをするって」
「ぇっ!?」
……刺激的なことを仰るではありませんかっ!?
びっくりするわたくしに、至近距離でパチリとウインクをして、ユスティス様は仰いました。
「そういうことだろう? 小説に書いた方法で弟の呪いを解くのだろう?」
トムソンが「え、そうなの?」と呟くのと、アミティエ様の興味津々な目がわたくしの動揺を誘います。顔が熱くて仕方ありません。
「あら! 例の呪いのお話ね?」
「私とて、アミティエや父と一緒に調査をしてきたんだよ。症状的に小説の悪役令嬢の呪いと一致するね、と昨夜も父と話していたのだ」
ユスティス様はそう仰って、「ならば悪役令嬢の呪いはどうやれば解けるのか」と考えていたのだと打ち明けてくださったのです。
「だから、うまくいくように、ほら。聖女の『応援する力』……」
「ふふっ、そういうことね。ええ、ええ。応援してるわ」
アミティエ様はそう言って、わたくしを応援してくださったのでした。頬に一瞬、掠めるようなキスをしていただいて。ふわっとしたあたたかな感覚が全身を抱きしめてくれたみたいな心地よさを覚えて。わたくしは、子供の頃を思い出しました。
……おばあさまが、何度も何度もこんな『応援する力』をわたくしにくれたことを。
「ありがとうございます、アミティエ様。この感じ、おばあさまとそっくり。……アミティエ様は、本当に、本物の、聖女様ですわ。わたくし、心からそう思います」
心からそう言えば、アミティエ様はわたくしの手をぎゅっと握ってくれました。
「それで……わたくし、聖女ではありませんから……」
ついつい付け足してしまうのは、『その通りにされたら嫌かもしれない』と自覚している思い付きです。
「実は、アミティエ様の方が、呪いを解けるんじゃないかしら、と思ったりもするのです。その聖女の力でそのままキスなさったら、効くんじゃないかしら、なんて思ったりもするのですが」
半分照れ隠しに言うと、ユスティス様が「そんなことはさせないよ」と断固とした口調で仰り。
「ユスティス様……あっ……」
……表情は穏やかながら、目がとても怖いです!
それに気づいて、わたくしはビクッとなりました。
「聖女じゃなくても、人を助けることはできるよ」
眼は怖かったですが、励ましてくださった言葉は優しくて、わたくしは「はい」と頷いたのでした。
「俺だけをのけものにして、何を話しているんだ?」
従者の壁をぐいぐいと抜けて、オヴリオ様が顔を出したのはそのときでした。
「おお、弟よ。忍耐がない」
「兄上、メモリアは俺の婚約者なのです」
「以前は『兄上なら仲良くしても安心』と言ったじゃないか」
「以前は以前、今は今なんです」
「弟よ、余裕がない男は格好悪いぞ」
「格好悪くてもいい……!」
ご兄弟仲良く言い合いをなさるお姿は微笑ましくて、お話内容はちょっとくすぐったい感じです。
――『俺の婚約者なのです』ですって。
扇に顔を隠して言葉に浸っていると、オヴリオ様がいつの間にか隣にいらしてました。
ぺたっと手が額にあてられて、ちょっと驚いていると。
「顔が赤いじゃないかメモリア。熱があるんじゃないか」
と仰るのですが。
ですがオヴリオ様……手袋をなさっていて、熱がわかるものでしょうか?
「だ、大丈夫ですわ」
「そうか? 体調が優れないなら、無理をしてはいけないぞ」
覗き込んでくるオヴリオ様の緑色の瞳がちょっと近すぎる気がして、わたくしは必死に頷いて言葉を返しました。
「べ、別に体調は絶好調ですわ。それに、わたくしあなたのことも好きじゃありませんし」
「うっ」
言った瞬間、不意を突かれたような、油断していてショックを受けてしまったような顔をして、オヴリオ様が距離を開けるのが少し寂しい感じです。
「い、今のは仕方なく……ですわよ? いつもの、お約束のフレーズですわよ?」
「わかってる。いや、油断していた俺が悪かった」
オヴリオ様がそう仰ると、ユスティス様はポンポンと肩を叩いて「兄がセリフを用意したからね」とカンペなどを見せています。いつの間に書いたのでしょう。
「え、なになに。……『べ、べつにお前のことなんか好きじゃないんだからね、かっこなみだめ』……?」
いつもとそんなに変わらないセリフですが、微妙に子供っぽくて可愛い感じなのはなぜでしょう。
「かっこなみだめ、はセリフじゃなくて演技指導だぞ、弟よ」
「涙目になんてなりませんよ兄上」
「そうか?」
――本当に、仲のよろしいご兄弟ですこと。
わたくしはアミティエ様と顔を見合わせて、くすくすと笑ったのでした。
「あ、……あのう。ボクも、いまぁす……」
「ハッ。トムソン……」
トムソンはそんな中おずおずと手をあげて、「とりあえず事情は、わかりましたぁ」と言ってくれたのでした。
「ねえ。白ネコさん。ボク、影が薄いかなぁ……?」
トムソンはソファにちょこんと座り、白ネコのレティシアさんを抱っこして、なんだか哀しいことを言うではありませんか。
「ト、トムソン……!! そんなこと、ありませんわっ!?」
わたくしが慌てて手を握ると、白ネコのレティシアさんも「そうよ、大丈夫よ」と伝えるように「にゃあ、にゃあ」とネコの鳴き声で鳴いて、トムソンの頬をぺろぺろと舐めています。
「ありがとう」
トムソンは気を持ち直したように顔をあげ、ちょっときまり悪そうに眉尻をへなりとさげて、えへへと笑いました。
「ボク、もっと強くなるよ。メモリア」
「あらあら……応援していますわ?」
わたくしが言えば、トムソンは「うん」と頷いて。
「背も、もっと伸びるよ。ボク」
と言うのです。
「成長期ですものね。そういえば、最近ちょっと伸びている感じもするではありませんか」
「わかる? 伸びてるんだ」
「ええ、ええ。それに、男の子……じゃない、殿方らしく、貴公子らしく、なって。格好良いですわよ」
トムソンは従弟で、幼いときから結構な頻度でお互いの家を行き来したりして、よく遊んでいたのでした。
以前は、トムソンのあまりの可愛らしさに女装させてみたいとか思っていたものですが。
思えばトムソンも立派な男子なのです。
あんまり可愛いとかは、……わたくし、幼い頃から言いまくっていた気がするのですが――もう、言わないほうがよいのでしょう、ね……。
……成長は嬉しいですが、寂しい感じもしますわっ。
わたくしがトムソンの成長に対して喜びと淋しさを同時に感じていると、ぐいっと腕が引かれます。
「俺」
あっ。オヴリオ様ではありませんか。
「は……はい。なんですの」
「俺」
……?
オヴリオ様は、俺、俺、とご自分を指さして、とてももの言いたげではありませんか。
「ちゃんと仰って」
「……構って欲しい。俺に」
!?
「か、構うとは」
「一緒にランチタイムを過ごしてくれ」
そういえば、そういう約束でしたわね。
「わかりましたわ、オヴリオ様。でも、わたくし、どのように構えばよろしいでしょうか?」
突然「構え」と仰られても。
わたくしがそう問いかけると、オヴリオ様はうんと離れたソファにわたくしを伴って座り、肩を抱くではありませんか。
「こうしているだけでいい」
「そ、そうでしたかぁ……っ」
ちょっと、視線がすごくこちらに集まっていますけど。
ユスティス様が遠くで笑っていますけど。
恥ずかしい感じがするのですけど。
「……のんびり過ごすのは、よいものですわよね」
「そうだな。有象無象がいなければもっと落ち着くんだが」
「落ち着かないご気分でしたか」
「割と」
「実は、わたくしもです」
こんな可愛らしくて甘酸っぱいひとときが悪い気がしないどころか、嬉しいと思ってしまうわたくしなのでした。
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