11、このネコ、お城の庭園にもいませんでした?
「あちらのご令息、最近おかしなことにかまけていてピアノの腕が落ちているんですって」
「エヴァンス先生のご令息ですわね」
コソコソと噂話が聞こえてきます。そんな声に重なるように、白ネコが「にゃあ!」と鳴いて、周囲の視線は白ネコに集まりました。
「学園内に獣が……不潔ですわ」
「そう? 俺は好きだぞ」
「可愛いですわよね」
「わたくしも好きですわ」
学生たちは、おおむね白ネコに好意的なようです。一部、眉をひそめている方々もいますが。
真っ白なネコは、ナイトくんと違って本物のネコです。
このネコ、お城の庭園にもいませんでした? わたくし、とっても見覚えがありますの。
スレンダーで優美な体のラインをした、なんとなくお嬢様風の気品を漂わせる綺麗なネコは、トムソンのノートをはむはむ、がじがじとかじっています。
はむっと噛んで、首をぐいっと動かして。ページをめくろうとしています?
「ごきげんよう、トムソン」
「あっ、メモリア。おはよう。このネコさん、いっつもボクを狙ってくるんだ。なんか嫌われてるんだよぉ……」
トムソンは亜麻色の髪に紫の瞳をしていて、とても可愛い顔立ちをしています。背もわたくしよりちっちゃくて、女の子みたい。実年齢よりもずっと幼くみえて、流行小説用語では「しょた」というタイプです。
わたくしは常々ドレスを着せてみたいと思っているのです……そうすると、「男の娘」という新しい世界がひらけるのですわ。
「あっ、ナイトくん」
「フーッ!」
わたくしが新しい世界に思いをはせていると、ナイトくんはぴょんっとジャンプして真っ白なネコさんに向かっていき、ぺしーん、もふーんっとぬいぐるみハンドでネコにぬいぐるみパンチを繰り出しました。
ネコは負けじとネコパンチで応戦して、ぷりぷり怒りながら逃げていったのでした……。
「ノートが取り戻せましたわ」
ナイトくんが誇らし気に勝利のポーズを決める中、わたくしはノートを拾ってトムソンに差し出しました。
ノートの表紙にはタイトルらしきものが書いてあります……『悪役令嬢のやりなおし~断罪回避に努めていたら回避できなかったけど溺愛されちゃいました!?』と。
この独特のタイトル、まるでエヴァンス叔父様の小説みたいな雰囲気。
それもそのはずで、トムソンは流行小説家であるエヴァンス叔父様の息子なのでした。
「最近、お父様みたいな小説に挑戦してるんだ。ほら、ボクのお父様って、お心がご不調だろ? ボク、お父様のお気持ちをわかりたくてさ」
トムソンのお父様、小説家のエヴァンス叔父様はご自分の執筆なさった小説が流行したあとにお心を病んでしまい、今は療養中なのです。どうも「悪役が怒った」とか、夢と現実の区別が疑われるようなご発言を繰り返していらっしゃるみたいで。
「その、……お辛いお気持ちがわかってしまったら、トムソンもエヴァンス叔父様のように病んでしまわれるのではなくて? 大丈夫……?」
「ウン。ボクは病むくらいわかりたいんだ」
「だ、大丈夫ですのその考え方は。病まないでくださいね……? 心配ですわ」
「えへへ、心配してくれてありがとう、メモリア」
トムソンはノートを大切そうに抱きしめて、わたくしに視線を向け……子ウサギみたいにピクッと全身を跳び上がらせました。
「あ、あ! そういえば婚約したんだっけ? うわ、お……おめでとう……、ございます?」
微妙に後退りしつつ、ふにゃり、へらりと笑ってお祝いを言うトムソンは、顔色が悪いです。
視線を追いかけてみると、隣でウンウンと頷くオヴリオ様と目が合いました。こちらは、快活なお日様みたいな、気の良いお兄様って感じの笑顔です。笑顔は輝くんだってことをわたくしに教えてくれる、とても綺麗な美形スマイルです。
「トムソンくん、お祝いをありがとう! 小説にするなら馴れ初めでもノロケでもたっぷり披露するぞ。そうだ。俺が伯爵家の庭にウィッグの山をつくった話をしようか?」
「なさらなくていいですわ」
緑色の瞳が宝石のエメラルドみたい。
溌剌とした声はキラキラ輝いているみたい。堂々としていて、何ひとつやましいことはないぞって感じなのです。
――でも、トムソンはちょっと怖いものを見たような表情ですよ。実は怖がらせるようなお顔をなさったのではありませんの?
わたくしがジトーっと半眼で見守っていると、オヴリオ様は手袋で覆われた手でわたくしの右手を取り、指先に唇を寄せました。
触れることはなく、騎士が姫君の手に口付けをするポーズを真似るみたいに、触れる寸前で静止して。
「俺のお姫様。お昼になったら、迎えにいくよ。ランチを一緒に過ごしてほしいな。好きじゃないけど」
……おねだりをするみたいに、甘やかにささやいたのでした。
美形の王子様のポージングはとても格好よくて、絵になります。
そのまま絵画にして飾りたいくらい。正視していると胸が高鳴って、キュンっとなるのです。
頬も、ふぁぁぁぁっと熱くなるのです。
オヴリオ様の笑顔には、そんな破壊力がありました。
「婚約なさったのですって」
「パーティ大好き王子……」
「限られた人しか呼ばれなくて、参加にあたっての注意事項も山ほどあったのですって」
コソコソと周囲から女学生のうわさ話が聞こえてきます。その中には、ユスティス様とアミティエ様のお姿もあるではありませんか。
――ああ、注目の的。
――これは、演技をがんばらないと。ラブラブ、イチャイチャ、幸せオーラを見せつけるのですわ。
「ランチタイムをわたくしと過ごしてくださるのですね、オヴリオ様。キャッ、メモリア嬉しい……! 楽しみにしていますわ。好きじゃありませんけど」
わたくしが精いっぱいの喜びを笑顔に乗せると、オヴリオ様はちょっと驚いたように目を見開いて、そーっと頷いたのでした。
なんですか、その「変なものを見た」ようなリアクション? わたくしの笑顔、もしかして悪役顔だったりしますか?
自分で自分の名前を呼ぶ令嬢はお嫌いですか?
……キャッ、とか、あざとかったですか?
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