第16話 パリフィムの宿屋
「どうして、こんなことに」
アナトミアは、今、窮地に追い込まれていた。
「ぐへへ、観念するんだなぁ」
身につけているのは、薄布一枚。
武器もない。
彼女を取り囲むのは、むくつけき男達……
「冗談でも、そういう口調はやめなさい。ムゥタン」
「はーい」
ではない。
長身の美人、クリーガルと小柄な少女、ムゥタンであった。
話は、一時間ほど前に遡る。
「ムゥタンともうしますよ」
シュタル・ドラゴンを倒した村から2日ほど馬車で移動し、都の西に位置する街、パリフィムにアナトミアたちは到着した。
そこで、アナトミアは、パリフィムで一番大きな宿屋に滞在することになったのだが、そのときにオアザからムゥタンという少女を紹介された。
「よろしくお願いします」
「ムゥタンは、こう見えて器用なヤツだ。重宝するだろうから、好きに扱ってくれ」
「あの、扱うとは?」
「クリーガルだけでは、色々至らない点もあったでしょう?真面目で護衛は出来るけど面白みはないですしぃ……ああ、つい先日まで気絶していたんでしたっけ、臭いで」
くすくすとムゥタンは笑う。
「ムゥタン……相変わらずだな」
意識を取り戻してから再びアナトミアの護衛として後ろに立っていたクリーガルは、ムゥタンを睨み付ける。
「役人の兵士が護衛対象を拘束したときに寝ていたのは、どんな気分でしたか?」
「ぐぬぬぬ」
クリーガルの腕がプルプルと震えていた。
「えっと、大丈夫なのでしょうか」
「そいつらは幼い頃からの知り合いだ。ああいうやりとりも、じゃれ合いだから気にしなくて良い」
オアザがそう言うなら、アナトミアも気にしないことにする。
「私は、これからパリフィムの領主と会ってくる。早くて一日。遅くなると数日は戻らないだろうから、その間は観光でも楽しんでいてくれ」
そういって、オアザはクリークス達を連れて宿屋から出て行った。
「さて、どうしましょうか。観光といっても、お金はあまり持っていないのですが……」
「大丈夫です。オアザ様からたっぷり貰っていますので」
ドンと、どこからかムゥタンは金銭が入った袋を取り出す。
「おお、スゴい」
「そうでしょうそうでしょう。もっと褒めてもいいのですよ、このムゥタンさんを」
「オアザ様の金だろう、それは」
胸を張るムゥタンに、クリーガルは冷めた目を向ける。
「では、どこに行きましょうか。道中で見かけた屋台に美味しそうな串焼きがあったのですが……」
「ふふふ、申し訳ないですが、アナトミアさん。我々が最初に行くところは決まっているのですよ」
袋をいつの間にか手元から消したムゥタンは、満面の笑みを浮かべる。
「決まっているとは、どこにいくつもりだ?」
「それはもちろん」
クリーガルの疑問に、ムゥタンは床を指さす。
「パリフィム最大の宿屋。リクシュアルの超豪華なお風呂で、女磨きですよぅ」
というわけで、アナトミアはムゥタンに引きずられるようにして、滞在している宿屋のお風呂につれて来られたわけである。
「お風呂なんて……私はちゃんと毎日体は拭いていますよ?」
パリフィムに到着するまでは、最低限の礼儀として、体を拭くくらいはしている。
なお、シュタル・ドラゴンを倒した村にはお風呂なんて贅沢品はなかったが、お湯を借りて水浴びはしていた。
「ダメダメですよ、アナトミアさん。体を拭くだけでは。金銭に余裕のある時は、あらゆる手段を用いて、全身を綺麗にしなくては……」
ムゥタンは、手をわきわきとさせながら、アナトミアに近づいてくる。
「あの……」
「はじめて見たときから気になっていたんですよね……ごわごわの髪。まったく化粧をしていないお顔。ちょと手入れをすれば綺麗になるのに、無駄にしているのが……大丈夫、怖くないですよ。うえへっへ」
「クリーガルさん!」
一応護衛であるクリーガルに助けを求めるが、クリーガルは首を振っている。
「悪い話ではないので、諦めてください。そうしないと、次の標的が私になるので」
「生け贄にされた!?」
クリーガルは、いつアナトミアを護衛してくれるのだろうか。
「ちなみに、アナトミアさんのあとは、クリーガルですよ?」
「ぐっ!?」
「じゃあ、大人しく全身磨かれてくださいな」
「ぎゃぁああああああ!?」
アナトミアは、ムゥタンに色々された。
アナトミアは綺麗になった。
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