第80話 オアザとイェルタルの勝負

「そのようですね。申し訳ございません。試すようなことを聞いて」


「いや、突然王族が関係を持とうとしたのだ。警戒し、心配するのは当然であろう」


 オアザは、イェルタルがこのような問答をしてきた真意に気がついていた。


「そうですね。王族の方が妹に対し幼い少年のような態度をするので、驚いてしまって……」


「ぐっ……!?」


 気がついていたが、改めて指摘されると顔に出してしまう。


 オアザが渋い顔をしたのを見て、イェルタルはにやりと笑った。


「オアザ様、勝負をしませんか?」


「勝負?」


「ええ、的当てです。私は弓を使います。オアザ様は先ほどのように魔法でもかまいません。あの的の中心により近く当てた者が勝ち。賭けるモノは……」


 いつの間にか、イェルタルは弓を構え、矢を放っていた。


 その矢は、的の中心付近に刺さっている。


 ズレはほんの少しだ。


「望む情報を聞き出せる、などどうでしょう? 先ほどのような一般的な問答ではございません。もっと個人的なこと……例えば、私の家族のこと……何が好きで何が嫌い、だとか。知りたくはないですか?」


「ほう?」


「私も知りたいですから。特に、これからについて……」


「ほ、ほう?」


 イェルタルから感じる気迫に、オアザは一瞬怖じ気づいた。


「い、いいだろう。勝負だ。魔法を使った的当ては得意だからな。これでも青龍の役職に就いていたのだ」


「その青龍の神域との戦いに、私は勝ちましたが」


「私がいたからな」


「そうでしたね。実際に弓を放ちドラゴンを狩ったのは私ですが」


 オアザとイェルタルは、2人して笑う。


「面白い勝負になりそうだ」


「ええ。では、どうぞ……」


 オアザが水の弓を構える。


 そして、その矢は放たれた。








 そこで、音が途切れる。


「……あ」


「どうした?」


「動かなくなりました。魔力切れ? みたいですね」


 念のため、イェルタルに気付かれないように身を低くして木陰に身を隠し、会話を拾っていたアナトミア達であるが、集音器から音が聞こえなくなってしまった。


 オアザ達の会話を流さなくなった集音器を、アナトミアは触ってみるが、何も反応は無い。


「むぅ、面白そうなところだったのにな。興味深い話をいくつか聞けたが……」


「本当にそうですね」


 アナトミアは、オアザ達の会話を思い出す。


「魔、ですか。もしかしたら、ドラゴンの死体が堅くなるのも、魔の影響かもしれないですね。ドラゴンはしぶといというか、生命力が高いですから。殺されるなら自分よりも強いモノ。ドラゴンの大半はそんなことを望んでいるんだとか。だから、死んだあとでも、その欲を出し続けて、体を硬くしているのかも……」


 言いながら、アナトミアは昔のことを思い出していた。


 そのようなことをアナトミアの師匠、つまり祖父が話してくれたことがあったような気もするのだ。


 祖父自身が、たどたどしいというか、うろ覚えな様子で話していたので、アナトミア自身もよく覚えていないことではあるが。


「……さきほどのやりとりを聞いて、感想はそれなのか?」


 クリーガルが、なぜか可哀想なモノを見るような視線をアナトミアに送っている。


「え? 他に何かありますか?」


「いや、別に何も……」


「それより、クリーガルさんは私の家族について聞きたい事とかないですか?」


 イェルタルとオアザの会話から、ふと気になってアナトミアは聞いてみた。


「アナトミアの家族か。それは色々気になることもあるが……」


「ほうほう」


「そういった調査はムゥタンの仕事だからな。私が聞き出しても正確な情報は得られないだろうし、報告書を書くのも苦手でな……だから、聞き出したいということはないな」


 どこかズレた回答がクリーガルから出てきた。


 王族の護衛をしている以上、周囲から得られる情報については、扱いが普通とは違うのだろうが、それでもズレている気がする。


「いや、報告とか……」


「なので、適当に世間話くらいにしておいてくれ。といっても、オアザ様が知りたいことは、オアザ様が……」


 クリーガルの声が小さくなる。


 なぜだろうと、クリーガルが見ている方、つまりオアザ達に視線を向けると、オアザが悔しそうにしていて、イェルタルが勝ち誇っていた。


 どうやら、的当てはイェルタルの勝ちのようである。


「……魔法を使ったオアザ様にも勝つのか。本当に、どうなっているんだ? イェルタル殿は」


「兄は天才ですから」


 負けるつもりが無いから、家族の情報などを賭けの対象にしたのだろう。


(普通は、そんなモノを賭けるようなことはしないんだけど……それだけ、聞きたいことがあったのか。それとも、それだけ聞かせたいことがあったのか……)


 最後の予想に、自分でも何を考えているのだろうとアナトミアは鼻で笑う。


 オアザ達の様子を見ていると、まだ勝負をするようで、オアザが弓を構えていた。


 真剣な顔をしているが、どこか楽しそうでもある。


 まるで、友人と競い合う少年だ。


「……子供かよ」


 しばらくの間、オアザとイェルタルの勝負を遠くから見学したあと、アナトミア達は気付かれる前にその場を離れ、散歩を終えるのだった。


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