第9話

突然発せられたジュウベエからの第一声。



だが幸人に“それ”に対する動揺等の変化は無い。



それはさもそれが“日常”であるかの様に。



「…………」



幸人はゆっくりと無言で立ち上がり、ディスクトップパソコンのある簡易机へ向かい、椅子に腰掛け主電源を入れた。



ディスプレイに映し出されたのは、血の色を思わせる、画面を辺り一面埋め尽くす赤、赤、赤、赤、赤。



そして中央に時間差で浮かび上がってきた、赤黒い“狂座”の二文字。



幸人は慣れた手付きでマウスを操作し、画面を凝視している。



液晶に妖しく照らされた銀縁眼鏡からは、その奥に隠された瞳による表情の程を伺い知る事は出来ない。



「今回の依頼はランクCか……。難度的にも報酬的にも、大した内容じゃ無さそうだな」



同じく幸人の左肩に飛び乗り、液晶画面を凝視するジュウベエ。



明らかにこの声は、この黒猫から発せられている。



「で、どうすんだ幸人? オレ的にはこの程度なら、お前が出るまでもないと思うんだが……」



意味深なジュウベエの声に、幸人はパソコンの電源を落とし、立ち上がってクローゼットへと向かった。



「……報酬や難度は関係無い。依頼を受けるか受けないかは俺が判断する」



そう淡々と言い放つ幸人のその声には、いつもの暖かみをまるで感じられない。冷徹で無機質な感情そのもの。



「まあそれがお前らしいけどな……」



その非現実で奇妙なやり取りに、診療所で見せる幸人の穏やかな表情雰囲気等、何処にも無かった。

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