第二百十五幕 夢が散る場所

「世界は、こんなにも綺麗だったのか」


そういって、クラウが周りを見渡す。

地平線まで続く、草原が広がって。


すとん…、と落ちる様にその場に座った。

背中合わせに、初代魔王も体操座りで座る。


「お前、何がしたかったんだ」


拳聖と呼ばれた、薄い水色の髪に巨大な頭と同等のリボンをつけた少女は笑った。


「今となってはせんなき事さ、私は届かなかった。ただそれだけ」



そういって、うつむいて涙をこぼした。


「なぁ、光…」


お前は、ぶっちぎりで強かったよ。

お前と比べりゃ、人間なんて大した事ないさ。


「そりゃ嫌味か、お前も人間だろうに」


クラウが、何とも言えない顔で頭をかいた。


「俺も、すっからかんだ。指一本、まともに動かせないさ」


そうか、もう一息か。もう一歩か、私にその一歩が足りなかったか。


「お前は、強いなクラウ…」


眼を細めて、クラウは微笑む。


「母さんと、比べたらまだまだだよ。こんなもんじゃない、人類のカテゴリでありながらエルフはどっちかいえば精霊寄り」



光は眼を見開いた、お前は…あのエルフの娘だというのか。


「血は繋がってない、本当の親は知らない。それでも俺にとっちゃ、師匠で最高の母親だ。俺は聖女なんてやっちゃいるが、そんなん肩書だけだ」



例え野郎系女子なんて言われたって、暴力女と呼ばれたって。

「俺は母さんが好きなんだ、尊敬してる。だから、母さんと同じ様にしてるだけだ」



光はばさりと草原に倒れ、クラウがそれを覗きこんだ。


「独学と、導き手が居た。その差か、それだけの差だというのか」


あぁ…、たった一人でここまでたどり着いたなんて。


「お前の方が、よっぽどすげぇよ」


薄い水色のワンピースが裾が揺れ、光の手がぱたりと大地に落ちた。


「魔族も、ただの人じゃねぇか」


何も変わらない、何も変わらないんだ。

眼を閉じて、僅かに息をしながらすぅすぅと眠る光を見た。



あぁ…、幸せそうに寝てやがる。

光、お前を箱舟に連れていく。


首を持って来いなんて連中は言いやがったが、誰が持っていくかボケが。


「この世の理不尽の集大成みたいな、アイツの元でなら魔族一人ぐらいなんとかなるだろ。いや、何とかさせる」



そんな事を思い出しながら、竜屋でビルを垂直に登るレトロゲームをやっている神乃屑の背中を見ていた。



三千世界で三指に入る神、権力者で金持ちで。

そして、持ってないのはやる気だけであるその背中を。


にも拘わらず、自販機の下に手を突っ込んでコインを拾った時のあの輝く様な笑顔。

両手で十コイン掲げて、わざわざその埃被った汚いコインをキラリンとか光らせんな。


そこの大路、わざわざ自販機の下にコインを転がして入れようとすんな!

誰もがひれ伏し、誰もがアンタに祈るというのに。


アンタはいっつも、子供のフリして…。


でかい、炭酸を一気飲みしてデカいゲップが聞こえた。

眼の前で幼女が胸をドンドンと叩きながら、顔色を変えているのが見え器用なやつだなと思う。


(今でも、時々夢にみる)


「確かに、アンタはすげぇよそれは認める」


今も、こうして無防備な背中をさらして両手を頭にのせてぼさぼさの桃色の髪をかきむしって。


光が欲したのは平穏、ただ魔族が生きる事。


「では自分達から戦争を仕掛けず、三魔王が手を取り合うというのなら値段は負けてやろう」


負けて、その値段取るのかよってのは覚えてる。


欄干が居なくなって、この世からモンスターが消えた時。

人の欲望は、隣の魔国に向いたんだ。


ユグドラシルは脳筋国家だ、母さんの実家があるあそこに攻め込んだなら間違いなく人類は滅びる。


火縄銃の報復にガトリングを、高笑いしながらぶっぱなすような国にどうやって攻め込むというんだ。


その辺歩いてる幼稚園児だって、冒険者のCクラス魔導士並の魔法ぶっぱなすんだぞ。


しかも、隷属キャンセラーって予防接種の印鑑みたいのを押すだけで。どんな支配も受け無くする様なのを、全国民にやってやがる。


国民総兵士で寿命も倍以上あって、そんな国家に何の対策も無しで戦争なんて売れる訳ない。


だからって、魔族に。弱い方に、向かうのが人間だというのだから始末に悪い。


エルフは、基本魔法と弓。だが、その王族や権力者は技術と格闘と高度な駆け引きにも強いと来てる。


寿命百年程度の、人類がたった一人に勝つのには倍以上の修錬積んでやっとだ。


母さんの双子の姉、貴族の当主だっていうからどんな細い姫みたいなのが出てくるのかと思えば。


まさか、褌とサラシと筋肉でてかりながら棘付きのみこしの上に玉座で来るなんて思わねぇだろが。


「よく来たな、妹の娘よ。私が、ユグドラシル三大公爵ニューブリッツ家当主ブロシア・ニューブリッツだ」



そういって、みこしを担いでた親衛隊の女エルフとブロシアが全員でラットスプレッド・フロントのポーズで玄関でブロシアを中央に左右の道を作りながらやっているのを見た時。



(そん時に母さんが、実家に帰りたくないって言ってた理由を理解した)



「人間は悪い所が複数ある、それは私もだし。姉上もだ、しかし姉上の悪い所は変態で筋肉大好きな部分に集約されているよ。あんなんでも、魔導神なんて呼ばれる程度には魔導と魔法の叡智には精通してる。錬金術や薬学で病気に抗うなら、魔導の癒しで怪我にもあらがえる。お前が人を救いたいなら、姉上の教えは役に立つ。毎日帰りたくなるだろうが、そこは歯を食いしばるんだな」



母さんと同じ顔、母さんと同じ身長。

なのに、どうしてこれほど暑苦しい。


朝は三百五十回の腹筋から始まるとか、牛乳じゃねぇんだぞクソが。


ゲーセンで幼女が今度は床が光る、ダンスゲームを両足揃えてぴょいんぴょいん飛びながら遊んでいるのが見えた。


「なんで俺の知ってる権力者はみんな、へんちくりんなのばっかなんだ」


給料だけとって、居眠りしてやがる人間の議会よりはずっとマシだが。

クレーンゲームの景品に、龍の鱗が入ったカプセルが無造作に転がって。


「最高の薬の材料である筈の、龍の鱗や血でさえここでは景品かよ」



そういいながら、コインを投入してクラウは1と書かれた丸いボタンを押した。


三つは取らねぇと、次に行く街の住民の病治すのに足りねぇからな。


「これ、買ったら幾らすると思ってんだ」


そんな愚痴を、リーゼントの竜弥が拾って苦笑した。


「龍がやってるゲーセンの景品なんだから、元手ゼロで儲かるからって理由で入れてるだけだ。外のは龍と戦って奪い取る前提だからその差だろ、まぁゆっくり遊んでけや。ゲーセンは、楽しく無いとな」そういって、モップ片手に去っていく。


「ったく、実力機なだけマシか。っていうか、確率機なんて置いても張り紙させられそうだよな」


巨大なクレーンゲームの右に張り紙がはってある、実力機か確率機か景品の割合や景品の内訳なども。



「箱舟の施設は、表記の間違いを許さない。代わりに、不利な入れ方しても怒られる事は無い」



選択肢だけだ、客にあるのは膨大な選択肢だけ。



「まぁ、竜弥がトップの内はそんな変な入れ方もしないだろうけど」


そんな台詞を、エプロン姿の光が言いながら笑顔で景品を補充していた。


「やってんな、初代魔王様」とクラウが言えば、光は笑ったままクラウの方を向いた。


「えぇ、楽しく…ね」ウィンクしながら、立ち去っていくその背を見て。


光が俺に負けたから、結局魔国は一度三つに分裂し同じ魔族同士の争いで長年削られ続けて来た訳だ。俺は人を救う為に、魔王を倒したはずだったのに…。


魔族の信じる神は、強さとヤバさと恐ろしさだけは魔族ならスラムの赤子だって知っている。それが、母さんの友達で俺の守護神だって聞いた時は耳を疑った。


「だってそいつは、あのニートだぜ?ゲームばっかりやってておならで空を飛ぶような…。」


(冗談じゃねぇよ…)


そんな、クラウの呟きは店内に消えた。



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