プロローグ
「おばあちゃん、うち持つよ!」
「まあ、ありがとうねえ」
重い荷物を持ちながら坂道を歩くおばあさんに1人の少女が明るい声で話しかけ、荷物を手に取った。
茶髪の長い髪をツインテールにしている少女。
女子の小学生にしては背は高く、すらりとしている。
そしてここ――城川市では聞き慣れない関西弁。
荷物を持った彼女はにっこり笑うとおばあさんも微笑み、共に坂を登り始めた。
「もしかして、関西の子?」
おばあさんが聞くと、少女の表情はぱぁと明るくなった。
「はい。生まれたのは京都で、4歳でここに引っ越して、それで6歳の時に京都に戻って、でまたここに戻れたんです!」
「あら、そんなに引っ越しを……いつここに?」
「昨日です!」
「き、昨日!?引っ越しも多くて大変だねぇ」
「いえ、そんなことありませんよ」
2人の顔を夕日が赤く照らす。
「大好きな幼馴染みに会えるから」と、少女は小さく言う。
その表情をおばあさんは不思議そうに見る。
彼女は嬉しいはずなのに、どこか寂しそうな表情をしていたからだ。
坂を登り終え、おばあさんの家にたどり着いた。
少女は荷物を家の玄関まで運んだ。
「ありがとうね」
「いえ。何かあったらまたいつでも助けますよ。それじゃ!!」
少女は颯爽と駆け出して行った。
さっきまで重い荷物を持ち、坂まで登っていたのに走るとは、一体どんな体力を持っているのかとツッコみたくなる。
おばあさんはそんな少女を微笑ましそうに姿が見えなくなるまで見守っていた。
「そっち、パス!!そのまま行け!!」
城川市西の河川敷。
ここではよくサッカーの練習試合が行われる。
1人の爽やかな少年が味方メンバーからパスをもらい、ゴールに向かってドリブルしている。
サラサラの黒髪に切れ長の瞳。
真剣な表情でゴールだけを見ている。
ブロックをする敵を素早く抜ける姿は風のようで、敵チームも味方チームも、誰も彼のスピードには追い付けない。
キーパーが構える。
その瞬間、少年はダンっと足を踏み出し、瞳の奥で静かに炎を燃やす。
空気の流れが変わり、彼の後にいたメンバーは立ち止まり、"エース"を熱い視線で見る。
「行けーっ!!」
見据えた少年は思い切りゴールに向かってボールを蹴り上げた。
そのボールは回転しながらもまっすぐゴールに突き進む。
キーパーが高くジャンプするも遅く、キーパーの頭上を大きく回転しながらボールはゴールの中に入った。
……決まった。
ピーー!
試合終了のホイッスル。
「よっしゃあぁぁぁぁ!!」と歓声が聞こえた。
シュートを決めた凛々しい少年の額から一筋の汗が流れる。
ふっと安心したような表情になったと同時に後ろから誰かに飛びつかれる。
「さすがエース!」
「今のシュートやば!」
「あいつやっぱすげーよ」
「足速いしシュートもえげつないわ」
味方チームはもちろん、敵チームも彼の活躍に関心している。
彼はチームのエースで隣町のチームでも知られている。
足の速さはもちろん、フォワード(主に点を決めるポジション)として、点を稼ぎ、チームを勝利に導く絶対的エースだ。
夕焼けが少年たちの顔を赤く照らす。
エースの表情は嬉しいような、でも寂しそうな表情だった。
真っ暗な部屋の中。
カーテンから微かに光が差し込んでいる。
黒髪の少女がぬいぐるみで溢れたベッドに、うずくまるように体を丸めている。
手足は白く、華奢で細い。
まるで人形のような容姿の少女だ。
……けど、瞳が何かおかしい。
どこを見ているのかが分からない。
表情も、どこかおかしい。
部屋が暗いからかもしれない。
――全てを喪ったような、絶望したような光のない表情、という表現が一番近いと思う。
「……ひ、とりに、しない、で……」
微かにつぶやいた声。
壊れた人形のような弱々しい声だった。
光のない瞳から涙が零れる。
コンコン
誰かが部屋をノックする。
「お嬢様、そろそろお時間です」
執事らしき男性が扉を開けて言った。
ベッドで体を丸める少女に一瞬戸惑ったが、
「……わかったわ」
と言いながら起き上がった様子を見て執事の男性はすぐに安心し、扉を閉めた。
少女の表情はさっきと大きく変わっていた。
人形のようなのは変わっていないが、少女とは思えないくらいきれいで口だけにやりと笑っている。
口だけで笑う、張り付いた微笑み。
瞳は笑っていなかったが、何となく光は弱い。
……何より、声。
壊れた人形の声とは全く違い、大人の女性のような声。
――この変化は何だろうか。
『しおり!』
『しおりちゃん』
あの懐かしい声がフラッシュバックした。
その瞬間、頭痛に襲われる。
「うっ……」
……何で、また。
「わたし」を見て微笑む2人の顔。
思い出したくない。
――消したい。
行か、ないと。
もうわたしは「わたし」じゃない。
私は……探偵。
茶髪の少女は髪をポニーテールにする。
少年はゆっくりと黒いメガネを外す。
黒髪の少女は小さく微笑みを張り付ける。
本当の自分なんていない。
普段過ごす自分は全部偽り。
――裏の自分こそが、真だ。
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