第39話 再会してしまった

「それで、どうなんだ?」


「えっとですね……別に、ドラゴンの血抜きをして、内臓を抜くのは間違っていないんですよ。というか、それは正しい手順なんです」


「しかし、今日は内臓の前に羽を落としていただろう?」


「ぐっ!?」


  オアザがアナトミアの首筋を親指の腹で撫でる。


  ぞくぞくするのでやめていただきたいと、アナトミアは心の中で強く思う。


「その、あの、ボンツが先に羽に斧を振り下ろしていたので、そのまま斬ってしまった方がいいのだろうと」


「……ボンツ、か」


 少しだけ、アナトミアの首筋に当てているオアザの手の力が強くなった。


「あの……」


「その男の事も気になるが、まぁ、いい。それで?腐らないのに内臓を抜く理由は?」


 オアザが不敵に笑っている。


 このあたりで、アナトミアもようやく気がついた。


(こいつ……この状況にするためだけに、わざとこんな話題をしやがったな!)


 やけに人気の少ない道。


 クリークスなどが道を塞いでいるのかもしれない。


(いや、こういうことをしそうなのは、ムゥタンさんか?)


 どちらにしろ、誰かが何かしているのだろう。


 そこで、アナトミアの罪悪感につけ込んで逃げられなくする。


(このやろう……!)


 別に、オアザはアナトミアがシュタル・ドラゴンの内臓から解体したことなど、さほど重要視していないのだろう。


 ただ、アナトミアに近づければそれでよかったのだ。


(王族様が平民の小娘で遊ぶんじゃねーよ!)


 オアザが楽しそうに笑っている。


 そんな顔を見て、アナトミアはよりいっそう、腹が立った。


「……内臓が痛むという話に、嘘はありません」


「……ほう?」


「より正確にいうと、ドラゴンは内臓を早く処理しないと、何が起こるのかわからないのです」


「何が起こるかわからない?」


「はい。だって内臓には、う○こが詰まっているんですよ?」


 アナトミアは平然と、しかし、一部分だけ声を大きく、強調して言った。


「う……?」


「ええ、ドラゴンといえども内臓には様々なモノがあります。そして、その中身は決して安全とは言えませんから。胃にはゲ○が詰まっていますし、膀胱にはおしっ○があるんですよ? 早く解体しないと、いくらドラゴンといえども痛みますし、ドラゴンのう○こなんて、どうなるかわからないですよね? オアザ様ならおわかりだと思いますが」


 オアザはアナトミアの首筋に当てていた手を離して、じっと見た。


 その手は、落石だと思ってドラゴンのう○こを触ってしまった手である。


 その隙に、アナトミアはするりとオアザの体から逃れて、立ち上がった。


「あ……」


「話は以上です。そういえば、果実水を飲みたいとおっしゃっていましたよね? 買ってきますので、お待ちくださいな」


 残念そうにしているオアザを置いて、アナトミアはすたすたとその場を離れる。


(……ったく、妙なことをしやがって)


 アナトミアは体を伸ばす。


 変に緊張したせいで、体がこわばっていた。


(果実水を買ってきたら、さっさと帰ろう。手も塞がるだろうし、ちょうどいいだろ)

 

 そうすれば、アナトミアが触れられることもない。


(そういえば、ディフィツアン・ドラゴンの解体結果、報告していないな)


 最初、オアザに呼び出されたとき、ディフィツアン・ドラゴンの解体でわかったことを報告するためだとアナトミアは思っていた。


 しかし、なぜか食事に連れ出され、結果は何やらよく分からないことをされただけである。


(あとで書いて渡せばいいか。ちっ、結構大変なことがわかったのに)


 今日はもう、なるべくオアザと接触は避けたい気分だ。


(もしかしたら、この港町だって危ないぞ? まぁ、正確な情報じゃないから、出来ればあと2~3体、別の種類のドラゴンを解体したいところではあるが……)


 どういう風に書けば伝わるのか、つらつらと考えながら道を戻る。


 見た覚えのある道を歩き、記憶を頼りに果実水を売っていた屋台の場所へ行こうとすると、妙な集団が道を塞いでいた。


(ん? なんだ?)


 彼らが身につけているのは、鎧のように見えるがやけに派手で、刺々しい。


(武器も持っているし、冒険者か? 女もいるみたいだけど……)


 もう薄暗くなっているので、あまり変な人に絡まれるのは怖い。


 アナトミアは、その集団を避けるように大きく迂回しようと道を離れた。


「待たせたな、悪い悪い……おっと」


「うわっ!?」


 すると、走ってきた男性にぶつかってしまう。


 こけそうになったアナトミアを、男性が受け止めた。


「悪いな、慌てて……」


「いえ、こちらもよく見てなかったので……」


 男性が、アナトミアの顔をじっと見ている。


(げ……)


 その理由を、アナトミアはすぐに察した。


「……アンタ、もしかして、アナトミアか?」


(しまった)


 なぜなら、アナトミアはその男性のこと知っていたからだ。


 朝、見かけたばかりである。


「お、俺のこと分かるか? ボンツだ。その、子供の時、遊んでいただろ?」

 

 そして、昔、よく見かけた顔だからだ。


 子供の時、遊んだ相手。

 

 つまり、ボンツという冒険者の若者は、アナトミアと幼なじみなのである。

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