第百七十五幕 鐵鉛孕轟(くろがねなまりはらみとどろく)
黒いフードを被ってただ苦笑して、微笑む。
黒いフードには頭を一周する様に、黒い花のコサージュがあしらわれ。
首の下で黒死蝶のブローチで止められたそれを、ばさりとおろした。
首から下は無地の黒ローブ、足首までありローブの下や首には純白のファーがあしらわれていた。
「ほう、珍しい客だな」
それは遠い昔、二柱(ふたり)の神が白と黒のタイルが敷き詰められた空間に居た。
桃色髪の一本で洋風のポットを傾け、もう一本でカップを持ち紅茶を入れながら。
白銀のタキシードを着た、黒一色の骸骨にもたれかかったエノがその訪問者に着席を促す。
フードをばさりとやれば、黄金に輝く髪が服からこぼれる。
十六歳位の見た目、頭のやや右上に黒死蝶の髪飾り。
紅い目に、紅いシャドーが入った訪問者が微笑む。
「お久しぶりです、命の樹(エノ)」
二柱の表情は、エノは何処か楽しそうに。
ヴァレリアスは、何処か嬉しそうに。
「お久しぶりだ、首座ヴァレリアス。相変わらず、貴女は忙しくしているな。」
そうエノが言えば、ヴァレリアスは楽しそうに扇子で口をおさえる。
「貴女は、いつも暇そうにしていますね。少しは働いてもいいのですよ?」
エノは肩を竦めて、冗談だろ?創造主とからかう。
「エターナルニートは働かない、そうでなくては」
エノは席を薦め、自分の髪一本で持っていた洋風のポットから紅茶をカップに注いだ。
それを、ことりとヴァレリアスの前に差し出す。
「安物だが、悪く無い。四回目の出がらしだが、私には丁度いい。この薄さが、実にいい。まるで、私の言葉の様だ」
ヴァレリアスは困った顔をしながら受け取り、無言で自分の袖からティーパックを取り出してちゃぷちゃぷといれた。
「三幻神の首座である私に、出がらしの紅茶を出すのは貴女位ですよ」
そういいながら、慣れた手つきでミルクと砂糖をいれた。
「貴女の髪は、相変わらず砂金がこぼれる様な美しさだな」
目を細めて、楽しそうにエノがそう言えばヴァレリアスも紅茶に口をつけながら微笑む。
「貴女は相変わらず、凄い恰好ですね」
髪の毛以外、ロクに手入れしていないと感じさせる不衛生な恰好。
「誰かの前に出る予定は無いのだからこれでいいだろう。貴女は勝手に来ただけだ、なら何も問題はない」
手さえ使わないのは、手もロクに洗っていないからだ。
それでも、動かず髪の毛だけはきちんと洗っているのだから可笑しなもの。
もっとも、お互い神として汚れ等には無縁だが。
エノは、胡坐をかいて漆黒の骸骨で出来た座椅子に座っていた。
ちゃぶ台を挟んで反対、ヴァレリアスは白銀とエメラルドブルーの薔薇に彩られた座椅子に正座で座っていた。
エノの座る座椅子の背もたれは、白銀のタキシードでも着せられている様なデザイン。
ヴァレリアスの座る座椅子の背もたれは、何処までも漆黒。
ヴァレリアスの髪はただそれだけの輝きだけで、万の宝石をちりばめた美しささえ越えていた。
だから、座る場所に飾りなどは必要ない。そう言わんばかりに、輝いていた。
「貴女はいつも眩しいよ、美貌もあり方も」
エノは胡坐をかいて、どこか楽しそうに笑う。
「貴女は、いつもずぼらで投げやりですね。大抵の相手は、それで貴女を殴りたくなる。私は慣れていますが、普通はそうじゃない」
エノは胡坐をかいたまま肩を竦め、頬杖をついて前かがみになる。
「それで待つのは、破滅だよ。貴女以外が、この私に届くわけがない」
私は挑戦は歓迎するし、努力もきちんと評価しよう。
「そうですね、位階神最下位のフリこそしていますが貴女は命の樹。この世の理そのものですものね、生半可な存在が届くわけはないでしょうとも」
ヴァレリアスは、扇子に隠れていない目元だけで笑っていた。
「それで、貴女は一体何をしにきたのかな。あぁ、お茶請けはカレーうどんと林檎しかないよ。リンゴだけは自分の本体から収穫できるしな」
そういって、天空に存在する本体から黄金の林檎を二つ落とした。
「一番いい奴を落とした、見事なものだろう」
そういって、髪の毛一本で空中にほおり投げ皿の上にカットされた状態でのせそれを別の髪の毛一本で持った皿にもりつけてちゃぶ台の真ん中に置いた。
「本当に見事なものですね、その髪の毛さばき」
ヘタな刃よりも良く斬れ、下手な神剣なんかよりも余程親和性に優れ。
そして、下手な魔剣なんかよりも邪悪な髪の毛。
その一本一本が、神獣がごとく蠢く。
「さて、本題ですが貴女は人の国を壊しましたね」
急に表情を真剣なものに変え、ヴァレリアスが正面を睨む。
「あぁ、あの身の程知らず共がどうかしたのか」
エノは、まるでなんでもない様に微笑んだ。
「確かにミサイルをうったのは相手が先、確かに貴女を手に入れようと戦争を吹っ掛けたのも人の国が先でした。欄干などいうに及ばず、貴女は自分から攻めた事はただの一度もない」
まぁ、私はニートだからな。当然、働かず動かず済むならそれに越した事は無い。
「だからこそ、力を知る者は皆怯えています」
無用な心配だ、私に挑まなければ私は何もしない。
「貴女を本当の意味で知るものなら、その言葉こそが貴女の真実であると判る筈ですが。貴女の偽りはいつも本当に大したもの、貴女はあえてそう見える様にしている」
そういって、黄金の林檎を一口。
「やはり、知恵の実は格別ですね」
この林檎と一緒だよ、旨いものは知られない方がいい。禁じる手間も省ける、禁じた所でそれを欲するものは一向に減らないのだがな。
そして、禁じる事はそれを手に出来る権利と一対のモノ。
光と闇の様なモノさ、この実を食せるのは本来私に認められたもののみ。
「黄金の林檎が希少な訳ですよ、貴女はそれを殆ど外に出さないのだから」
私の力同様に知られていい事など一つもないよ、知りたいと言うのは欲だ。
欲は歓迎するが、私のように働きもしないのに偉大な存在というのは害悪極まる。
「この世の理や元素や現象など、実はこの世で一番働いているのに貴女はそれを隠したがる」
努力と同じさ、何故こんなに努力しているんだと叫ぶ奴ほど努力が足りていない。
努力とは、してないと思う位には物事に夢中になり楽しんで気が付いたら継続しそれでいて発見を喜び。
そして、共に歩むものが居て初めて成せる事だ。
私の様に、こうしてただ座っているだけで共に歩まずとも何物も成せる存在など私自身からみてもひっぱたきたくなるのがオチだろうに。
「それで、貴女は経済から揺さぶる為に物価を下げに行った」
あれはダスト達がかってにやっている事だ、もっとも私はそれを咎めるつもりはなく黙認しているに過ぎないが。
「誰かが死ぬのがイヤで、私が害されるのも嫌だから抗議でもしているつもりなのだろうよ。私を攻撃した国の様に今国が傾いているのに、そこで暮らす国民が哀れに過ぎるとは思わんかね」
己の民すら守れず、己の民すら大切にせず何が政治なのだろうな。
「議論は大事だ、話し合いもな。ただ、それは今すべきことではない。今奴らがせねばならない事は己らの民の声に耳を傾けそしてそれを実行する事だ」
何もしない害悪と、確信して搾取する連中のどちらがより酷いかという話でしかない。
私の様に、原子元素を私自身にして全て万事滞りなく進める事が出来れば別かもしれないが。
「私のペットは優しいよ、私にはもったいない」
そういうと、エノは林檎を口に運ぶ。
「貴女のペットが三か月でケリをつけられなかった場合、値下げがとけて暴騰し今以上に苦しみますよ」
貴女が口出しでもすれば別なのでしょうが、貴女はそうしないでしょう。
「外部の力で無理矢理なおすとは、そう言う事だ。だからこそ、自身で立ち上がる必要がある。赤子なら親が支えるべきだし、ペットなら飼い主がある程度は操縦できねばな」
今すべきことが出来ないなら、生きている意味なんぞある訳がない。
「私の様に、存在する意味も生きている意味も存在する必要性も無い」
ヴァレリアスは眼を閉じ、そして微笑む。
「貴女に怯えるもの達は、貴女への理解が足りていないのでしょうね。貴女に働けというものも、貴女に何かをさせようとするものも」
そうだな、まったく困った連中だ。
そういって、エノは紅茶のカップを空にしておかわりを注ぐ。
「私は、貴女の様に美しくはないからな」
心も在り方も、決して。
「三か月、随分短いですよね」
時間をかければ、かけた分だけ死ぬからな。弱い奴から死んで、逃げて取り返しがつかなくなる。
「人の命は一つだ、その心も。季節の様に移り変わり美しくまた様々な色や形や見える景色を変えていくだけ」
あれでも、十分譲歩した。
それ以上の時間をかけて、良い事など一つもない。
それに、あの国が本当の意味で地獄に落ちるのは遠くない未来だ。
「早急に対処しなければ、もしくは私の様な存在が想いのままに振るわなければ」
あの国は、戦場になるよ。他の国との、争いのど真ん中の立地だからな。
「限界までまって、それでも三か月の猶予しか与えられないのさ」
今ダストの手持ちのポイントでは、私は手を貸せないからな。
「あいつは箱舟にのせて、救う事を続けてきたせいで。随分手持ちが減っているから、小さな善行を積み重ねる事も結構。だが、大局を救わんとしたときに足りず泣く事になる」
私はそれを判っていても、成長の為にあえてだんまりを決め込む。
「魔国にはそのつもりはないだろうが、あいつ等だって攻撃されれば戦争位するだろう。もともとは戦闘民族なのだからな、魔族という奴は」
元魔王共が、無理やり平穏を作り出している。そして、その出汁に使われているのはこの私だ。
魔国と人間の国の境目、そこに奴らの大事な居酒屋と箱舟という私の聖域があるのを奴らは知っている。
そして、魔国の連中は長寿故に私がどういう存在か知っている。
自分達の神が、どういう神であるかと言う事を。
「居酒屋から略奪などして、黒貌に迷惑をかけてみろ。その時は勇者を指名した上級神と同じように、私は握り潰すだろうよ」
容赦なく、遠慮なく。
「首座、貴女が止めないのなら私は止まらない。この世で私を止められるのは、貴女だけだ」
真剣な眼差しで、首座を見る。
それを、ただ紅茶を飲みながら微笑み流す。
「お互い、譲れない想いがあります。それに、接触しないのならこうしてお茶を飲むぐらいでちょうどいい。でも、次は出がらしじゃなく新品が良いですね」
止めに来た訳じゃありませんよ、珍しく貴女が自主的に働いているのが珍しくって野次馬根性が出ただけです。
そういって、カップを置いて林檎に手を付けた。
エノは口元だけで笑い、林檎を手に取る。
出がらしも新品も好みの問題だよと、肩を竦めた。
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