第百二十二幕 闇盧裏側(やみのうらがわ)

「うぉぉぉぉぉぉ、だりぃぃぃぃぃぃ」


貌鷲が居なくなった闇の底で幼女が手足をじたばたさせながら転がり、時々エビぞりブリッジを決めながら背中をバキバキと鳴らした。


「見るまで信じずともよい、私はそう言ったがあのボケナスども面倒極まる」


闇の底でエタナが、だだっこの様にじたばたとしながら叫ぶ。

闇の軍団は力の信奉者、それは判っている。


だからといって、演技も出来ん新人がいるとは。


そして、それをあのダストはよりにもよって外勤に出しおってからに…。


しかし、あの貌鷲。

私の姿がみたい、力がみたいか。


姿はともかく、力はお前程度では見る事が叶わぬよ。


殆どのモノは、結界無しで私の姿を見る事すら叶わなかったのだから。

結界越しでまだ、相当数の力を押さえこまねばならなかったのだから。


人が太陽をみれば、眼を焼く。


あの距離であっても、工夫をしてようやっと姿を遠くから見れる程度。


私の力は十三分の一で原子現象を支配するのだ、文字通り焼くどころか立っているだけで焼き潰してしまう。


お前達の眼の前に立てるだけに、力を落とさねばならん。

見えるという強度まで、徹底して落とさねばならん。


「だるくて、面倒で仕方ない。証明した所で、私に益が殆どないのだからな」


俺は信じないぞと言った所で、お前に証明するだけの理由が私にないのだよ。

私はコストパフォーマンス至上主義者なんだ、元は命の樹という演算装置だしな。

私がコストを度外視するのは、愛するもの達への為だけさ。


実際の所、貌鷲のすぐ近く闇の中で突っ立っていた。


貌鷲が踏まれた様に感じていたのは、ただ気配を放っていただけなのだから。

ただの気配に、物理的な圧力を感じる程抑えに抑えてもエノの力はいるだけで容易くつぶしてしまう。


「それでも、皇位の闇一族であるあいつは地面に縫い付けられて立てなかった」


己の目の前に居たものもみえず、ただ頭を下げていたお前が本来望みを口にするなど無礼にもほどがある。


すっと眼を細め、ぴたっと動きを止める。


「闇のものどもはどいつもこいつも、私の本来の力(エノ)と姿に頭を下げ祈る」



うぜぇ、私は神扱いされるのが死ぬほど嫌いだ。


「まぁ、実際神の頂点の立場もあるのだからそれは仕方のない事なのかもしれないが。そして、地獄の日よりこっち私は確かにあらゆる神の最上位その三指に入るさ」


(力だけは…)


だがな、力があるのと。その力を行使したいか見せたいかそう言ったものとは別だ。


ましてや、私はもともと神というのが死ぬほど嫌いだ。

自分も含めて、神など似非でクソ共ばかりだ。


私の命令でなくとも、世渡りぐらいきちんとせんか脳筋どもが。

大路も連中も、私の可愛いスライムとペットを置物呼ばわりしおってからに。


「まぁよい、心で何を思っていようと行動にしなければそれは許そう」


私の愛する男を、専用の料理人だと勘違いしておる。


「それを、私がやらせているのは否定できん」


なんともいえない顔で、闇の中幼女はブリッジのまま苦笑いしていた。


「それでも、あいつも心から楽しいと思っているのが判っているからこそだ」


嫌々やらせる趣味などないぞ、少なくとも私にはな。

私が操ることなく、押し付ける事無く。


愛するもの達が幸せにならなければ、私が報いてやらねば。

風に靡くように、桃色髪のストレートが僅かに揺れた。


よく見れば、全身でエタナが震えているのが判る。

力をいれ、飛び上がり樹の背もたれの玉座に足を組んで座るたいせいに変えた。


カバラの樹の背もたれのついた椅子に深く腰掛け、幼女の姿の背に重なる様に本来の女神エノの姿が一瞬だけ重なった。


左手で僅かに前髪を持ち上げ、エタナでもエノでもない表情をしていた。

指抜きのグローブをつけた手から、さらさらと桃色髪がこぼれる様に指を通る。


「力にしか従えぬというのなら、それもよかろう。私の言葉しか聞かぬというのならそれでもよい、箱舟ではルールさえ守れるのなら全てを許そう」



(箱舟のルールは、最低限)


私は祈られたくなどないのだが、それでも私に祈りたいというのならそれもいいだろう。


誰も答えぬ祈りほど、無意味で虚しいものはない。


「大路、お前の幸せがそれにしかないのなら私はそれを叶えよう。クラウ、お前が納得いかないというのなら幾度でも私に挑むといい」


やはり、生きているという事は何より素晴らしいな。


幾度でも、どれだけでもお前達は言葉でなく生き様で語ると良い。


生き様と矜持で、己を輝かせる。

全てのモノ達よ、全ての生きとし生けるものよ。


「私の様な道は行くな、ロクなもんじゃない」


何事も、程々がもっとも幸せなのだ。


知っているか、ある程度以上の収入があると人ひとりの人生ではそれを使いきれず。

贅沢に飽き、最後に求めるのは死んでしまった両親が子供の頃作ってくれたなんのへんてつもない塩スープだったなんて落ちがあるんだよ。


希望をもって無ければ、貧しくなっていくは道理。

でも、心も生活も同時に豊かにならねばどっかで壊れるんだ。



人は神などではないからな、それはもう見事に木っ端みじんさ。

人は欲張りだというが、欲張りにならねばどっかで壊れる程脆い。


認めない事、それだけでも人は万力でねじ切られる様な圧力が心にかかるのだよ。


無いものを欲しがり、失ったものを欲しいと叫ぶのが道理。


ほらみろ、道徳なんざクソくらえだ。

本能のまま生きろなんて言わないが、叶える努力というのは心を鍛えるんだ。


筋肉を鍛えるには一度筋繊維が切れるまで使い、再生の過程でより強くする。

心が壊れない為に、その場で立つだけでへし折れない為に。


鍛え上げ、それを維持しなければな。


「大路とその一族が、鍛え上げる過程に祈りが必要だというのならさもありなん」


ほら見ろ、正義や悪なんぞクソくらえだ。


幾度も、立ち上がり続けろ。

幾度も、歩き続けろ。

幾度も、考え抜け。


腕置きに置いた、小さな手が拳を握る。


「夢幻の空に抱かれ、希望の光を浴び。存分に伸びて行け、隣の栄養を取ることなく真っすぐに伸びて咲き誇れ」



その景色は、きっとこの世で一番美しい。



「大路よ、数多の死と怨嗟を簒奪しただ積み上げた我が美しい訳がない。ただ、醜い力があるだけだ」



椅子に座った体勢のまま幼女が椅子からずりおちて、ぺたんとうつ伏せで地面に転がった。


一瞬だけ、エノの顔でそんな事を宣う。


「まるで盆栽だな、時間をかけてそれぞれの美しさを目指す」


まぁ、それも良かろう。

知っているか?、盆栽はな小さな木にする為にワザと成長を阻害する。

阻害しながら、その小さな鉢に収まる様にするんだ。


ストレスをかけず、美しく健やかにのびやかに育てるんだ。


それでも、私は。お前達に、大地に根ずき何処までも自然に伸びて欲しいと願っている。


「精々拾って来た雑草にすら、立派で文句の言えない水と環境ぐらい用意してやるさ。その代わり、お前らは存分に育つのだぞ」



エノの顔で邪悪に笑い、次にエタナの顔で微笑む。


「私は、何処にも居てはならんのさ」


何にでもなれ、何のフリもできねばならん。

居ないフリすら出来ねばならん、その場でもっともふさわしいものになれねばならん。


「それこそが、地獄の日に全てを倒す前に叫んだ誓い」


明日に怯えるな、過去を振り返るな。


「責任一つ取れない奴に誰かを使う資格はない、怠惰の箱舟ではその命にすら私が責任をとって見せよう。お前らは、ただ報われ輝くように毎日を生きれば良い」


ただ、私が責任を取るのは箱舟の中だけだ。

それ以外の連中なんざしるか、どいつもこいつも。


「協力など無意味、団結など無力」


全ての種族と手を取りあえと言いながら、手を取りあい協力出来た所で私と言う個に叩き潰されては到底説得力などなかろうな。


どの様な言葉も、それを実行できるものにしか言葉の力は宿らんさ。


それでも、協力出来る事。団結出来る事、目標に向かう事を私は薦めたい。

私が救うんじゃない、お前達一人一柱一匹が己を救え。


私にそれができたとしても、それを私がする事は決してない。

私以外の神ならばやるかもしれんが、私以外の王ならやるかもしれんが。


「私は箱舟の労働者に対してのみ、あらゆる事を約束してやろう」


エタナの姿で、地面に雑巾の様にうつ伏せで倒れながら。

かつての神どもは何をのたまったか、かつての王は何をのたまったか。


(地獄の日に向かって来た全ては、区別なく滅ぼした)


「敗れたものはみなゴミ屑だ、少なくとも何をいっても勝者は覚える必要がない」


(だが…、それでも)


「初代聖女クラウディア、お前の様に生きる事に妥協のない奴が私は好きだ」


(炎より熱く生きる、お前が眩しい)


覚える必要などなくとも、私は覚えていよう。

我儘こそが勝者の特権なのだから、覚えている我儘があってもよい。


証明する必要などなくても、証明する事の必要を私が認めたなら私は微笑んで証明しよう。


証明でしか、お前達の道を照らせぬというのなら。

闇の一族、お前達という労働者の道を照らし続けよう。


ルールを守り、労働者同士仲良くし。夢を叶えんと、働く箱舟の労働者である限り。


「ダスト、お前の言う誰もが報われる世の中というのは妄想の中にしかないのだ。平等などどこまでも似非、他ならぬ私がそれを証明してしまう」



だからこそ、私はそれを約束したからこそ。


「私は居ないと思われなければ、私はニートでなければな。現象の様に当たり前にあり、寄り添い。運命に等しい強制力を発揮しつづけなくてはならん、それを成し続けてこそお前達の神に相応しい」



クソ神らしく、屑らしく。

お前達の為だけの神として、お前達の幸せを見守ろう。



幾度でも、どれだけでも。

どの様な組織も、存在も。


挑み続けてみよ、私は地獄の日の様に幾度でも塵滅させよう。


両肩の百鬼夜行の和彫りに握られた宝玉の様に、両肩から肘にかけて魔眼が見開く。


六歳の幼女の背中にも、その百鬼夜行は腰まで広がっている。

普段見えない、それは隠しているパーツの一つ。


嘘も真実も、目の前にありながら見えない様にしなければならぬ。


やりきれずとも、その途中で砕けるとも。

夢を現実に変え、現実をつきつけ。

現実を霧散させる事ができなければ、それは神足りえぬ。


終わりのない悲しみを背負い、やりきれない思いを抱え。

私は負けぬ、負けてはならんのだ。


「さて、今日は何処でゴチになろうかな!!」


さっきまでの雰囲気はどこへやら、幼女は闇の中へ走り出す。

白いスニーカーのぺたぺたという音だけが、何処までも闇に響く。


彼女は、エノは闇の中にしかいないのだから。

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