#9 友達関係に署名はいらない
「はーい、じゃあLHRを始めまーす」
ゆるっとしたテンションで、教壇の丸山先生が口火を切った。間延びした話し方は井寄に似てもいるが、弄ぼうという意図がない分、先生の喋りの方が安心できる。
「今日は、遠足の班決めをしてもらいますよー」
一週間後、学校行事で俺達一年生は都内を散策することになっている。その目的は、表向きも裏向きも生徒同士の親睦を深めるためだ。昨日までの俺であれば、この班決めにガタガタと肩を震わせていたことだろう。何せ、俺には一人も友達がいなかったのだ。
だが、今は違う。俺には茂木をはじめとした友達(仮)がいるのだ。
しかし、現状だからこそ気がかりなこともある。それは、班の上限人数だ。例えば、五人が最大人数だった場合。元々の明海一派の人数は五人――つまり、俺の座る席はないことになる。
(お願いします、神様仏様先生様……! どうか一班の人数を六人に……!)
「うちのクラスは四十一人なので、七人班を五つと六人班を一つ作ってもらおうと思いまーす」
(きた! ……でも、待てよ。他の班が先に六人で結成して、七人班になったら……俺以外にも新参者が増えるってことだ。もし、その人が俺よりも明海達と馴染んでいたら、きっと俺の心はズタボロに――)
「……君、新宮君!」
「はっ……! なんだ、明海か」
「なんだって何よ。これ、班員の名前書いて提出するから」
「ああ、雑用か。任せてくれ、誰の名前を書けばいいんだ?」
「違う違う! もう他の人の分は書いてるから、後は新宮君が名前書くだけだよ」
明海に手渡された名簿を見て、目が覚めた。
名前は、上から明海夕夏、井寄桃、九条瑠璃、茂木颯斗、堂島薫と書かれている。そして、俺が最後の一人ということは……。
「俺達、六人班なのか?」
「ん? そうだよ。他の子達、意外とグループができてたみたいでさ、どんどん七人班ができて……って気付いてなかったの?」
「自分の未来を憂いてたら、意識が朦朧としてて……」
恥ずかしさを誤魔化すように、俺は頬を掻きながら答える。なんだか、ひどくボーっとしていたらしい。
「何それ! トモちん、絶好調だねー」
不意に、背後から井寄の声が聞こえてくる。振り返って、俺は後悔した。井寄が立っていたのは、俺が腰掛ける椅子の背もたれ、そのすぐ側だったからだ。
後ろを向いた俺の視界を、井寄の双丘が埋め尽くす。
「ひぁっ!」
思わず細い悲鳴を上げたのは、俺だった。反射行動で距離を取ろうとしたが、それは叶わない。なぜなら、俺の正面には机があり、後ろは井寄付きの椅子が待ち構えているからだ。左側は窓、そうなれば残る右側――隣に座る明海に頼るしかない。そのはずだったのだが。
「……ぷいっ」
今、『ぷいっ』って口で言わなかったか? その真偽はともかく、明海に顔を背けられた今、俺はこの狭い空間で四面楚歌を味わうことになる。
「桃、それくらいにしておかないと、友哉が遠足前に死んじゃうよ」
「む、それは一大事だ。井寄、やめてやってくれ」
絶体絶命の俺に差した二筋の光。それは、茂木と堂島だった。やはり、男同士ということもあって、井寄が持つ破壊力を理解しているのかもしれない。
……まぁ、この二人に関しては異性の扱いには慣れていそうなものだが。
「分かったよー……。私も、遠足にトモちんいてほしいし。だって、そうじゃなきゃ当日遊べなくなっちゃうもんね」
「程々にしとかないと、そのうち嫌われても知らないよ?」
「わーん! 瑠璃のいじわるー! トモちん、私のこと嫌いじゃないよね?」
「あー、えーっと……嫌いでは、ないです」
どっちつかずな返答だったにもかかわらず、井寄はそれを聞くと満面に喜色を浮かべていた。
……そういえば。いつの間にか、班員になる全員が揃っていた。というよりも、俺が気付かなかっただけで、班決めの時点で集合していたのだろう。
改めて、名簿に目を落とす。仮なんて捻くれたことを言うのはやめよう。温かく迎えてくれたみんなに失礼じゃないか。そう己を律して、俺はまだ空白の欄に名前を記した。
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