第百五十四幕 光炎燦渦(こうえんさんか)
光無は、右手を曲げやや正面に。
左手を引き手に構えて、エノの対峙していた。
まるで、鏡写しの様に間合いを測る様に。
横にスライドする様に動き、走り出す。
構えたまま、向き合ったまま走り。
そして、光無が突然消える。
最初に、左正拳。
それを、エノはヘッドスリップだけでかわした。
視線がずれ、死角になった位置から光無が膝で攻撃する。
膝のタイミングに、エノは攻撃に合わせて肘で迎撃した。
通常なら、脚の筋力の方が上で到底できようもないがタイミングと角度をずらす事で簡単にカウンターとして成立させている。
光無が足を踏ん張って耐えた所に、その時間差で真後ろから弧を描いて加速したエノの拳が突き刺さる。
それを、光無は体ごと捻って躱し。
通過するかしないかのタイミングで、エノは勢いを利用して逆再生の様な軌道のバックブロー。
光無は、来ると確信して両手を使い防ごうとするが簡単に崩された。
そこで、エノは口元だけで笑い。
「やるではないか」
光無も、大きく息を吐きだす様にしてバックブローを防いだ両手を見た。
「貴女は権能も魔術も魔法も武器さえ何も使わず、ただの一般人同然のスペックで七百万を超えるステータスの俺を技だけで圧倒していて良く言う」
権能を使って、ステータスが普通の冒険者並みでもなっていれば今ので両手がもっていかれてた。
それを、なんて事の無い様に苦笑しながらエノは笑った。
「相手が私で無ければ、お前は負けんだろうさ。お前は強いよ、十分強い。ただな、私は神なんだ。怠惰で、ゴミ屑で、最低とはいえな」
弱い神なんかいらないだろう、救わない神なんていらないだろう。
仲間面して、神に縋り。
苦しくなれば犠牲になれとほざく、愚鈍共もいらないさ。
神も愚鈍も世にあってはならんものさ、それでもあるからこそ世の中はお先真っ暗だ。
「不滅の存在に、挑み戦う事ができるというのはなかなかどうして大したものじゃないか」
私は、お前の努力を歓迎する。
今日から明日へ、真っすぐ生きる。
燃える様に、閃光の様に眩しく生きる。
それが、何処までも難しい。
「永遠に生きてたら、何処かで壊れどこかで努力をしなくなる」
だからこそ、生きているモノは皆大したものだ。
前に進み続ける事ができる連中は皆、大したものだ。
「どれ、傷も体力も戻してやろう」
複雑にひしゃげた光無の両手を、チラ見しただけで元の綺麗な状態に戻しスタミナも回復させた。
「その内、お前の肉体強度が上がって行けばいずれ私に届くやもしれん」
その日を、楽しみに待っているよ。
「ヒーローは不可能に挑むもの、そして反則はあり方で体現するものだよ光無」
一つを愛して、極め抜いた先にこそ己が反則呼ばわりされる領域がある。
人は老いぼれて、極めた頃には体はついていかないだろうがな。
神は、心の在り方しだいだ。
それほど、一つを愛し続ける事は難しい。
この世には誘惑が多すぎる、そうだろう?。
飽きもせず、懲りもせず。
後から追ってくる天才に怯え、それでも前を走り続ける。
「道なき道を開き歩くのが先駆者だ、いやなら後ろを歩けばよかろうて。当然、ナンバーワンにはなれないがそれでも楽に他の上に立つ事は出来る」
ナンバーワンである事に意味がある、ナンバーワンにしかできない事がある。
「だからこそ、私には悪役が相応しい。ヒーロー達に挑まれる、不可能という名の悪役」
生きている、お前達一人一柱(ひとりひとり)がヒーローだ。
「己を救うのは己、百歩譲っても仲間までだ」
光無は、うつむいて拳を握りしめる。
仲間を束ね、死に物狂いで向かってくる相手を容易く一柱でいなせる存在。
「もっと、己を誇れ。傲慢は良く無いが、それ以上に胸を張れ」
お前は、一柱(ひとり)でも私に攻撃を当てたじゃないか。
お前には、素敵な仲間も弟子も居る。
夫も居たし、娘も居るじゃないか。
膝をうちこんだ時、肉体強化も闘気もフルに込めて集中させた。
それを、ただの肘で砕かれたのだ。
権能も、肉体強化も闘気も無し。
ただ、角度とタイミングを完全に合わせただけ。
それだけで、砕かれたのは自分の膝だけ…。
「さて、今日はこの辺にしよう」
するすると、幼女の姿になる。
光無は、背中を向けたエタナにもう一度全力の左貫手を振りぬいた。
後頭部めがけて飛んでいくそれを、髪の毛一本で止めたエタナが振り向く。
「不意打ちはもう少し、力を込めずに打てると決められるやもしれんぞ」
しょうがない奴だなと、苦笑した。
「どうして、判るんです?」
そうだな…、極めるとまず力を入れた段階で筋肉が動くだろう?足の踏み込みも力が入れば音がするんだよ。
風を切る音もするし、そうでなくても意志を筋肉に伝達する際に走る微弱電流もそうだ。
加速していけば、風を切る際にも摩擦を生じるしソニックブームだって起こる。
それすら極限まで消え去る様に、動作を洗練させていくのだよ。
物理法則は、完全には消し去れん。私だって権能を使わないと言うのなら、そんな事はできはしない。
私の権能はあくまで、精査と改竄。現象と元素の支配等、多岐に渡る。
だが、権能も魔法も魔術も奇跡等も一切使わず強大な相手にカウンターだけで大ダメージを与える事を。強大な存在に、悟らせず叩き込む動作を極める。
これが技術なら、誰にだって出来るだろう。
そういう事が、大事なんだ。
技術であれば、極めさえすれば誰でも可能だ。
それは、特別な存在でなくていい。
特別な才能などなくとも、特別な存在でなくとも。
特別な才能と存在を打ち破れるだけの、技を幾星霜と練り上げる事こそが武の道。
(私は、お前の師として導き続けられねばならんのだからな)
精神生命体でも、気迫が揺れればそれで攻撃動作の形まで予想できるぞ。
「この程度の事は、権能など使わなくても出来る」
(その程度の事が、些事の様に出来なければお前の師など務まらん。お前は、自分が思っているより遥かに強いのだ)
ある程度の達人は、出来て当然。
過去は踏襲する為にあるのではない、過去から学び失敗から学び。
自身の憧れから学び、自身の好きな事を極める。
それに加えて、私の髪に一瞬で闘気を通して強度をあげればこうしてお前の拳すら止める事は造作もない。
元が髪だから、柔軟に衝撃を殺して逃がす。
そうすれば、脚を踏ん張る必要もなく最速で動作がくり出せるという訳だ。
「まずは、攻撃の意思や攻撃動作を相手に悟られないように努めれば不意打ちできる確率は格段に上がる」
いついかなる状況でも、決して警戒をさせない。
いついかなる状況でも、敵をつくらない様に心がける。
そして、殺す時は悟らせず情報を与えず逃がさず殺す。
味方は、足手まといや知能足りずだけ警戒する事だ。無能な味方は敵以上に邪魔な存在だからな。
光無の拳を髪の毛で止めたまま、別の一本を使い空中に逆さに立った。
音も出さず、動作も悟らせず。
お前も触角や、髪の毛に闘気を張り巡らせればそれだけで防具にも武器にもなる。
すっと、もう一度地面に立つと優しく微笑み。
「精進する事だ、光無。それと、見た目の年齢を自在にできるスキルをつけておいたぞ。それで、娘にでも会って来い。黒貌にも福利厚生でパーティをやったんだ、お前に何も無しでは私のプライドに関わる」
もちろん、お前の身につけたものと違い油断しようが寝ていようが一度決めた年齢からは動かない。娘と共に過ごすのも、一緒に暮らすのも一興さ。
それを、ただ真っすぐ光無は見ていた。
「さて、今日はもしも雷雨が晴れたならのコンサートだったな。急がねばっ!」
さっきまでの、エノは何処にもいなくて。
うきうきと走り出す後姿を見ながら、光無は思った。
「あれ?転移は?」
※案の定途中で気が付いて、悲しみに暮れながら転移。
(あり方、あり方か……)
一つを極め愛し続け、そしてその世界のナンバーワンにか。
前が力尽きても、前が寿命で倒れても。
己が、己だけが走り続けて周りに誰も居なくなる。
「後ろに誰かが居ても、横で誰かが共に行こうとも前は無し」
そう、両手を握りしめて光無が呟く。
「貴女は、不可能の頂点とでもいう気か。己の想いをただ貫く為だけに、ただそれだけの為に」
メモリアルソルジャー、記憶強者(メモリアルソルジャー)か。
歴史(メモリアル)、それらを使い分ける。
「俺にとって、貴女はヒール(悪役)なんかじゃない。ただ、貴女の贈り物などのセンスは最低だ」
何処か諦めた様な、何処か嬉しそうな光無の声が闇に響く。
「雷雨が晴れたなら…、雨も降らねば草も育たぬ。天敵も無くば、進化もせぬ」
嘘つきでなくば、現象の支配者など意思を持ってできるものでもないか。
老化という、現象すら貴女は自在にするという。
「そういえば…、ダストには何もやってないんじゃなかろうか」
ふと、黄金饅頭の姿が頭をよぎる。
「エノ様の事だからきっと、忘れてるだけか…」
まぁ、あいつは仕事が報酬だからいいとしてあいつに付き合わされるはろわ職員は最悪だ。
「娘も、アルカード商会で頑張っていた。黒貌の屋台と一緒に街に行った時、様子を見て来たから判る。元気にしているそれだけで、安心できた」
エノ様、俺に母親の資格なんてないと思いますよ。
それでも、許されるのなら会いに行く事がゆるされるのならば。
「あぁ、最後の拳は自信あったんだがな。完全な後姿で不意打ち、あれで決められないとなればどんな体勢からも当てられる未来が想像できない」
技術だけで、この俺のステータスすらものともしない。
「今まで挑んで来たものたち、お前達は弱すぎる。無論、俺もだ。あの、バカの前ではな」
我らが弱いのではなく、あれが強すぎるのだ。
眼を閉じ、息を吐く。
「雨が降り過ぎれば、大地の栄養は流れ。土だって空気を含むからこそ、根を張り巡らせやすくなる」
でもいつか、あのバカを守れる様に…。
幻雄崔にも、俺は死ぬまでに神に届いたぞと言いたくて。
娘も守ってやりたい、俺は戦闘しか出来ない邪神だから。
「高い、高い壁だ」
万感の想いを込めて、呟く。
犠牲を強いる神などいらない、無能な仲間など要らない。
神が与えて良いのは選択肢だけ、真に想ってよいのは捨てられないものだけ。
「技術だけで、俺に届く。それだけを極めれば、邪神を相手に人が戦える」
それらを、ただその邪神に教えてくれる神か。
「師よ、貴女は門番も警備もいらないでしょう。でも、私はそれに届く事を目標にしています。娘にもギイにも、今度は嘘などつかず強くなりたいと頭を下げてこよう」
それも、恐らく貴女は知っているのでしょう。
「本当に、貴女は能力だけは大したものだ」
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