第24話 事の顛末

「オアザ様は、なぜ死にたがっているんですか?」


 アナトミアの質問にムゥタンとクリーガルは答えずに、彼女たちは部屋へと戻った。


「……ここならいいでしょう」


 出会ってから、お調子者のような態度をしていたムゥタンは、すっと真面目な顔になる。


「クリーガルさん。周囲に人は?」


「いない。いたとしても問題ない」


 クリーガルは剣を握っていた。


 緊迫した二人の様子に、アナトミアは自分の予想が当たっていたことを確信する。


「アナトミアさんの質問内容にお答えすると、オアザ様の体調は、今とてもよくありません。ぶっちゃけると、もうすぐ死にます」


「……ムゥタン」


「情報は正確に共有にしたほうがいいでしょう。

それで……そうですね。我々は、オアザ様が死にたがっているのは、王族ゆえの誇りから、と考えています」


 ムゥタンは、唇を少し尖らせる。


「誇り、ですか」


「ええ。王宮を出る前、医官はオアザ様の残りの命は30日程度と答えました。ならば、その命が尽きるまで、少しでも国のために動きたいとオアザ様は考えている。そう、我々は思っています」


 ムゥタンは、そこで、目を閉じた。


「……それで、アナトミアさんは、何が分かっているんですかぁ?」


 開いたムゥタンの目は、真剣だった。


 一方、クリーガルは眉を上げている。


「現時点では分かっているのか、分かっていないのか判断がつきません。確認ですが、オアザ様は、今肝臓が悪いのですよね?」


「そのとおりですねぇ。もしかして、アナトミアさんは医療の知識も持っているんですか?」


 ムゥタンはからかうように笑っているが、クリーガルは驚いていた。


 アナトミアの指摘は正しいのだろう。


「医療の知識なんて知りません。私はドラゴンの解体師だったんですから」


「では、そのドラゴンの解体師殿。見解を聞かせてもらってもよろしいでしょうか? 医官達は皆、オアザ様の病気の正体はわからなかったのですよぅ。ただ、肝臓が弱っていると。そんなの、黄疸が出てクマが出るほどに痩せている姿を見れば誰でもわかるでしょうに」


 わからない。そんなことがあるのだろうか。


 その答えが、アナトミアにとって不思議だった。


「大丈夫です。どんな戯れ言でも、ムゥタンさんは笑ってあげましょう」


「……まだ質問があります。オアザ様は王宮でも死にたがっているような行動をしていましたか?」


「いいえ、そのようなそぶりはまったく。というか、死にたがっていたら、こんな西の領地に逃げてきませんって……もっとも、このパリフィムにも、どれだけ滞在できるか分からないですけど」


 最後の方を、少しだけ小さな声でムゥタンは言う。


「では、オアザ様が死にたがっている様子を見せ始めたのは……カーセ・ドラゴンの時からで合っているでしょうか?」


「報告ではそうですねぇ。というか、そこら辺はクリーガルの方が詳しいでしょう」


 突然話を振られて、クリーガルは少し慌てる。


「そ、そうだな。言われるとそうだ。カーセ・ドラゴンに襲われた時、急にオアザ様が一人で馬車に出たのだ。我々は撃退の準備をしていたのだが……」


 そのときに、アナトミアが登場したということらしい。


「……なるほど。そのあとは正体不明の落石に自ら触りにいって、シュタル・ドラゴンでは人もいない村のために戦おうとした」


「……そうだ。それらの行為を死にたがっていると捉えても……否定はできないな」


 クリーガルからの同意を得て、ある一つの結論がアナトミアの中で出される。


「それで、名医アナトミアさん。オアザ様の病気はなんですか?」


「医者じゃ無くて、ドラゴンの解体師です」


「じゃあ、名ドラゴンの解体師さん。教えてくださいな」


 アナトミアは少しだけ悩んだあと、オアザの病気の正体を言う。


「オアザ様は寄生されています。ドラゴンに」








 それから、アナトミアは『パラジイト・ドラゴン』という、別の動物に寄生して生きるドラゴンについて二人に説明した。



「寄生するドラゴン。そんなものがいたなんて……」


 クリーガルは、顔を青くしていた。


 たしかに、自分の主にドラゴンが寄生しているなんて、気持ちが悪いだろう。


「少し気になるのですが……その寄生ドラゴンがオアザ様を宿主にしていると思った理由を聞いてもいいですかぁ?」


 ムゥタンの質問に、少しだけアナトミアは答えを考える。


「『パラジイト・ドラゴン』は最初、ネズミとかの小さい生き物に寄生するんです。そして、どんどん大きな生き物を宿主にして最終的にはドラゴンに寄生します」


 ハリガネムシという寄生虫は、卵から生まれると小さい水性の昆虫に寄生する。


 そのあと、水性の昆虫が羽化して陸上に出ると、カマキリなどに宿主ごと食べられて、食べたカマキリに寄生するのだ。


 そうやって、どんどん宿主を大きくしていく。


『パラジイト・ドラゴン』は同じような性質を持っていた。


「『パラジイト・ドラゴン』に寄生されたドラゴンはどれも弱っていて、切った感触が悪いんですよね。妙に柔らかいというか……そのくせ、結構重要な器官に寄生しているから、取り除くのに特殊な道具がいるし……」


「アナトミアさん。止まってください。グチならあとで聞くので。それで、アナトミアさんがオアザ様がドラゴンに寄生されていると思ったのは、オアザ様が『ドラゴンに殺されようとしていたから』でいいですか?」


 寄生虫の中には、宿主を変えるために、積極的に宿主を殺そうとするモノもいる。


 例えば、カタツムリに寄生する寄生虫は、ある程度育つと、カタツムリの触覚に移動して、目立つような動きをすることでカタツムリを鳥に食べさせ、鳥に寄生するのだ。


「そうですね。『パラジイト・ドラゴン』に寄生された生き物は、積極的にドラゴンの前に現れて、食べられようとするそうです。だから……」


「なるほどなるほど……本当に、それだけですか?」


「うっ」


 アナトミアはムゥタンの指摘に言葉が詰まる。


「やっぱり、何かあるんですか?」


「いや、別に……ただ、ちょっと胡散臭い話なので」


「大丈夫です。大丈夫です。アナトミアさんが、たとえば星の声を聞いたから、なんて頭の痛いことを言っても大声をあげて笑ってあげましょう」


「そこは、笑いをこらえてほしいというか。正直、似たようなモノなんですけど……まぁ、あれです。ドラゴンの気配がしたんですよ、オアザ様から」


 少し気まずそうにアナトミアは言う。

 

「これでもドラゴンの解体師ですからね。ドラゴンの気配には敏感なんです。オアザ様の右胸から、妙にドラゴンの気配を感じていて……正直、これまでオアザ様が王族だからドラゴンの気配がするんだと思っていたんですけど」


「ドラフィール王国の王族にはドラゴンの血が流れている。なんて話がありますねぇ」


 ムゥタンの話は、実はドラフィール王国の人間なら、ほとんど知っている話だ。

 

 ドラゴンの血が流れているから、王族は魔法が使えるのだ、と。


「右胸にドラゴンの気配ですか」


 どんな戯れ言でも笑うと言っていたムゥタンは、アナトミアの話を聞いて笑うどころか、真剣に考えている。



「ムゥタン、どう思う? オアザ様がドラゴンに寄生されているなど……」


「わからない、といっていた医官よりもすがりたいとは思いますね。ドラゴンの気配は置いておくとして、その前に話してくれた推測は、一考の価値が十分あると思いますよぅ。それで、アナトミアさん。オアザ様を救う方法はありますか?」


 軽い調子でムゥタンは聞いてきたが、声の裏にははっきりとした意志がこもっていた。


 主を思う、臣下の意志だ。


「……肝臓に寄生しているなら、『パラジイト・ドラゴン』を殺して切り離せばいいんじゃないですか? さっきもいいましたけど、私は医者じゃ無いんですよ」


「できますか? その寄生ドラゴンを殺すことは?」


「殺すだけなら確実に。オアザ様の体をなるべく傷つけないで殺して切り離すとなると、ちょっと素材が足りません」


「なるほど、もう一つ聞きますが、アナトミアさんの話を証明することはできますか?そういったドラゴンがいる、ということがわかるだけでいいです。もちろん、オアザ様に寄生しているドラゴンを使う以外の方法で」


ムゥタンの質問は、ある意味一石二鳥であった。


「『パラジイト・ドラゴン』に寄生されている魔獣か動物がいれば、私が解体して取り出します。切り離すための材料に『パラジイト・ドラゴン』が必要なのでちょうどいいですね」


 アナトミアの話を聞いて、ムゥタンはすぐに動き出して、その日のうちに『パラジイト・ドラゴン』に寄生されていると思われる痩せた『デッドリー・ボア』の情報を集めていた。


 それから、オアザと合流し、その際に改めてオアザを観察することで自身の考察に確信を持ったアナトミアは、『デッドリー・ボア』に寄生していた『パラジイト・ドラゴン』を解体して、素材を入手した。


『パラジイト・ドラゴン』は生き物の体に寄生するのだが、どういうわけか、生き物の体を透過して移動し、肝臓など重要で栄養が集まる器官に寄生するのだ。


 その特性を付与する薬を『パラジイト・ドラゴン』の素材から作ったアナトミアは、彼女が最も使い慣れた剣に塗ることで、『パラジイト・ドラゴン』以外の生き物を傷つけない剣を作り出した。


 その剣で、オアザの体に寄生した『パラジイト・ドラゴン』を刺して殺してあとに、解体したのである。







 これが、事の顛末だ。


 こうして、無事に体に寄生したドラゴンが解体され、取り除かれたオアザは、ムゥタンが手配した医者の治療を受けて快調に向かっている。


「潮風が心地よいな、なぁ、ドラゴンの解体師殿?」


「そうですねー」


 平民が乗るような揺れる定期船の見張り台に登り、景色を楽しむ程度に、元気になっていた。

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