第225話 ラーヴァ王子からの大切なお話
「あれは忘れもしない。592日前のことだ。憧れていた人に裏切られ、大切な人を失っていたと思っていた俺は、側近からも護衛からも離れて、一人歩いていた」
「普段は立ち入りを禁止されていた場所であったが、その日の俺は、そういった決まりを破りたくなってな。つい、その場所に侵入していたのだが……そこで、見つけたのだ。運命を」
「時が止まったように感じた。いや、事実、俺の時は止まっていただろう。巨大なドラゴンの死骸を前に、一人立っている少女。彼女の一挙手一投足に、俺の全ては奪われていた」
「剣が振るわれる。ドラゴンの翼が落ちる。手が、足が、鱗が、爪が……その度に俺の落ち、沈み、冷え込んだ心に、火がついていった。燃え上がっていった」
「それから、時間を作っては、俺は彼女を見に行った。大切な時間だった。いつまでも見ていたくて、いつまでも見ることが出来て……俺の心は火で満たされていた」
「その彼女とは、もちろん、アナトミアのことだ。俺はずっとアナトミアのことを見ていた。どうか、俺と共に同じ時間を過ごしてはくれないか?そして、俺の心に火を燃やし続けてほしい」
ラーヴァは、いつの間にか席を立ち、アナトミアの手を握っている。
そのラーヴァの話を聞いて、アナトミアが思うことは一つだ。
(何の話をしているんだ、コイツ?)
ラーヴァが、アナトミアが聞きたい話をするというので黙っていたが、その話の内容は、要はラーヴァがアナトミアの仕事の様子を盗み見ていたという事である。
そんな話、別に聞きたくも無い。
(直前まで真面目な話をしていたから、真剣に聞いていたのに、何だよこれ。どうしたらいいんだよ)
ぎゅっとラーヴァが手に力を込めた。
(え、何を期待されているの? というか、なんでちょっと目が潤んでいるの? 泣きそうなの? 顔も赤いし、どういうこと? マジで分からん。分からんが、とにかく、こんなことしている場合じゃない)
少しだけ、ラーヴァと距離を離すようにしながら、アナトミアは言う。
「えーっと、なんと言いますか……私はただの平民なので」
「俺は王様と奴隷の子供だ。身分など、気にすると思うか?」
(ですよねー。オアザ様もだけど、なんで身分を気にしないのか。少しは気にしろ、王族達!)
どうにかしてこの状況を打破しなくてはいけないアナトミアは、ふと思いついた事を口にしてみる。
「それでも……その、オアザ様も似たようなことをおっしゃっていましたが、私はそんなオアザ様とずっと一緒にいたわけでして……」
別に、オアザとそういう行為をしたわけではないが、王子の相手ともなると、貞操関係は重要になってくる。
(って、私も何を言っているんだか。でも、なんかそういう風に周りを固められていたし、このままいくとそういう風になるんだなぁとか……いや、うん。でも、とにかくラーヴァ王子とこんな話をしている状況ではないし、これで諦めてくれたら……)
そんなアナトミアの期待とは裏腹に、ラーヴァは少し驚いた顔をした後に、なぜか嬉しそうに目を輝かせた。
「つまり……アナトミアの胎内には、叔父上の……オアザ様の御子がいるということか!?」
(いねーよ! というか、なんで嬉しそうな顔をしているんだ!? どういう心境だ? わけが分からないが!?)
「アナトミアと叔父上の子供など……なんと素晴らしい。育て甲斐のある」
(え、育てたいの? 聞いても心境に共感できない! 誰か、助けて!?)
しかし、悲しいことに、ラーヴァが作った炎の壁が破られる気配はない。
ヴィント達も気を失ったままのため、助けは期待出来なかった。
「名前はどうする? アナトミアと叔父上の子供なのだから……そうだ、超究極天衣無縫ノ……」
(なんでも良いから、話題を変えたい!)
「えっと、その……先ほど、憧れていた人、大切な人とおっしゃっていましたが、それはオアザ様と……パラディス様のことですか?」
パラディスの名前を出された瞬間、熱を帯びていたようなラーヴァの顔は冷め、アナトミアから手を離す。
「……パラディス様、か。もう、パラディス兄上……あの男のことを大切には思えないだろうな」
(……ちょっと思ったよりも反応が大きいけど……せっかくだし聞いておくか。パラディス様のことは、私もよく知らないし)
「どのような方だったのですか? パラディス様は?」
ラーヴァは遠い記憶を探るように、目を閉じる。
「……素晴らしい人だった。常に周りに気を配り、近くにいると勇気をもらえるような、そんな人だ。武術の腕前はそれほどでもなかったが、魔法の技量はずば抜けていたし、その知恵は国内の賢者と比べても遜色ないモノだった。まだ魔法を使えなかった俺たちを守るような……常に、弱い人のために動ける、優しい人だった。『母上のように虐げられる立場の人達をこの国から無くしたい』と、いつも語ってくれた。叔父上と共に、あの男が二人でこの国を導くのならば、俺はそんな二人の憂いを払えるような男になろうと、研鑽を積んでいたのだ」
ラーヴァは、手から剣の形をした炎を出す。
「だから……二年前、あの男が死んだと聞いたとき、心の底から悲しんだ。そして、殺したのが叔父上と聞いて、驚愕し、落胆した」
「……パラディス様を殺した犯人が、オアザ様だと聞いたのですか?」
オアザは、パラディスを殺したのはラーヴァだと言っていた。
「それは、誰から聞いたのですか? ヴルカンですか?」
「いや、ヴルカンが信用できない男だということくらい、2年前でも知っている。聞いたのは……誰だ? 分からない……いや、直接誰かから聞いた話ではないのか。おそらく、そう思考するように誘導されたのだろう」
ラーヴァは悔しそうに眉を寄せる。
与える情報を制限すれば、人の思考を操ることは不可能ではない。
ごく自然に、ラーヴァはパラディスを殺した犯人がオアザであると誘導されたのだろう。
「……そのことを今考えても詮無きこと。それより、あの男について、知ってどうする?あの男は裏切り者だ」
ラーヴァが、炎の剣を消す。
「知らないと、対処できないことは多いですから。まぁ知っても意味は無いのかもしれません」
「意味は無い?」
「はい。だって、パラディス王子は、嘘つきですから」
「それは……む?」
ラーヴァが通路の一つに目を向けると同時に、そこにあった炎の壁が壊れる。
「……グルルル」
現れたのは、ドラゴンの石像だった。
「さて、そろそろお話も終わりですかね」
アナトミアは、ドラゴンの石像に伐木の斧コクモクを向けると、そのまま振り下ろす。
強烈な斬撃は、ドラゴンの石像を一撃で切り裂くのだった。
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