第242話『五頭宙龍 ドラフ・ツァイト・ロン』

 大きく口角を上げて、くちゃくちゃなシワを作り、パラディスは笑う。


 これまでの笑顔もウソだったとはっきりとわかるような、満面の笑みを浮かべて、パラディスは手を叩く。


「正解!! そのとおり、流石はオアザ! 僕の親友だ!!」


 興奮している。


 熱狂している。


 理解者を得たと、昂ぶっている。


「あんな昔に話した夢のことも覚えているなんて、君はどれだけ僕の事が好きなんだい!? いやいや、照れてしまうじゃないか! そう! 僕は、ドラゴンを見たいんだ。大きなドラゴン。カッコいいドラゴン。強いドラゴン。この世で最強のドラゴンを、この目で見たい。それだけなんだよ!」


 ふるふると、パラディスは震えていた。


「幼い頃から想い続けていた、夢。この夢が具体的になったのは……『杖の皇国』に留学した時のことだ。そう、オアザが『盾の皇国』の皇女様に見初められて、追いかけられていた時のことだ」


 アナトミアがオアザを見ると、気まずそうにオアザは目をそらした。


(……そういえば、病気になる前はモテモテだったって話か。どうでもいいけど)


 アナトミアは、黄金の剣 オウガの柄を握る。


「僕は、そこで見たんだ。あれは……スゴかったぁ……大きくて……カッコよくて……」


 パラディスはよだれを流す。


「『杖の皇国』のご神体。『三頭宇龍 ドラフ・ラオム・ロン』の頭部」


 ここにはない龍の頭に思いをはせて、パラディスは涙を浮かべる。


「王宮のような大きさの神殿の中心に置かれた『三頭宇龍 ドラフ・ラオム・ロン』の頭部。皇族でさえ年に一度、儀式の時だけ見ることができるあの荘厳なご神体は……本当に……たまらなかったんだよ」


 何か堪えられないように、パラディスはその両手を自分の顔面に押しつけた。


 カンと音が鳴った。


「大木のような、鍛え上げられた鋼鉄のような、全てを切り裂き、砕く歯。磨き上げられた鏡のような、堅牢な城壁のような、あらゆるモノを退ける鱗。ドラゴンの死体は腐らない。死亡してからどれだけの年月が経っているのかわからないのに、まるで生きているようにその一つ一つが力に溢れ……美しかった」


 ずぶずぶと、パラディスの両手が顔に沈んでいく。


 カンカンと、音が響く。


「だから、思ったんだ。『頭だけじゃなくて、体もあればいいのにって』。でも、『三頭宇龍 ドラフ・ラオム・ロン』の頭は、綺麗に三等分されて、それぞれ『三頭皇国』にあるし、体は建国のさいに使われたって話だし。でも、思いついたんだ。『三頭宇龍 ドラフ・ラオム・ロン』と戦った『五頭宙龍 ドラフ・ツァイト・ロン』の肉体って、どこにあるんだろうって」


 パラディスの両手が首を通り、体に向かう。


 カンカンカンと、金属の音だ。


「伝説があった。聞いたことがあった。ドラフィール王国がドラゴンの保養地なのは……これだけのドラゴンが集まるのは、元々ドラフィール王国の島は、大きなドラゴンの体だったからだ、という話だ」


 カンカンカンカンと、まだ鳴っている。


「ほとんどのドラゴンは強者を好む。強者を望む。その性質から作られた伝説。作り話だと思っていたが……これまでに読んだ数々の書物にも、その記述があったことを思い出した。ドラフィール王国の建国時からの書物に、竜皮紙で保存されているような書物に記されている内容だ。もしかしたら、本当の話だったのではないか、と行動を開始した」


 カンカンカンカンカン、音は止まらない。


「とはいえ、ドラフィール王国にある書物はほとんど読み尽くしている。まぁ、人が残し、人が読める書物だけだが……だから、『杖の皇国』の書物を読んだ。そして見つけたのは、我が母の故郷についての記述だった。『五頭宙龍 ドラフ・ツァイト・ロン』を讃える内容……『三頭宇龍 ドラフ・ラオム・ロン』に討たれた『五頭宙龍 ドラフ・ツァイト・ロン』が、5つの島に姿を変えた話だ」


 パラディスは自分の胸から手を抜き、広げた。


 カンカンカンカンカンカンと、金属音は何かを起こすような音である。


「つまり、我らがドラフィール王国のことだ。この国は、『五頭宙龍 ドラフ・ツァイト・ロン』の体で出来ていたのだ!」


 カンカンカンカンカンカンカン、単調な音は鳴り止まない。


「そのことを知って、もう我慢が出来なくなった。徹底的に、ドラフィール王国の事を調べたい。しかし、私は王族で、しかも次期王太子の最有力候補。時間も自由もなかった。だから、死ぬことにした」


 腕が引き抜かれたパラディスの胸には、傷跡一つない。


 カンカンカンカンカンカンカンカン、何かを調べるような音でもある。


「この2年間。調べに調べ、ついに見つけたのがここだった。『五頭宙龍 ドラフ・ツァイト・ロン』の中央部の頭。その残滓……巨大な一本の歯だ」


 パラディスは、その場でクルクルと回り出す。


「素晴らしいだろう? 大型船を一艘乗せても、隠せないほどの大きな歯。この強大な歯で、何を喰らったのか……その生活に想いを馳せるだけで、一日が消えてしまう。大いなるドラゴンだ。そのドラゴンを、龍を、復活させる。それが僕の望みだ」


 パラディスの全身が歓喜で震えた。


 カンカンカンカンカンカンカン……金属の音はまだ続いている。


「……ところで、この音はなんだい?」


 パラディスは、金属の音の発生源である、アナトミアに目を向けた。


「……ん? ああ、申し訳ございません。話は終わりました?」


 アナトミアは、黄金の剣 オウガの刀身をその柄から伸びている鎖で叩いている。


 それが、金属音の正体だ。


「……起きそうか?」


「……ダメですね。この程度じゃ起きません。夜も遅いですから……」


 外はまだ暗い。


「……さすがに、2年間企てていたことを発表したのに、その反応は傷つくんだけど……」


 パラディスは寂しそうにオアザとアナトミアを見ている。


「発表といっても……肝心なことを語っていないだろう?」


「肝心なことって? 僕はちゃんとこの2年間にしていたことを……」


「どうやって、『五頭宙龍 ドラフ・ツァイト・ロン』を蘇らせる気だ?」


 オアザの問いに、パラディスは一度口を閉ざして笑う。


「それはもちろん。愛と希望と絆の力で……」


「それは素晴らしいな。つまりは、『呪い』か?」


 パラディスの笑みが深く、強くなる。


「……しょうがない」


 同時に、アナトミアの諦めたような声が聞こえた。

 そして、周囲の部屋を見回す。


「この建物って、必要ですか?」


 アナトミアの問いに、オアザはエアデルの様子を確認した。


「……必要ない」


 焦燥しているエアデルは小さな声で答える。


「許可が出た。アナトミアの好きにしていい」


「かしこまりました」


「あのー……ここ、僕の屋敷なんだけど?」


 困惑したようなパラディスの声を無視して、アナトミアは黄金の剣 オウガの柄にある鎖を持つ。


 そして、その鎖を持って、黄金の剣 オウガを振り回し始めた。


「えっと、何をするつもりかな?」


「この下では、数千人の兵士達が捕らえられていますぅ」


 パラディスの問いに答えたのは、アナトミアではなく彼女を守るようにして立っているムゥタンだった。


「そこで何をしているのか。『蛇蠱毒』なんて計画から、人を殺し合いさせて、何かを企んでいるのは明白でしょう。まぁ、その企みも今明らかになりましたけど。かつて世界中の大地を喰らった『五頭宙龍 ドラフ・ツァイト・ロン』の復活。ずいぶん大それた話ですぅ」


「それで、何をするつもりなのか、って話なんだけど……」


「それは当然……解体でしょう」


 振り回されている黄金の剣 オウガによって、部屋の壁や天井が破壊されていく。


 その周り、貯まった力の奔流を、アナトミアは黄金の剣 オウガの柄を持ち、床に突き刺した。


 衝撃で、パラディスの屋敷の屋根が吹き飛び、その床には深い穴が空いた。


 地面の底さえ見えそうな穴が、どこまでも続いている。


「……いてぇ、いてぇ。なんだよ、どうしたよ」


 黄金の剣 オウガが、不機嫌そうに声を出す。


「やっと起きたか。仕事だ、オウガ。『五頭宙龍 ドラフ・ツァイト・ロン』の歯を解体するぞ」


「ん? 『五頭宙龍 ドラフ・ツァイト・ロン』? それはそれは……ずいぶんと懐かしい名前じゃないか」


 黄金の剣 オウガが、楽しそうに輝き出した。



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