第82話 オアザとの話
「ご苦労だったな。座ってくれ」
オアザに促され、対面の席にアナトミアは座る。
他に椅子は用意されていなかったのでしょうがない。
「お口に合えばよろしいですが」
少しとげのある口調になっていたかもしれないが、オアザは気にしていないのか、アナトミアがもってきたお菓子を見て微笑んでいる。
「イェルタル殿が言っていてな。ドラゴンの解体師殿は菓子を作るのが上手だったと。なので、今回頼んでみたのだ」
「王族の方にお出しできるような腕前ではございませんが……」
実際、ムゥタンの方がアナトミアよりも料理は上手だろう。
事実を述べながら、アナトミアは違和感を覚えた。
(……ん? 整えるとか言い出したのは、確かイェル兄と勝負する前だったよな? なんか時系列がおかしいような……)
もしかしたら、昨日のイェルタルとの勝負以外で聞いた話かもしれない。
そもそも、その点を質問すれば、昨日イェルタルとの勝負を盗み聞きしていることがバレてしまうので、下手に聞くことはできなかった。
(……まぁ、クリーガルさんから報告されていそうではあるけど)
それでも、自分から言うことでは無いだろう。
そんなことを考えている間に、オアザはアナトミアが焼いた菓子を手に持っていた。
「ふむ。良い色だ」
「……まだ早いかと。そのお菓子は、完全に冷めたくらいが食べ頃ですよ?」
今回オアザに頼まれたのは、西の方ではクッキーとも呼ばれる、プレツンという焼き菓子である。
確かに、アナトミアが子供の頃は、落ちているどんぐりなどでプレツンを作ってはいたが、今回オアザに作ったのは材料から作り方まで、至るところが異なっているモノだ。
なので正直味に自信は無い。
一応、最初に焼けた一枚を味見してみたので、マズイと吐き出すような出来では無いのは分かっているが、熱いモノを食べるモノではないことはそのとき理解した。
ムゥタンに運ぶように言われたので机に置いたが、本来ならまだオアザに出すべきではなかっただろう。
なのに、アナトミアが注意したにも関わらず、オアザはそのままプレツンを口に運ぶ。
「……あ」
「……ふむ。ふむ」
運んでくるときに多少は冷めているので、舌を火傷するようなことはないが、オアザは目を閉じてプレツンを吟味している。
「……なるほど」
そして、小さな声でつぶやいた。
「違う、な」
誰にも聞かせるつもりは無いような、小さな声で。
(……違う?)
ただ、アナトミアの耳はそのオアザの声を聞き取ってしまう。
なので、素直に言ってしまった。
「申し訳ございません。やはり、お口に合わなかったようで……これは下げますね」
「……ん? あ、違う。違うとは、違う。違うのだ。違うというのは違うのであってだな……」
「ちょっと何を言っているのかわかりません」
「その……だな、味はドラゴンの解体師殿が作ってくれたプレツンの方が美味いのだ。アイツが作ったプレツンは、少し苦みがあったからな」
(……苦み?アイツ?)
アナトミアのそんな疑問を読んだかのように、オアザは話を続ける。
「……今日、ドラゴンの解体師殿を呼んだのは、話を聞いて貰うためだ。菓子を作って貰ったのは、イェルタル殿に話を聞いて、食べたくなったからだが……想像していた以上に美味しかった。これは本当だ」
「はぁ」
念を押すように言うオアザに対して、アナトミアはとりあえず相づちを打つ。
その間に、アナトミアの焼いたプレツンの他に、ムゥタンが水菓子などを並べ始めた。
(つまり、お茶会というか、話が本命で、先か。時系列を考えると。話の内容は、オアザ様がアイツと呼ぶほどに親しい人物に関する話、しかも……うん。私が聞いちゃいけない、面倒事の気配がする!)
王族関係の面倒な話の気配を感じ取ったアナトミアは静かに立ち上がろうとしたが、ムゥタンが肩に手を置いて止める。
(……っぐ!?)
「ダメですよぅ? アナトミアさん? せっかくムゥタンさんが整えた場なんですから、逃げようなんて……」
「いや、逃げようだなんて、そんな……ただ、私のような者がオアザ様の正面に座るなんて恐れ多いな、って」
「今更そんなこと……それならば、オアザ様の横に座ります? 長椅子を持ってきましょうか。逃げないようにしっかりとつかまえてもらって……」
「……えっ!」
ムゥタンの提案に、なぜかオアザが頬を赤くした。
「い、いや、それは早いというか、まだ日も高いしな。うん……」
そして、何やら早口で言い始める。
「……ムゥタンさん。大人しく話を聞くので、それだけはやめてもらえませんか?」
「そうですね。やめておきましょう」
そんなオアザの反応を見て、アナトミアは心の底からムゥタンにお願いした。
そして、ムゥタンもため息と共に嘆きをこぼす。
「まだ早かったですか。また整えないといけないですねぇ」
そんなことはしなくていいとアナトミアは心の中で思いながら椅子に座り直す。
「さて、それで? 話とはなんですか?」
「急に堂々としたな」
「決めた以上は聞きますよ」
アナトミアのある意味不遜な態度に、オアザは満足げに頬を緩ませる。
「ならば、話そう。これは、私の一番の友……」
(……聞きたくないんだけどなぁ……)
「我がドラフィール王国の第一王子。パラディスとの……思い出話だ」
ゆっくりと宝箱を開くように、オアザは話し始めた。
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