最終幕  怠惰の箱舟

※長めなので、お時間のある時にお願いします。



蒼穹(そら)よ…、今日も君は紅いな。

そう言って、自らの本体を見つめ微笑む。


小さな息吹を宿し、狂い散り逝け。


「お前の夢は、決して終わらせぬ」



そういうと、エノが両手を胸の前で掲げる様に手を握る。


その握った拳から、黒い茨と黄金が吹き荒れて。


「箱舟は、犬畜生であろうが、邪神だろうが、聖神だろうが。希望を持って、働けねばならん。種族を越え、光と闇の垣根を越え。全てを越えた、理想でなければならぬ」



その言葉に、ダストと大路。そして、光と闇の軍勢全てが頭を下げていた。




「怠惰の箱舟はお前の夢、私の約束。そして、それに参加するもの達の希望だからだ」



希望は失われてはならぬ、希望は負けてはならぬ。

希望に不足等あってはならぬ、光も闇もあり続けてこそ。



「誰かが学ぶ為の負けなら構わぬ、誰かが微笑む為の負けならいくらでも負けて良い」



(だが、希望は負けてはならぬ)



「それだけが、生であってはならぬ。それだけが、道であってはならぬ」



お前達を想って、私は生きている。



「大路、旨い調味料と敵の絶望を私に収め続けよ」



邪悪な老人が優しく微笑む、彼女がそれを求めているから。



「もちろん、精神誠意やらせて頂きます」



(私はこれからも、嘘つきであり続けよう)



「クリスタ、これからも救う仕事を頼むが良いか?」



その言葉に黙って、頭を下げる。




そして、ダスト……。


「これからも、お前は死ぬまでこの箱舟を任せる。嫌とは言わせぬぞ」


エノはダストにだけ笑顔を向け、ダストがふるりと震えた。



「俺には、もったいない。これだけのものを、用意して貰え。あらゆる力を借りる事ができ、幸せと言う報酬は惜しみなくですね」



ダストお前に、力を与える際に約束をした時に私が言った事を覚えているか?



「どうしたら、幸せになるでしょうか?」だ。



私は言った筈だ、何かを一生懸命やって。何かをともに喜び、何かに向かって共に歩き。足りないものを補い合い、希望を夢見て誰もがそれを叶える。


そう言った、当たり前の営みの中で感じる感情こそが幸せであると。




「その幸せをより長く、より素晴らしいものにする為にはお互いがその幸せを維持する為に支え合い我慢し合い。いがみあう様な、水と油を混ぜる事が出来なければならないと」


ちらりと、クリスタと大路の方を見るが努めて二柱は黙って頭を下げ続けた。



「どうしたら、幸せになるでしょうではなく。どうしたら、幸せに出来るでしょうとお互いが想いあう事が出来たなら。そこに、初めて存在しえないお互いを幸せにし続ける組織が出来上がる」



何のためでも良い、ダスト。

常に、その意識を持ち続けろ。


どうしたら、幸せに出来るでしょう。その意志を、箱舟の仲間に対し又最高責任者の椅子に座るモノから末端に至るまで全てのモノが持てる様になってこそ……。



お前の求める、真の箱舟が出来上がる。


箱舟では、物価とも国とも己の幸せの為だけにそれらの結束を破ろうとするものとも戦い続けなければならん。



人には寿命があるが、我らにそれはない。


「永劫、戦い続けなければならん。ならばダスト、最高責任者の椅子に座る全てに徹底させよ」


(幸せに出来るでしょうか?その気持ちを箱舟連合全ての存在が持てなければならん)


「ダスト、お前は本店最高責任者としてそれらと戦わねばならん」


幸せな労働者、それを私は求めていく。笑顔を希望を、夢や愛を求めていく。


「大路、クリスタ。お前達も、肝に銘じて置け」


箱舟に所属する全ての存在は、私以外お前達の部下もお前達も全て。


「お互いに、どうしたら幸せに出来るでしょう?という気持ちを持ち続け行動に移す事を私は求めていく。大路、お前には何度も言ったはずだ。私の邪魔をするものは、何者であろうと容赦はしないと」



もちろん、覚えておりますと大路が即答えた。


「箱舟の労働者とは、貴女の僕、貴女様の労働者。貴女様が求めるものが幸せな労働者である以上。それは、ワシもワシ以外の全てもそれを命ある限り全うできなければならない。そうでしたな?」



クリスタ、お前にも何度も言った筈だ。


「癒し、救われ、笑いあえるものこそが箱舟の労働者には相応しいと。互いにそれを目指す事が出来ないのなら、私は全てを握り潰すぞ」



その笑顔が支配者の為であってはならぬ、その笑顔が偽物であってはならぬ。



私は、人を玩具にしては指を指して笑う様な神を生かしておく趣味はない。

私は、人の臓器を強奪して生きながらえそれを当然の様に行う国の存在も許す気はない。


私にとって、全ての存在は弱者で虫けらかもしれん。

それでも、私は報われぬ人生を最後まで歩いた爺さんの事が忘れられない。



私に笑って、神などどこにも居ないと言った。

でも貴女は、傍にいてくれた。貴女だけが、笑顔を向けてくれたのだと。


そいつとそっくりな顔をした黒貌にも、その爺さんにも。



全てを支配塵滅強奪しうる力を持った私だからこそ、それがどれ程相手を踏みにじるか知っている。


「私が、神です等と言えるか?いえんだろうよ」


好きでそうなった訳でもない、自らが望んでそうなった訳でもない。

そんな、不幸なものを追いたてるクソムシに明日を許してやる気はない。


「少なくとも、箱舟でそれをやる事は許さん」


その様な、目にあわせる輩を許す気はない。



「心得ております、箱舟の中だけはこの命に変えても必ず」


大路が闇の神に、祈る様に誓う。

闇の軍勢と光の軍勢はお互いに向き合い、同じ神に従う。


(だからこそ、我々は箱舟連合をより広げなくてはならない。貴女はこの中しか救ってくださらない)



「ダスト、お前も肝に命じよ!全ての労働者を幸せにし続けろ!!」



大路とクリスタが、中央で頭を下げているダストを見た。


「もちろんです、俺に叶う努力は必ずし続けます」


(他者だけではなく、自身も犠牲にすることなく己さえ幸せにし続けろ)



「明日を、許してやる気はない。実に素晴らしい、台詞でございますな。言うのが貴女でなければ、傲慢に過ぎる」



大路は満面の笑顔で、その言葉を咀嚼する。


「生きる事は、許されてする事ではない。それは、どんな支配者も言う事を許されぬ言葉じゃ」



貴女様だからこそ、邪悪の頂点であればこそ。

その言葉を、誰はばかる事無く言う事が出来る。


(貴女は、そうでなくては)


「貴女に言われずとも、我々は過労で死に絶え。絶食障害すら起こし、肩を寄せ合って命を繋ぎ。それでも、他者に救いを広げんとしてきた」


貴女は箱舟しか救わない、だが箱舟にのせ続ける事は許すという。

それこそ我らの光、我らの希望。


我らの幸せとは、我らと同じ目にあう様な者を減らす事。

ゼロが望ましいが、いきなりは無理だ。



だから、今日よりも明日へと…。

減らす努力を、我々はし続ける。



貴女が優しいエタナ様であり続けられる様に、難しい事を考えず遊び続けられる様に。涙を流して、敵も己の心さえ殺し続けなくてもよい様に。


貴女が居る場所だからこそ、あらゆるものが従う貴女だからこそ。


この場所では、貴女の求めるものが何よりも優先される。




「頂点は、貴女様じゃ。貴女様こそ、全て正しい」

「頂点は、貴女だ。貴女こそが、希望そのもの」



光の長と闇の長が、迫力のある笑顔でお互いを睨む。

二柱の声が重なり、お互いが膝をついたまま。



「貴女(エノ)様の求めるものの為に」

「貴女(エタナ)様の求めるものの為に」



すっと、どちらともなく手を差し出す。

お互い反発する力で、お互いの手をジュウジュウと音を立てて焼かれながら。


それでも、しっかりとお互いの手を握りしめた。

その手の上に、ダストが手を重ね。


「力不足である、俺にいつも力を貸していただきありがとうございます」と言った。



大路が恵比須顔で、しかし深みのある笑顔で言う。


「何…、それが我が神の望みなれば。我らの務めは、我らの同胞を幸せにし、我らの敵を永遠に生き地獄に放り込む事こそが忠義」



クリスタも優しく陽だまりの様な微笑みを浮かべ、しかし内心がマグマの様に煮えたぎっている顔で言った。



「ダスト、お前が本店の最高責任者だ。この場所の、このお方の労働者達の最高責任者だ。例え何者であろうとも、責任者は責任を取る為にいる」



(だから、もっと…)



「我々は、嘘の世界を作ってでも。滞りなく、全員で幸せになれなければな」



その言葉に、エノを除く全員が頷く。



そして、エノはその様子を全ての連合最高責任者達と魔王に見せていた。


全最高責任者達が、モニターの前で決意を新たに。


闇の邪神達は立ち上がって、手を叩く。

光の神達も立ち上がって、手を叩いた。


連合に参加している各会社の最高責任者達も、満面の笑顔で頷く。


魔族の唯一神、エルフの神、最強の闇にして、最高の光。

彼女は幾つもの顔を持つが、その心は一つ。



会社とは社員で出来、理念で動く。

エノがゆっくりと全員を見渡すと、拍手が鳴りやんだ。



「さぁ、意見を表明してくれ。それが、会議というものだ。会議が無意味ならここにいる全員で遊びに繰り出した方がマシだからな」



そう言って、箱舟連合の会議が始まる。

この最高責任者達の会社の規模は様々だが、この最高幹部会で決まった事が箱舟連合の方針となって周知され。



光と闇と人がお互い意見をぶつけ合い、社内政治ではなく。足の引っ張り合いでもなく、ただより箱舟を良くするその為だけに。



いがみ合いがあろうと、どの様な意思をぶつけ合おうとも。

全ての最高責任者は、同じ神を信奉し仕事をする。



爺さんを見送った毎日が、貧しくとも苦しい日々であろうとも送り出した思い出が……。あの爺さんが死ぬ時、力無くしわがれた両手を握りしめていた力無き自分が死ぬほど嫌だった。


(神たる私にその力が無い?何故、何故だ!!)



「我らの神よ、貴女に涙は似合わない」



そういって、クリスタがそっとハンカチを差し出した。

知らずに、こぼしていたのは一粒の涙。



私が出会って来たものたち、私が関わって来たものたち。

叶わないものを求めていく、それだけが神生(じんせい)さ。

皆、欲しいものの為に生きている。


私とて、それは変わらない。

私もまた、欲しいものを手に入れる為だけに存在している。



「このワシが、闇の邪神一同が!必ず手に入れてごらんに入れます!!」

「この私が、光の聖神一同が!必ず遂行してご覧に入れます!!」



それを、チラリと樹の椅子に座りながら見てエノが言った。



「どうしたら、幸せになれるでしょう?私はその心を持ち続けてくれるだけでいい、箱舟の仲間同士で互いの幸せ。その邪魔を、しないのであればそれでいい」



「破滅と苦しみを振りまく事こそ、我らの幸せでございます」

「救いと癒しを施す事こそが、我らの幸せでございます」



同じ母から生まれた、光と闇が声を張り上げ。

同じ神に仕えるもの達が、拳を天に突き上げて。



「行きたい道をゆけ、半端は許さぬ」



「我ら闇は、例え嘘であっても貴女の労働者だけは幸せにして見せます」

「我ら光は、例え嘘であっても貴女の敵だけは殲滅し続けて見せます」



それが、我らの道。

貴女に従うと決めた、あの地獄の日に決めた事。



「そうか…」


そう言って、エノは眼をゆっくりと一度閉じ。

そして、体中の魔眼が完全に開き。


エノの周りには、権能を司る姿がホログラフの様に映し出され。

様々な姿のエノの権能、十体のそれがエノに傅いた。



「己で決め、己で歩く。それが出来ないのは幼子だけだ」



(だからこそ、お前達が必要だからこそ私は幼子のフリをする)


私の求めるものの為に…、愛するもの達の為に。

その言葉に、光と闇が微笑む。



「そして、今日も箱舟の何処かでスマホをぶん投げるんですか?」



その言葉に、エノがブリキの油が切れたような音を立ててダストを見た。


どこか、ダストは楽しそうに。


「豚屋通販の電話と間違えて、最高責任者の直通電話したりのぅ」


どこか、大路も楽しそうに。


今度は、体中がステンドグラスを割ったような形になっていく。



「他の神の誕生日であるクリスマスに、勝手に悲願を叶えてあげたりとかですか」


便乗してクリスタも、言いたい事を言ってやったとどや顔をして。


「ゲーム機やらジュークボックスみたいな自販機ガンガン増やしやがって、何処置くんだよ。つか、修理の部品の在庫もどんだけおいときゃいいんだよ」と竜弥がモニター越しに頭をぼりぼりとやりながら文句を言って、他の最高責任者達も俺達の所もですよと便乗し。



エノが、変な顔でさらさらと砂の様に風化していく。



そして、元三魔王達も魔国の官僚達さえその様子を見ながら苦笑して言った。



「しっかり、働いて下さいよ。特別顧問…いや、俺達の神様」



今度こそ、エノが膝から崩れ落ちてorzの体勢になって床を叩く。




「私はっ…、働きたく等ないんだぁぁぁぁ!!」




心からの慟哭が、会議室に響く。

自分自身である、十の権能のそれぞれでさえやれやれだと苦笑して……。


「全ての仕事は尊いのでしょう、あるのは選り好みだけだって自分で言ってたじゃねぇか。なぁ、神様」


レムオンがそれを言って、ハクアが一本取られたなと指を指す。



「大体、無茶ぶりばっかりしやがって。おかげで、俺たちゃ大変なんだよ」とゲドがモニター越しに言えばあちこちからそうだそうだの声があがる。


それを聞いて、マルギルが何とも言えない顔でゲドに軽く頭を下げた。

ゲドもそれに気がついて、頭の後ろをかきながら照れていた。



こうなると、もはや会議と言うよりは神(エタナちゃん)の吊るし上げ会場はこちらですモード。



その様子をいつもの場所から声だけ聴いていた、光無がふっと口元を吊り上げて。



「何でも持ってるお前が持ってないのは、やる気だけだな本当」



お前が本当に幼女として、遊んで暮らせる日なんて来る訳ねぇじゃねぇか。


そこで、別の場所にいる筈のハクアと光無が声を揃えて呆れながら言った。


「「ちったぁ働け」」



(叶わない夢を、皆で嘘ついてでも見るのが箱舟か…)



それでも、この会議は魔国で一番優しさに満ちている。



「まっ、バカだからあんなに愛されてるんだろうけど」

そういって、光無がまた壁にもたれかかる。


ちらりと見れば、クラウディアから売れ残りの水あめを貰って割り箸を口の中に突っ込んでふてくされている幼女が見えた。


何処の世界に、守護神が守護する人間からお菓子を貰って機嫌をなおすというのか。



「全く、会議っつっても毎回あんな調子じゃな……」


箱舟の関係者も、内部も、みんな幸せに出来てるじゃないかサボりの神様。



(もう少し、頑張れよ。ロクな事しねぇ神様…)


確かに普通なら、同じ能力をもったやつや有能な奴がいれば安く使いたい。

確かに普通なら、入社希望がガンガンきて離職率ゼロの会社の待遇をあげたりなんてしたいと思わない。そういうのが何処までも経営ってもんだろ。



でも…さ、屑神様は普通じゃねぇんだ。


それに付き合う連中は、ダストを筆頭にばかばっかり。


「何の事はねぇ、バカ神様に従う超有能なバカ幹部が雁首揃えて無理を無理やり叶えてるだけじゃねぇか」



仲間が居て、部下も居て。それを実現するだけの、権力も金も実力だってある。

アイツが持ってねぇのは、最初から最後までやる気だけじゃねぇか。



(ちったぁ、黒エルフの嬢ちゃんみたいに必死に生きてみろや)



「クソバカが」



(精々、黒貌さんに甘やかして貰え。現実はお前が貰ってるお菓子程甘くねぇから)



そういって、光無とハクアが会議室の入り口でなんとも言えない顔で苦笑した。

あれはその内だったら、自分の分だけ権能で全てが甘くなればいいんだとかやるだろ?



「「違う、そうじゃない」」って周りに言われてか、あぁやりそうだな。



会議室をもう一度見ると、箱舟連合最高責任者達の声が会議室から聞こえ…。

エタナが、真っ白でかっぴかぴに干からびていて。


何故か、ちりとりと箒でエタナを回収していく黒貌が見えた。


誰も気にも止めもせず、それを微笑みながら視線で見送って。




※怠惰の箱舟は後エピローグ一つでおしまいです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る