#44 開催宣言

「というわけで、勉強会を開きたいと思います!」


「どういうわけだ……?」


 放課後の教室に残っているのは、明海をはじめとしたいつもの面々だ。帰ろうとしたところを井寄に呼び止められ、何事かと思えばこの第一声。困惑した俺は、素直に疑問を口にしてしまった。その態度が不満だったらしく、井寄はぷんぷんと音が出そうな顔で抗議する。


「トモちんってば薄情だなー! 六限の時、私先生に怒られてたじゃん!」


「……そういえば、あったなそんなこと」


「むー……新宮君のバカ……」


 井寄に振り回されている先生を見るのは、これが初めてのことじゃない。そのせいで、六限の件も日常の風景としか認識していなかったのだ。あまりにも記憶から抜けていたので、後ろめたくなって目を逸らして答える。

 だが、その反応が今度は明海を刺激したようで、じっと視線を注がれているのを感じた。っていうか、「バカ」って言ったの聞こえているからな?


(勘違いなんだ……! 今のは、井寄の顔が近くてドキドキしたとかそういうやつじゃなくて!)


 弁明しようとも思ったが、そっちの方が余計に照れていたみたいなので断念した。


 気を取り直して、俺は井寄が叱られていた時のことを思い出す。あれはたしか、試験前の腕試しと称して小テストを解かされた時のことだ。


「薄情っていうか、あれは間違いなくあんたが悪かったでしょ」


「白紙で提出するのは、さすがにな……」


 顔を見合わせて、俺と九条は肩を竦める。珍しく九条が加勢してくれたので、つい便乗した形になった。


「二人ともひどーい! 瑠璃も薄情だ! 胸と一緒で――むぐっ」


「二度目はないから」


 九条は井寄の口を塞ぎ、そこから先を口にさせない。みなまで言われなくて良かった。前は実質初対面だから愛想笑いでやり過ごせたけど、この状況だったら完璧な対応を求められることになっただろう。

 異性の下ネタで対応に困るのは、男でも女でも同じなのだ。そういう点、井寄は色々と奔放で困ってしまう。


「それで、試験範囲が不安だから勉強会を開こうって話だね」


「ほうほう、はふあおへお! へっはふらひひんあれはりはいあっへ」


「む、何を言ってるかさっぱりだな」


「ごめん瑠璃、桃のこと許してあげて」


 短く頷いた九条は、井寄を拘束していた手を離す。


「ぷはっ、助かったー! えとえと、私とモテ男は昔から瑠璃に勉強教わってたんだけど、せっかくだからみんなでやりたいなって!」


「昼休みの時、先生がなんとかって話してたな」


 内容からして、茂木もあまり勉強が得意ではないという情報を手に入れた。何かに使えるかは分からないが、友達のことを知るに越したことはない。


「瑠璃は教えるのが上手なんだ。僕と桃がここに通えているのは、瑠璃のおかげだね」


「別に、教えるのが自分の勉強になるってだけだから」


 人に教えられるようになって、初めて知識を習得できると言われたりもする。賢いとは思っていたが、殊勝な心構えだと感心した。

 しかし、指先に髪を絡ませる仕草を見て、以前井寄から聞いた『豆知識』が頭を過った。


『瑠璃は照れる時にああやって髪を弄る癖があるんだよー……』


 とすると、これはそういうやつなのかもしれない。


「勉強会をするのは賛成だけど、どこでやる? 放課後集まるならファミレスとかでもいい気がするけど」


「これまで私の家でやってたし、それでいいと思うけど」


「む、それでは人数が倍になるぞ。家の人に迷惑にならないか?」


「元々三人で余らせてたから。三人も六人も、そんな変わらないでしょ」


「……いや、変わるだろ」


 これには俺もツッコミを禁じ得なかった。この辺の大雑把な部分は、豪邸ならではの尺度なのだろうか。結果的に、井寄の性格と相性がいいようにも思える。


「さっすが瑠璃! じゃあ、今度の日曜日は瑠璃の家で勉強だー!!」


 斜陽の情緒的な雰囲気を吹き飛ばす、明るい声で井寄は宣言した。

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