第31話 ドラゴンの血

「オアザ様は、ドラゴンの解体師さんが取り囲まれた時、慌てて前に出ようとしたんですよぅ」


「うわっ!? びっくりした!」


 後ろから声をかけられ、アナトミアは飛び上がってしまう。


 声をかけた主は、ムゥタンだった。


「ふふふ、油断大敵ですよ? ドラゴンの解体師さん」


「後ろから声が聞こえたらびっくりするでしょう」


 アナトミアは、じっとムゥタンを睨む。


「ふっふっふ。そんな事よりも、聞きたいですか? 聞きたいですよねぇ?慌てていたオアザ様のお話。クリーガルに船長さん達を呼びに行かせたのに、すぐにドラゴンの解体師さんが囲まれたので慌てて自分が前に出ようとして……まぁ、オアザ様が出てきても場が混乱するので、私が止めたのですが。そうしたら、今度は船長さん達の所へ走っていこうとして……」


「やめろ、ムゥタン」


 オアザはムゥタンを止めているが、その顔色は若干悪い。


「……もしかして、倒れました?」


「少し、壁によりかかっただけだ」


 オアザは、数日前まで死にかけていた。


 不調の原因は取り除いたが、完全に治っているわけではない。


 走ったり出来る体調では無いのだ。


「ご自身のお体のことを考えてください」


「……そうだな」


 オアザはアナトミアから顔をそらした。


「そういえば、船長さんが私のことをドラゴンの解体師と呼んでいましたが、大丈夫なんでしょうか?」


 アナトミアは、声を小さくして質問する。


 手配書には、アナトミアの名前とドラゴンの解体師をしていた事が書かれていたはずだ。


「問題ない。ドラゴンの解体師殿は、国で雇っている解体師よりも優秀な解体師だと説明している」 


「オアザ様と個人的な親交がある人だと説明しているんですよぅ、手配書の人とは別人だと思わせるために、ね?ドラゴンの解体師さん」


「あぁ、だからずっと『ドラゴンの解体師さん』なんて呼んでいるんですね。ムゥタンさん」


 いつもはムゥタンはアナトミアの事を名前で呼ぶはずだ。

 

「そうですねぇ。本当は『ドラゴンの解体師』なんて職業名ではなく、名前でお呼びしたいんですけねぇ。名前で呼ばれたいですよねぇ?」


「まぁ、そうですね」


 どっちでもいいことではあるが、ムゥタンのように仲良くしている人に職業名で呼ばれるのは少し違和感がある。


「……むぅ」


 オアザが少し考え込むように眉間に力を入れていた。


 どうしたのだろうか。


 そこで、ふとあることが気になった。


「そういえば、そのクリーガルさんはどこへ?」


 船長達を呼びに行ったというクリーガルの姿が無い。


 オアザたちとそろって首を傾げていると、遠くから声が聞こえてきた。


「ここにいた! あれ? オアザ様!?」


 クリーガルが、なぜか客室のある方向からやってくる。


 彼女は、確かに船長達がいる船室に向かっていったはずだ。


「もしかして……迷ったのか? この狭い船内を? 正しい方向に向かったはずなのに?」


 オアザは、何か恐ろしいモノを見るように、クリーガルに聞く。


「……どういうことでしょうか?」


「クリーガルは、方向音痴なんですよぅ。それこそ、広いとはいえ通い慣れた王宮で迷子になるくらいに。まさか、国が運営しているとはいえ、平民用のそこまで大きくない船で迷子になるとは、ムゥタンさんでさえ予想できませんでした」


「……方向音痴の人が護衛とか出来るんですか?」


 ムゥタンが目をそらす。


 クリーガルが活躍出来る日は、いつ来るのだろうか。


 クリーガルがオアザに謝罪している間に、船長からオアザの正体を聞いたのだろう。


 兵士と冒険者たちが驚きの声を上げている。


「な、あのオアザ様だと!?」


「青龍の位を賜った、東方の守護者だろ?」


「王様の弟なんだよな? なんでそんな人がこの船に乗っているんだよ!」


「嘘じゃ無いよな? というか、嘘だろ」


「少し痩せているが、間違いない。以前王宮でお見かけした事がある」


 ざわざわと、男達は騒いでいるが、どうやら兵士の隊長がオアザを以前見たことがあるようで、彼の言葉で落ち着きを取り戻していた。


「そうだ、オアザ様。お願いがあるのですが」


 兵士と冒険者達の様子を見て、アナトミアはあることを思い出す。


「なんだ?」


「ディフィツアン・ドラゴンの解体についてですが、船長さんに確認したくて……」


 オアザは、兵士と冒険者たちに説明をしていた船長を呼び出す。


「いかがされましたか?」


 アナトミアは二つ、聞きたい事があったのだが、とりあえずは真っ先に解決しておきたい問題について聞くことにした。


「その、ドラゴンの血のことなんですけど……」


 垂れ流していて、海を真っ赤に染めているディフィツアン・ドラゴンの血に、船長は目を向ける。


「ああ、あのままでいいと思いますよ。もしかしたら血の匂いで魔獣がやってくるかもしれませんが、あのオアザ様と、お見せいただいたドラゴンの解体師殿の実力ならば、どのような魔獣が来ても……」


「いえ、そうではなくて。欲しくないですか? あの血」


「へ?」


「ドラゴンの血は、結構価値があるんですよ。ディフィツアン・ドラゴンの血だったら、樽一つで20万シフ(平民の月の給与額の平均)くらいの値段になると思うんですが……」


 船長は、ドバドバと流れるドラゴンの血を改めて見る。


「回収するにも空の樽はないし、置き場もなさそうなので、どうしようか悩んでいたのです」


「か、回収します! お前達、空の樽を用意しろ! ドラゴンの解体師殿、血が流れないように出来ますか?」


「完全に止めると、今度は肉の方に影響があるので、少し遅くする程度ですが……」


「急げ! 急いで樽を持ってくるんだ!! 申し訳ない。できるだけ、できるだけ流さないように」


「わかりました」


 アナトミアは、ディフィツアン・ドラゴンを釣り上げていた縄を操作して、血が流れにくい角度にする。


 その間に、兵士と冒険者達は、空の樽を運んでくるのだった。



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