6、断罪マニア様ってなんですの?

 パーティ会場の片隅で、わたくしは小さく呟きました。

 

「想いが叶わないのは、辛いですわね」

 自分の声は、なんだかイジワルに聞こえます。きっとオヴリオ様はアミティエ様への片思いが実らなくてお辛いのでしょうに、その傷をえぐるみたい。

 

 ――ああ、わたくし、悪役令嬢なのですわ。

 なんだか腑に落ちた気がして、わたくしは目を伏せました。

 

「そうだな。叶わない想いは辛い」

 オヴリオ様は本気の感情をにじませて吐息をつむぎ、苦々しさを噛みしめるみたいに口元を歪めました。 

 

 ……わたくしがこんな表情をさせてしまったのですわ。ああ、言わなければよかった。

 

 後悔の念が胸に湧く中、オヴリオ様はさっそく作戦を実行する様子で、声を張り上げました。

「兄上。ご不調のようなので、兄上の発表の前に、俺が先に発表したい!」

 

 兄であるユスティス様は、優しく微笑んで「いいよ」と仰いました。

 ユスティス様の発表というのは、当然「アミティエ様との婚約発表」なのでしょう。

 その後は、もしかしたら、流行小説みたいに「それに伴って、悪役令嬢の悪事を告発する!」なんて予定もあるのかもしれません。わたくしはドキドキしました。


 オヴリオ様の凛としたお声が、会場に響きます。

 

「実は、俺はこちらにいるメモリア嬢とずっと以前から恋仲で、このたび婚約することにしたんだ。好きじゃないけど」

 

 最後の余計なひとことだけ、蚊の鳴くような小声で。

 あの、最後のひとことって、そんなに言わないといけないんですか? 本当に、なんですの?


 会場中の視線が集まります。

 王様、王妃様、貴族たちの――、

 心配。不安。恐怖。緊張。驚愕。好奇心。

 

 いろいろな感情がお鍋でぐつぐつと煮込まれているみたいな、そんな空気です。


「あぁ……っ」 

「だ、大丈夫か」

 王様が青い顔をなさった王妃様を支えています。突然の発表にショックを受けられたのでしょうか?

「王妃様、お気を確かに」

「王妃様!」 

 

 ……微妙な空気です。

 

 少なくても、婚約おめでとうって感じではありません。


 

 第二王子のオヴリオ様は、3年前の呪われ事件をきっかけに王様やユスティス様にかなり気を使われているようなので、これから断罪しようとしていた令嬢がオヴリオ様と婚約してしまってどうしよう、罰せられないぞという困惑や動揺、ショックがあるのでしょうか?

 ところでわたくし、悪事を働いた記憶が未だに思い出せていないのですが――どれだけ悪いことをしてしまったのかしら。本当に、悪いことをしたのかしら?

 

「母上、皆様、ご安心を!」

 オヴリオ様は手袋をはめた手で、慎重に丁重にわたくしの手を取ってくださいました。

「どうも俺がアミティエ嬢に片恋しているだとか、メモリア嬢がユスティス兄上に恋焦がれてあんなことやこんなことをしたという噂があるようだが、それは間違いなんだ」


 視線に促されて、わたくしはカクカクと頷きました。

「ええ、ええ。わたくしたち、横恋慕なんてしていませんの」


 ――ですから、断罪するのはおやめくださぁい!

 

 わたくしが心の中で祈っていると、その場には沈黙が訪れました。

 

 ほんの、数秒間。

 なんだか、誰もしゃべってはいけないみたいな。そんな奇妙な沈黙です。


「……ふぅっ……」

「お、王妃様!!」  

 沈黙に耐えかねたように、やがて王妃様はパタっと倒れてしまい、その場は騒然となったのでした。


 

 ――……そこまで、おいやでしたかっ……?



「だ、大丈夫でしょうか?」 

 心配するわたくしの耳に、周囲のささやきが聞こえてきます。


「王妃様が倒れてしまったのは痛ましいことですが、今回は台本通りにパーティが続くとのことです」

「王子殿下の断罪マニアぶりにも困ったもの」

「別に断罪マニアというわけではありますまい」

「失敗してやり直すだけですからな」


「……?」 

 台本ってなんです? やり直し? 断罪マニアってなんです?

 

 疑問が胸に湧いたとき、第一王子のユスティス様がパン、パンと手を叩き、注目を集めました。

 

「なんと、それは知らなかったなぁ。弟に想い人がいたとは? ちなみに、私とアミティエも婚約発表をしようと思っていたのだ」

 

 ユスティス様の御言葉は、なんだか棒読みです。唐突に演劇でも始めたみたい。

 

 隣で彼を支えるように立ち上がったアミティエ様はというと、おそらくわたくしと同じようなご感想だったのでしょう。苦笑するような表情になっています。


「それでは殿下。すべては誤解、ということで丸く収まりますね。素晴らしいことですわ」

 

 アミティエ様の薔薇色のくちびるが動いて、綺麗な声が響くと、動揺していた場は一気に柔らかな雰囲気になって、パーティ会場は少しずつ落ち着きを取り戻していくようでした。

 

 さすが聖女様、といったところでしょうか。

 穏やかで低めの声は、なんだかちょっとしたリーダーシップですとか、他の人とは違うって感じがあるのです。ついつい聞き惚れてしまったり、安心してしまうような。

 女性としての魅力を感じさせる中に凛とした気高さみたいな感じがあって、柔らかく優しいのに格好良い。そんな雰囲気なのです。


 

「兄上、アミティエ嬢、おめでとう!」

「お互いに、めでたいね」

 

 兄弟王子が仲良さげに笑顔を交わし合い、周囲からは祝福の拍手が湧きました。


「おめでとうございます!」

「王子殿下がお二人揃って婚約発表とは、いやあ、めでたいですなあ」

「貴殿、ちょっと棒読みすぎませんかな」

「貴殿こそ」


 一部、あやしい会話が聞こえるのがすごく気になるのですが?

 断罪マニア様をチラッと見ると、「やりとげたぜ!」って感じのとても晴れやかな表情です。


 

 う、嬉しそう……。


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