第8話 受け継ぐ思い <Side 善太>
「やだよ……おばあちゃん……!!」
小さな影が三枝子さんに駆け寄る。
「「「葵ちゃん……」」」
小さな影は葵ちゃんだった。
顔が涙で濡れている。
「葵……なぜ……」
三枝子さんがハッとして顔を上げると、舞さんもいた。
「ご、ごめんなさい、三枝子さん。盗み聞きしてしまいました」
一体どこから聞いていたのだろうか。
「やだよ、おばあちゃん!桜花堂やめないでよぉ!!わたし、わたし……おばあちゃんみたいな和菓子やさんになりたいのにっ……!!」
三枝子さんは泣きじゃくる葵ちゃんを泣きそうな顔で見ていた。
……やっぱり、後悔するじゃないか。
「葵。和菓子職人なんて、わし以外にもたくさんいる。わしじゃなくても良いじゃろう」
「おばあちゃんじゃないとイヤ!」
葵ちゃんの声が響いた。
その言葉に三枝子さんの目から涙が落ちた。
「三枝子さん、私も同じです。文隆さんがいないのはとても寂しいですが、私は桜花堂はやめたくありません。夫も、他の従業員も同じはずです」
舞さんが前に出て、葵ちゃんを慰める。
「舞、さん……」
「私たちだけではありません。ここにいる美奈ちゃんたちや、常連さん、お客さんだって、急に店が閉まったらショックではありませんか」
小さいころからよく行っていた店が急になくなるのは僕だって嫌だ。
「それは……そうじゃが……」
「母さん。親父が言っていたこと、忘れたのか?」
ずっと黙っていた隆さんが気まずそうに言う。
「親父は病院で『桜花堂のことは頼んだ』って言ってたじゃないか。今の桜花堂を継げるのは母さんしかいないって言ってたの忘れたのか?」
「……忘れるわけ、ないじゃろう」
「だったら店閉めるのは違う。俺も、母さんがそこまで言うならって思ってたけど……俺もやめるのは嫌だ。やめたらそれこそ親父が悲しむし、親父はそんなこと望んでいない。それは母さんが一番知っているだろう」
三枝子さんは黙り込む。
「てか、親父が亡くなったからって店閉めるのはおかしい」
隆さんはちらっと桜を見る。
「俺も、親父がいないのは嫌だ。今まで見たいに一緒に作業できないのも、この桜を見れないんだなって思うのも嫌だ。けど、俺の中では親父は生きているんだ」
文隆さんが亡くなっていたのは知らなかった。
気がつけば三枝子さんが桜花堂の店長になっていた。
「親父が教えてくれた。親父がいなくなっても、親父はこの桜の木から見ているって。『奇跡の木』、『幸せの木』だって呼ばれてるくらいだから、今までの歴代店長は桜花堂を見守ってくれる。それを考えたらやっぱり親父はここにいるんだって思えた」
自然と桜の木を見てしまう。
まだあたりは暗いけれど、暗さに負けていない。
「な、なぜそれを、隆が……」
「言われなくても母さんは知ってたから、わかってたから、だろ」
強い風が吹き、花びらが散る。
どこからか淡い光が出て、桜が少しずつ照らされていく。
「文隆さんが……」
「まあ、最初は俺もうさんくさいって思ったけど、なぜか納得できたんだよな」
三枝子さんは震えていた。
涙をぽろぽろ流しながら桜の木を見ている。
「母さん。親父の死を引きづって店閉めるのはさすがに良くない。親父がいないのが嫌なのは母さんだけじゃない」
隆さんは舞さんや、葵ちゃんを見ながら言う。
「葵ちゃんやって、三枝子さんみたいな和菓子職人になりたいって言うてる。三枝子さんは、葵の夢を壊したくないやろ」
小山が俺の前に出て、言う。
三枝子さんはようやく隆さんの方を向き、葵ちゃんをおそるおそる見た。
「……わしは、勘違いしていたのか。全部文隆さんのせいにして、葵の夢まで……」
舞さんが三枝子さんの横に立つ。
「三枝子さん。もう一度、桜花堂をやりませんか」
舞さんの横に隆さん、それから葵ちゃんも立つ。
「おばあちゃん。わたしに和菓子の作り方、教えてよ」
「母さんまでやめたらいろいろ困る」
3人の言葉に三枝子さんは小さく笑う。
「……あんたたちさえ良ければ」
小さい声だったけど、はっきり聞こえた。
それは葵ちゃんたちも同じで、嬉しそうに笑っていた。
「……良かった」
小山がつぶやいた。
如月一家を見つめていた小山は振り向く。
「桜の木、切られなくて良かった。桜花堂が無くならんで良かった」
「そうだな」
横にいた藍原さんを見ると、無表情で如月一家をぼんやりと眺めていた。
瞳が、悲しい色だった。
「あ、あいは、」
「よぉし!今日も張り切るぞ!隆、今から準備じゃ!!」
「えー。俺寝不足なんすけど」
「何をつべこべしとるんじゃ!はよ!!」
「はいはい」
「わたしもやる!」
「葵はまだ寝なさい」
「えー」
いつもこんな感じなのだろうか。
見ていて微笑ましいというか……
すると、三枝子さんが僕たちを見る。
「3人とも、すまんな」
そう言った三枝子さんはどこかすっきりしているように見えた。
「全然!三枝子さんが元気になって良かった」
「桜も切られなくて良かったですし」
三枝子さんは嬉しそうに微笑んだ。
藍原さんは三枝子さんの方は見ずに、桜の木を眺めていた。
「また、いつでも来るんじゃぞ。何なら今日来ても良い!わしらはいつでも大歓迎じゃ」
「あ、じゃあ、今日来ますね!」
無邪気に答える小山。
全く……相変わらずだな。
いつの間にか夜は明け、朝日が昇っていた。。
木々から差し込む朝日はシンボルの桜の木、他の桜の木まで明るく照らし、朝がやってきていた。
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