第75話 狩竜祭の勝者
「まさかファンダル・ドラゴンとはな……狙ったのか?」
「そんなわけないじゃないですか。偶然ですよ。祈祷の時にドラゴンが好きな香を強めに焚きましたけど、ファンダル・ドラゴンが来るなんて思わないですって」
「ファンダル・ドラゴンが狩られたという話は聞いたことがないが、やはり珍しいのか?」
「そうですね。私も実物ははじめて見ました」
「はじめて見たのに、斬ったのか」
「首を切り落とすだけなら他のドラゴンとそう変わらないように思えたので。解体するときは色々違うでしょうけど……ふへへ」
「ふへへ?」
「なんでもないです。それより、イェル兄、ファンダル・ドラゴンなんて狩れたんだ。昔はせいぜいスバッツ・ドラゴンとかだっただろ?当たり前の様に打ち落とすから驚いたよ」
「……ああ、アナトミアがいたときは狩ったことがなかったか。まぁ、肉は独特の匂いがあって、ミソ漬けや燻製にでもしないと食べられないが、素材は良いらしくて、ナフィンダからよく頼まれるんだ」
「ミソ漬け……? もしや、食事に出されているドラゴンのミソ漬けは……」
「今はカーセ・ドラゴンのモノを出していますが、ファンダル・ドラゴンの肉のミソ漬けを食べてみたいですか?」
「ああ、もちろん!では、このあとに新鮮なミソ漬けが食べられるということか!」
「新鮮なドラゴン肉は美味しくないんですよ。切り分けたら、ある程度時間をおかないと……」
シュウシュウが境内にたどり着くと、オアザが、彼の護衛をしている女性と一緒に、トンリィンの神官とその小姓と仲良く話をしていた。
そのあり得ない光景に、めまいのようなモノを感じながら、シュウシュウはオアザ達に近づく。
「オアザ様……」
「ん? ああ、どうかしたか?」
「その……これはどういうことなのでしょうか?」
「どういうこと、とは。どうしてドラゴン除けの結界が張られているのに、イェルタル殿がファンダル・ドラゴンを狩ることが出来たのか、という意味か?」
「なっ!?」
様々な衝撃で、まだ完全に混乱が収まっていなかったシュウシュウの質問に、特に意味はなかった
ゆえに、なんとなくしてしまった質問であったのだが、その質問に対するオアザからの逆の問いかけは、シュウシュウの目を完全に覚ますのに効果的であった。
「な、なんで……」
「お前達が今回の狩竜祭のために、町を守るドラゴン除けの結界を持ち出し、使用していたことくらい調べてある。そのことはイェルタル殿に相談したのだがな。使用されているドラゴン除けの結界は、平地では町を覆うほどの範囲に効果があるが、高さはさほど高くないと伝えると、問題は無いとのことだったので、そのまま放置することにしたのだ」
オアザの後ろで、トンリィンの神官が、頭を下げて立っている。
「結果はこのとおり。ドラゴン避けの結界も、ファンダル・ドラゴンのいる天高い場所までは届かなかったようだな」
「う……で、では、もしや、オアザ様はこのトンリィンの神官に協力し、共謀していたというのですか!? 神聖な祭りで、なんということを……それは、あまりにも……」
「それをお前達が言うのか」
オアザの小さな反論に、それだけでシュウシュウは心臓が止まりそうになった。
シュウシュウが今するべき事は、弁明や追求では無い。ただ、オアザの機嫌を取ることなのだと、改めて思い直す。
「……さて、そろそろ日も暮れる。お互いの神官たちも……1人はなぜか怪我でこの神域から出て行ってるようだが、そろっているし、狩りの獲物も並んでいる。では、決めて貰おうか。此度の狩竜祭。その勝者はどちらなのかを」
「……決める?」
オアザに言われたことがどういう意味なのか、理解ができなくてシュウシュウはつい疑問をこぼす。
「書面に記していたのだろう? 此度の狩竜祭。どちらの神域が狩ってきたドラゴンが最も強く、大きく、多いのか。勝者を決めるのは東の島:オストンの領主であるシュウシュウ・トンシュダットであると」
オアザに言われて思い出す。
確かに、念のために、そのような決まりを記した竜皮紙を、話し合いの際にミンシュウに持たせていた。
(そうだ……そうだった。勝者を決めるのはこの私。ならば今回の祭り、適当に理由を付けて、勝者を青龍の神域:トンロンにすることで、あの美しい巫女達を私たちのモノにすることが……)
そんなシュウシュウの思考を遮るようにオアザは言う。
「ドラゴンの数は青龍の神域:トンロンが5体に、トンリィンが1体か。しかし、勝者を決める項目にはあと2つ。ドラゴンの強さと大きさがあるな。ファンダル・ドラゴンは、カーセ・ドラゴンよりもはるかに強大なシュタル・ドラゴンを食すこともあるらしい。大きさは……この場にあるカーセ・ドラゴン5体を並べるよりも、ファンダル・ドラゴンの方が大きく思える」
一歩、オアザはシュウシュウに向けて足を進める。
「さて、此度の勝者はどちらか。シュウシュウ殿はどのようにお考えか」
「そ、それは……」
病に冒された面影があるモノの、整ったオアザの顔が笑みに変わる。
美しいその顔は、美しいがゆえの怖さを併せ持っていた。
(い、言え。言うんだ。嘘でも、ここで青龍の神域:トンロンが勝者といえば……)
「王族に対する私欲からの虚偽は、罪だ。そのことを思い出したうえで、聞かせてくれないか? 青龍の神域:トンロンと、強大なファンダル・ドラゴンを狩ったトンリィン。どちらが勝者なのかを」
思い出した。
シュウシュウは、オアザに言われたとおり、その言葉をはっきりと。
誰が見ても、どう見ても。
シュウシュウだって分かっている。
今回の狩竜祭の勝者はどちらなのか。
「……今回の狩竜祭。勝者は、トンリィンです」
言い終えたシュウシュウは、魂を抜かれたようにその場に座り込むのだった。
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