第83話 オアザとパラディス

 パラディスは、宝石のような緑色の目と、金色の髪を持つ少年で、年齢はオアザよりも一つ下であった。


 だが、とても賢く、どんな事でも一つ上のオアザと同じように……いや、内容によってはオアザよりも上手に出来ることも多かった。


 それが良かったのだろう。


 オアザとパラディスは2人とも神童と呼ぶにふさわしい天才であり、また努力家であったため、切磋琢磨する関係になった。


 例えば、オアザが難しい言葉を覚えると、パラディスがそれよりも難しい言葉を相手に披露したり、パラディスが一首の魔法を使うと、オアザが二首の魔法を扱うなど。


 そんな関係は、王弟と第一王子という間柄であっても、彼らに強い友情を育んでいく。


 いつも、どんな時も、オアザとパラディスは一緒に行動し、一緒に競い合い、そして笑いあっていた。


 ある日の事だ。


 狩りの練習に出かけたオアザとパラディスは、小さな子供のドラゴンと遭遇した。


 その小さなドラゴンは怪我をしており、身動きがとれないようだった。


 そんなドラゴンを見て、オアザは困惑してしまう。


 なぜなら、狩りの目的が大きさに関わらず、ドラゴンを狩ることであり、目の前にいる怪我をした小さなドラゴンも当然、その狩りの目的に入るからだ。


 狩りの目的を達成するか。


 見逃すか。


 そんな悩みでオアザが動けない間に、パラディスは小さなドラゴンの側に駆け寄った。


「もう、大丈夫だよ。『木の魔法 十一首『桃健』」


 パラディスは、魔法で作った木の実をドラゴンに食べさせる。


 すると、子供のドラゴンの怪我は治り、そのままどこかへ飛んでいってしまった。


 そんなドラゴンの背中をパラディスは見送り、振り向いてオアザに言った。


「強いヤツを狩らないと、つまらないからな? そうだろ?」


 このあと、何も狩れなくてパラディスとオアザは叱られたが、そのときの輝くようなパラディスの笑顔は、今でもオアザの脳裏に強く残っている。







「……そのときに、思ったのだ。王になるべきは私ではない。パラディスだと。パラディスは、賢かった。万象を知っているかのように、様々な書物の内容を教えてくれた。パラディスは、強かった。万象を守れるかのように……その精神が。それに、何より……パラディスは、優しかった。怪我をした子供のドラゴンを前にして、悩んでいる私よりも、ずっと……」


 オアザは、アナトミアが焼いたプレツンを口に運ぶ。


「ドラゴンの子供を逃がした後だったか。はじめてパラディスが焼き菓子を作ってくれたのは。王族でも自分で食事くらいは用意できなくてはいけないと言ってな。野営を想定していたのか、自分で火をおこし、薪を組んで……かまども使わないで、最初は焼け焦げてヒドい出来だったが、何度も作ってくれて……最後の方は悪くなかった」


 その笑みは、思い出の味が口に広がったのだろう。

 苦みが、表情に表れている。


「これまで、私はパラディスを補佐するために己を高めてきた。優しかったパラディスは、人を害する魔法を嫌ったため、青龍の役職を賜るほどに軍略を学び、攻撃的な魔法を修練したり、な。そういえば、騙されやすい性格だったから、水の魔法で毒や他人の嘘、感情が見抜けないか、研究をしたのか。まぁ、そのようにしてアイツが苦手な部分を補えば、私と二人で、きっと良い国を作れると思っていたのだ」


(最後、思っていた)


 この言葉だけで、パラディスがどうなったのか、なんとなく察することが出来る。


「もっとも、パラディスは私の方が王にふさわしいと言っていたがな。私は、パラディスを支えていくつもりだったんだ。パラディスに仕えるつもりだったのだ」


「その、第一王子様は……」


「殺された。第二王子のラーヴァにな」


 オアザは吐き出すように言った。


「……二年前か。世界会議がこのドラフィール王国で開催されることが決まった頃だった。その開催のために外国を訪問していた際に、パラディスが乗っていた船が沈んだのだ。嵐の中、大火でな」


 オアザは落ち着きを取り戻すようにお茶を飲む。


「火は、ラーヴァの得意な魔法だ」


 オアザが、アナトミアの目をじっと見てくる。


 嘘や感情を見抜くという、その目で。


「ドラゴンの解体師殿」


「……はい」


「私は、ラーヴァにだけは王位を任せるつもりはない。志半ばで果てた我が友の無念を晴らすため……もちろんそれもある。だが、それだけではない。そうでなくても、ラーヴァは狡猾で、残忍な気性をしている。被害にあった者は、平民にも貴族にも、沢山いるのだ」


 オアザの言葉に、アナトミアの後ろにいたクリ-ガルが少しだけ反応を見せたが、オアザもムゥタンも指摘はしなかった。


 そのまま、話を続ける。


「ゆえに、ラーヴァに国を任せることはできない。ほかに第三王子もいるが、ラーヴァの腰巾着で、同じようなモノだ。国の運営など出来ないだろう」


「………………そうですか」


「だから、私はこれから次期王太子の座をラーヴァから取り戻すために動くつもりだ。ドラゴンの解体師殿に危険は及ばないようにする。だから……」


 オアザは、そこで一度言葉を切る。


 そして、息を飲んで呼吸を整えた。


「共に、我が友の無念を晴らしてくれないか?」


 オアザからの頼みに、アナトミアは答える。


「……考えさせてもらえますか?」


 その返事で、オアザとのお茶会は終了した。

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