7、断罪バーガーに白ウサギの初恋ドリンクを添えて
「ふぅーっ、いや、よかった、よかった。では、発表は終わりということで」
ユスティス様は会場をぐるりと見渡して、晴れやかな笑顔を咲かせました。
「それでは、このあとは各々自由に楽しんでくれ」
あっ。終わったらしいです?
断罪は、回避できたのでは? わたくし、助かりました?
楽団がいっそう華やかに曲を奏でて、楽しい雰囲気を盛り上げてくれます。
パーティが自由時間に移行すると、人々は安心した様子でご馳走に舌つづみを打ったり、知人同士集まって会話に花を咲かせたり、ダンスフロアでドレスをひらひらと舞わせたりするようになりました。
わたくしも今日は贈り物の準備をしてきています。
従者に目配せをしていると、オヴリオ様はとても機嫌のよい顔でわたくしにドリンクを取ってくださいました。
「これで『ざまぁ』は回避できたぞ、メモリア嬢」
「よかったですわ。こういうときは……悪役令嬢らしく高笑いをするべきでしょうか?」
「したかったらしてもいいが、別に無理してまで高笑いしなくてもいい」
背の高いカクテルグラスに入ったドリンクは、底に近い部分が鮮やかな赤い色。
上にいくほど白く染まるグラデーションを魅せていて、一番上にちいさなパステルカラーのゼリーボールと、ウサギの耳を模してピョコリと立てられたホワイトチョコがあって、見た目がとても可愛いです。
「可愛いドリンクですわね」
「ドリンク名は『白ウサギの初恋ドリンク』だ。なにを隠そう、俺が見た目をデザインして名付けた君のための特製ドリンクだ」
「まあ。わたくしのために? 恐れ多いような、恥ずかしいような。初恋ドリンクって……可愛いですわね」
「ドリンクの名前ぐらい許されるだろうと思って」
「……?」
オヴリオ様のお言葉は、たまにちょっと不思議です。
それはさておき、口に含んだドリンクは、ふわっと果実のかおりがして、自分が可愛らしい生き物になったみたいな気分。
味わいは甘すぎず、爽やかで、ちょっとシュワッとします。美味しい!
「美味しいですわ」
「気に入ってもらえてよかった」
わたくしが目を丸くしていると、オヴリオ様はニコニコしてご自分も同じドリンクを味わっています。
「……『ざまぁ』が回避されたのは素晴らしいですわ。けれど、そのあとは?」
わたくしはそっと問いかけました。問いかけずにはいられませんでした。
「そのぉ……、『ざまぁ』を回避できても、婚約してしまっては、普通に考えて、もはや、恋は叶わないのでは」
「俺たちの恋は残念だが、叶わないんだ」
オヴリオ様は諦め顔でしんみりと、切々とした声で、説得するみたいに仰るではありませんか。
「お、お待ちになって。話が違いませんこと? わたくしは悪役令嬢を頑張り、あなたは当て馬を頑張るのでは?」
「断罪回避できたし、もういいかなって」
「早いですよ!? まだ頑張ろうって誓ってから1日ですわよ!? ここから、ユスティス様とアミティエ様の仲を引き裂いたり、略奪愛したりするのではないのです? 婚約を破棄させたりしないのです?」
オヴリオ様!?
『もう頑張る時間は終わった、めでたしめでたし』みたいな顔をなさらないで!?
「残念だが、現実というのは報われない恋がたくさんあるんだ。自分が好きだからといって相手もそうとは限らない」
「え、ええ。それは、そうですわね」
「つらいが、俺たちは失恋仲間として傷を隠し合い、舐め合いしていこう。ぺろぺろと」
「あっ、はい。……はい?」
それって、結局どういうことなのでしょうか? ぺろぺろ?
「さあ、こんな後ろ向きな話をしていてはいけない。誰かに聞かれても大変だ。幸せっぽく振る舞おう。笑顔だ。幸せオーラを出していこう」
「し、しあわせ~……?」
「いい調子だぞメモリア嬢! 君の笑顔が俺は好き、じゃないが。桃のショートケーキもどうぞ」
オヴリオ様が桃のショートケーキを差し出してくれます。
――餌付けされているみたい。流されていいんですの、これ?
そう思いながら、わたくしはメイドのアンがしずしずと持ってきてくれた料理トレイに視線を移した。
「そういえば、オヴリオ様、わたくしの父は『美食伯』として有名でして。料理には当家も自信がありますのよ」
そこにあるのは、伯爵家が用意して持ち込み許可をいただいた特製料理。
主役は、タワーのようにパン生地が縦長に層を成す、ハンバーガー!
ふわふわのバンズが5枚もあって、間には大きな高級牛のシュールロンジュ・ステーキがサンドされているのですっ。
「ご覧になって。お口からはみ出す舌みたいにバンズ生地からべろっとはみ出たお肉はとっても綺麗な焼き色を魅せています。一緒にサンドされているのは、綺麗にカットされたタマネギや、新鮮な緑色のレタス。黒にんにくだってスライスされています。やわらかく熱を通されたインゲンや、甘煮のニンジン極薄スライス、ベーコンも挟まっていたりする、贅沢な一品なのですわ」
覚えてきた口上が、すらすらと出てきます。
半分以上、丸暗記で言っている自分でよくわかっていないのですが、オヴリオ様は「なるほど!」とか「そうなのか!?」とか、オーバーリアクションで合いの手を挟んでくれました。
「濃厚なステーキソースは、昔この国に美食を伝えた異世界人の秘伝のソースらしく、お父様いわく、国内でこのレシピを抑えているのは我が家だけ!」
「さすが美食伯!」
「つやつやとしていて、匂いが食欲を刺激してくれて、とっても美味しいのですよ!」
「食べてみたい!」
ノリがいいですわ!
「お気に召すこと、間違いなしです。名付けて、『断罪バーガー』ですわ」
「料理名は不吉だな」
「わたくしが名付けましたが」
「いい名前だ!」
ねえ、この王子様、実はわたくしのことが結構好きだったりしませんこと?
段々と、そんな気がしてきましたよ?
「召し上がれ、オヴリオ様」
「いいのか。ありがとう。では遠慮なくいただく!」
ネーミングセンスはともかく、オヴリオ様は断罪バーガーをたいそうお気に召されたようで、ぱくぱくぱくりと大きなお口で夢中になって頬張られたのでした。
「美味い。これは、美味い!」
緑色の瞳がきらきらと輝いていて、失恋のダメージもどこかに潜めてしまったようで、わたくしはすっかり嬉しくなりました。
「幸せオーラが出てますわ、オヴリオ様!」
美味しいごはんは、下手な演技をするよりも自然に幸せオーラを出させてくれる――わたくしたちはその日、それに気づいたのでした。
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