プロローグ


「おばあちゃん、うち持つよ!」


「まあ、ありがとうねえ」


重い荷物を持ちながら坂道を歩くおばあさんに1人の少女が明るい声で話しかけた。

茶髪の長い髪をツインテールにしている少女。

女子の小学生にしては背は高く、すらりとしている。

そしてここ――城川市では聞き慣れない関西弁。

荷物を持った彼女はにっこり笑うとおばあさんも微笑んだ。


「もしかして、関西の子?」


「はい。生まれたのは京都で、4歳でここに引っ越して、それで6歳の時に京都に戻って、でまたここに戻れたんです!」


「あら、そんなに引っ越しを……いつここに?」


「昨日です!」


「き、昨日!?引っ越しも多くて大変だねぇ」


「いえ、そんなことありませんよ」


2人の顔を夕日が赤く照らす。

大好きな幼馴染みに、会えるから。と、少女は小さく言う。

その表情をおばあさんは不思議そうに見る。

寂しそうに見えたのはなぜだろうか。




「そっち、パス!!そのまま行け!!」


城川市西の河川敷。

ここではよくサッカーの練習試合が行われる。

1人の爽やかな少年が味方のメンバーからパスをもらい、ゴールに向かってドリブルしている。

サラサラの黒髪に切れ長の瞳。

真剣な表情でゴールだけを見ている。

その姿はまるで風のようで、敵チームは誰も彼のスピードに追い付けない。

キーパーが構える。


「行けーっ!!」


少年は思い切りゴールに向かってボールを蹴る。

そのボールは大きく回転しながらまっすぐゴールに突き進む。

キーパーが動くも、遅かった。

……決まった。



ピーー!



試合終了のホイッスル。

シュートを決めた少年はふっと安心したような表情になったと同時に後ろから誰かに飛びつかれる。


「さすがエース!」

「今のシュートやば!」


「あいつやっぱすげーよ」

「足速いしシュートもえげつないわ」


味方チームはもちろん、敵チームも彼の活躍に関心している。

彼はチームのエース。

隣町のチームでも知られている。

夕焼けが少年たちの顔を赤く照らす。

彼は嬉しいような、でも寂しそうな表情だった。




真っ暗な部屋の中。

カーテンから微かに光が差し込んでいる。

黒髪の少女がベッドにうずくまるように体を丸めている。

体は白く、華奢で細い。

まるで人形のような容姿の少女だ。

……けど、瞳が何かおかしい。

どこを見ているのかが分からない。

表情も、どこかおかしい。

部屋が暗いからかもしれない。



――全てを喪ったような、絶望したような光のない表情、という表現が一番近いと思う。



「……ひ、とりに、しない、で……」


微かにつぶやいた声。

壊れた人形のような弱々しい声だった。

光のない瞳から涙が零れる。



コンコン



誰かが部屋をノックする。


「お嬢様、そろそろお時間です」


執事らしき男性が扉を開けて言った。

ベッドで体を丸める少女に一瞬戸惑ったが、


「……わかったわ」


と言いながら起き上がった様子を見て執事の男性はすぐに安心し、扉を閉めた。

少女の表情はさっきと大きく変わっていた。

人形のようなのは変わっていないが、少女とは思えないくらいきれいで口だけにやりと笑っている。

口だけで笑う、張り付いた微笑み。

瞳は笑っていなかったが、何となく光は弱い。

……何より、声。

壊れた人形の声とは全く違い、大人の女性のような声。

――この変化は何だろうか。



『しおり!』

『しおりちゃん』



あの懐かしい声がフラッシュバックした。

その瞬間、頭痛に襲われる。

「うっ……」

……何で、また。

「わたし」を見て微笑む2人の顔。

思い出したくない。


――消したい。


行か、ないと。

もうわたしは「わたし」じゃない。

私は……探偵。



茶髪の少女は髪をポニーテールにする。

少年はゆっくりと黒いメガネを外す。

黒髪の少女は小さく微笑みを張り付ける。


本当の自分なんていない。

普段過ごす自分は全部偽り。



――裏の自分こそが、真だ。

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