#38 フラッシュの点滅にご注意ください

 明海を駅まで送り届け、我が家に帰ってきた俺は、今日の非現実的な出来事を振り返っていた。


「まさか、本当に明海と付き合うことになるなんてな」


 青春ノートを見られ、屋上に呼び出されたあの日。明海からの提案は俺を呆然とさせた。口止め料と称した給料を渡すことで、ノートのチェックを埋めることに協力してくれる。友達としてではなく、彼女として。

 それから、明海のおかげでいくつもの項目にチェックを付けることができた。俺自身の問題で一度はリセットしたそれだったが、再スタート後も順調に埋まり始めている。


 俺はポケットからノートを取り出す。中を開いて、今日の進捗を書き入れた。


「告白、彼女を作る。ぼっち飯してた俺が聞いたら、びっくりするだろうな」


 驚くどころか、信じてくれなそうだ。一体、どれだけ金を積んだんだと、疑わしく思われても仕方ない。

 実際、お金は積んだ。なんなら、俺が好きだという弱みも握った。友達から始めて、徐々に距離を縮めていく。そんなお手本のようなラブストーリーを歩むことはなかった。


 きっかけは唐突で、仮初の恋人となり、そして今日、告白場所へは脅迫状で呼び出した。他の誰も経験したことない恋物語のはずだ。八年前に離した手を、再び繋いだだけ。それが、俺達の恋愛なのだ。


「きっと、これからはもっと楽しくなる」


 明海との関係を隠す日々は、もうおしまいだ。明日からは、人目を気にして手を離すことも、お金のやり取りをすることもない。俺は、明海の彼氏になったのだから。


「っとと、まだやることがあったんだった」


 二人とも浮足立っていて、帰りには話せなかった議題だ。スマホを操作し、明海にメッセージを送る。


『俺達のこと、早いうちにみんなに言うべきじゃないか?』


 大門先生のこともある。授業中、いきなり口外されたら大事件だ。せめて親しい人達には伝えるべきだろう。


『それならさ、グループでビデオ通話しようよ』


「え……」


 芸能人の結婚会見じゃないんだぞ……。僕達、私達は、本日正式恋人になりましたってか? 恥ずかしすぎるんだが……。

 俺の胸中とは対照的に、明海はこの報告にノリノリらしい。その証拠に、『みんなー! 話があるんだけど、ビデオ通話する時間あるかな?』とメッセージを送信済みだ。


『私はいけるよー!』『俺も問題ない』と続き、俺に成す術はなくなった。ここで俺が異議を唱えでもすれば、空気を読めないやつだと反感を買ってしまう。明海と結ばれた日に、友達を失うわけにはいかない。人間関係は、等価交換で成り立つものではないと信じさせてくれ。


 俺は覚悟を決め、知らん顔をしてグループに『俺も大丈夫だ』と送信する。


『新宮君のことは分かってるってば!』


「あ……まずったな」


 明海の個人的な返信がグループの目に留まり、井寄と茂木が『え! これってもしかして!』『おやおや……』と何かを察した様子だ。最後に、九条が『お待たせ、いけるよ』と会話に参加したことで、グループ総出でのビデオ通話が始まることとなった。


「えーっと、まずはみなさん今日はお集りいただきありがとうございます」


 なぜか正座している明海は、表情を強張らせ、堅苦しい口調でお辞儀をした。もしかして、これって俺もした方がいいのか?

 急展開についていけずにいると、堂島の一言目を起点に話が動き出していく。


「なんか仰々しいな」


「緊張してるんだよね、夕夏? せっかくトモちん――」


「桃、空気読んで」


 九条の鋭い視線は、画面越しでもすごい迫力だ。ともあれ、開始早々皆まで言われそうになったところを、九条のアシストの甲斐あって免れる。悪気はないんだろうけど、井寄の奔放っぷりには度肝を抜かれてばっかりだ。


 当事者であるはずなのに、俺は会話に置いていかれようとしていた。


「それで友哉、話っていうのは何かな?」


「お、俺か!?」


「僕はてっきり、二人の口から聞けるものだと思ってたんだけど」


 それを引き戻したのは、茂木からの鋭い送球だった。窮地に立たされたようにも思えるが、茂木が声をかけてくれなかったら、俺はきっとこの報告会を眺めているだけだったかもしれない。

 これは他人の話じゃない。俺と明海の話なのだ。それを強く実感し、俺は口を開く。


「実は、今日から明海と付き合うことになった。……それをみんなに報告したくて」


 目線を左右に逃がしつつ、俺は事実だけを簡潔に伝える。残りの面々からの反応は、意外にも静かだった。というよりも、完全なほどの沈黙。通信障害を疑うくらいに、全員の硬直がリンクしていたのだ。


「あ、あれ……みんな? 聞こえてる?」


 明海も戸惑っているようで、手を振って交信を試みていた。


「おめでとー!」


 最初に起動したのは、やはりと言うべきか井寄だった。感情を抑えきれずに立ち上がる様子は、俺達を心の底から祝福しているようで温かい気持ちになる。唯一、顔が画面外に消えてしまい見えないのは残念だが。


「おめでとう、夕夏。お幸せにね」


「うん、ありがと」


 通話内の空気は、さながら結婚式だ(行ったことないけど)。いつか、明海のご両親に挨拶をする日がくるのだろうか。そう思うと、今から緊張してくる。


「友哉、やったんだね」


「おめでとう。男を見せたな、友哉」


 茂木と堂島は、解けた表情で俺に賛辞を送ってくれる。相談に乗ってもらっていたということもあって、この二人からの言葉は胸に沁みた。俺は改めて、友達という存在のありがたみを感じるのだった。


「え、っていうかモテ男君と堂島君も知ってたの?」


「俺が頼ったんだ。二人がいなかったら、今日のことはなかったと思ってる。本当にありがとう」


「そっか、私からもありがとね」


「礼には及ばない」


「そうだね。僕達は友達に力を貸しただけだ。当然のことをしたのさ」


 キザに聞こえる言葉が、こんなにも似合う男がいるだろうか。ウィンクで締めた茂木を見て、俺は思う。


「というわけで、私と新宮君は恋人になりました。関係は変わりましたが、変わらぬご愛顧を賜りますようお願い申し上げます」


 ぎこちない口調で、格式ばった挨拶をする明海。それをみんなで笑った後、地獄の質問責めが幕を開けたのだった。

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