13、王太子のサロンと子ウサギのワルツ
「王立学園は、主に貴族の令嬢や令息が通っている。当然、家柄は学び舎の中でも無視できない。身分社会だ。頂点に君臨するのは、もちろん君の大好きなユスティス兄上というわけだ」
お昼休みに迎えに来てくださったオヴリオ様が、先生みたいな声でキリッと真面目に説明してくれています。
「ユスティス兄上は次期国王になるお方。成績も優秀で、優しい方だ。兄上のサロンに入りたいという学生はそれはもう大勢いるが、招待制で、選ばれた者だけが参加できるんだ。みんなが憧れる学園内のヒエラルキートップグループなんだぞ」
兄上、兄上と語るオヴリオ様はなんだか得意顔です。
さてはお兄様のことがお好きなのですね?
「わたくし、日記に書きたいことがどんどん増えていきますわ」
「日記?」
「日記をつけていますのよ」
「へえ……それは知らなかった……日記。いつから?」
「何年も前からですわ」
オヴリオ様は日記に並々ならぬ興味をお示しになり、「読んでみたいので持ってきてくれないか」とか「自分で過去の日記を読み返したりするのか」とかお尋ねになるのですが。
「日記は人に見せることを想定して書くものではありませんから……お見せできません」
「どうしても?」
「どうしてもです」
「……」
「そ、そんなに残念そうなお顔をなさらないでくださいまし」
――ユスティス様への想いをつづった乙女な日記なんて、恥ずかしいではありませんか……。
サロンメンバーの集まる場所は大きな特設のお部屋で、入り口に警備の騎士が立っています。
中に入ると、広々とした空間にソファや背の低いテーブルが散らばっていて、品の良い学生たちが思い思いに過ごしているのです。
部屋の隅にはグランドピアノがあり、トムソンが可愛い高音のメロディを奏でています。
曲名は「子ウサギのワルツ」ですね。
トムソンは、ユスティス様にピアノの腕を愛されているのですわ。それだけに、嫉妬されたりすることもあるようなのですが。
特に人が多いテーブルとソファセットは窓際にあって、ユスティス様とアミティエ様が並んでソファに落ち着いていました。お二人は本日も仲良しです。
わたくしの耳には、可愛らしいピアノの旋律を背景にした他愛もない世間話が入ってきます。
「最近、乾燥した空気のせいで火災事故も多いようで」
「火の用心を呼び掛けてまいりましょう」
「放火魔がいるという噂もありますよ」
「物騒ですね」
イタズラを仕掛けるような声でオヴリオ様がささやきます。
「メモリア嬢、俺たちはこれから兄上たちに負けじと仲良くする。好きじゃないけど」
わたくしはお気に入りの花扇をぱらりとひろげて、悪役令嬢っぽい表情をつくってみました。
――このやる気が微妙な当て馬様を、悪役令嬢たるわたくしが応援してあげましょう。
「いけません、オヴリオ様」
「えっ」
ダメと言われると思ってなかったって感じのリアクションに、わたくしはちょっとだけイジワルな声をかけました。
「わたくしと仲良くなさるだけでは、アミティエ様を落とせませんのよ。当て馬様は、当たりにいかなければ」
「しかし、俺は当たると爆発するんだ」
まあ、オヴリオ様ったら「いろいろ諦めてます」って感じのオーラを全身から放つではありませんか。
「な、情けないですよオヴリオ様。やる気を出してください?」
「俺は情けない男なんだ」
花模様がエレガントな生地のソファに座り、オヴリオ様は室内に控えていた従者の騎士さんになにかを合図なさいました。
すると、昼食が運ばれてきて、わたくしたちのテーブルはあれよという間に豪勢なご馳走でいっぱいになったのでした。
「オヴリオ。メモリア。こっちに来ればいいのに」
ユスティス様が離れたソファで手を振っています。
「ほら、オヴリオ様。オヴリオ様の大好きなお兄様が呼んでますわよ」
「俺は兄上よりカレーパンがいい」
「愛しのアミティエ様の近くに行きませんの?」
「カレーパンがいい」
どれだけカレーパンがお好きですの?
オヴリオ様は現実を拒否するように言いのけて、お盆の中でひときわ目立つオーラを放っていたカレーパンの包みに手を伸ばしました。
ワックスペーパーに包まれたカレーパンは、楕円形の揚げパンです。外側にカリカリの衣がついていて、中にはカレーが入っているのです。
「カレーパンは……学生、特に平民階級からの奨学生に人気なパンですわね。わたくし、覚えがございますわ」
トムソンもこのパンが好きで、よく「買いたいけど並ぶのはなぁ~」とか「従者を並ばせてる先輩もいるけど、従者を並ばせるのもかわいそうだよねぇ」とかぼやいていたのです。わたくしは、それを思い出しました。
「学食で販売しているんだ。行列ができるくらい人気で……」
「まあ。お付きの従者さんが並んで手に入れたのですね。お疲れ様です、と労って差し上げたいですわね」
「最初から俺の分を取り分けてもらってるから従者を並ばせたりはしていない」
「……それはなによりです」
わたくしが「なるほど」と頷いてアサリの塩味ボンゴレに手を伸ばしていると、オヴリオ様はフォークとナイフでカレーパンをさくりと半分に切り、わたくしに問いかけました。
「君は辛いのが苦手だときいていたが、食べてみるか?」
「ひとくちだけ味見してみましょうかしら……ひとくちサイズでかまいませんわ」
こうしてわたくしは、カレーパンを食することになったのです。
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