第百四幕 天魔外道(てんまげどう)
涙が枯れて、両手を大地についた時。
人は死ぬのか、人は嘆くのか。
潰れて消えるのか、奮起して立ち上がるのか。
もしくは…、怠惰の箱舟へ呼ばれるのか。
ここは、ヒストリア・レゾナンス。
怠惰の箱舟の、フロアの一つ。
ここは今、死闘が繰り広げられていた。
世の中に必要とされなくなる、そんな技術は掃いて捨てる程ある。
だが、ここは違う。
手が焼けただれながら、飴をねり。
歴史に消えていった仮想があり、部族が淘汰されて消えた言語すらもある場所。
法規制や倫理感等の価値観で消えていったものすら、この箱舟には存在している。
ここでは法=ルールだ、法と違うのは脱法できず必ずバレる。
人がやれば証拠を集め、証言を集め時間をかけて裁判をなんて事をして予算を食いつぶすがこの箱舟ではエノが文字通り全部見ているのだから。
「罰もクソも、文字通り瞬時に対処してくる」
思っただけで、対処する準備に入るのだからその速さが判ろうというもの。
この、ヒストリアフロアではこう言った歴史に消えたはずのモノを研究している連中がここと図書館を往復している。
といっても、転移魔法をぼこぼこ使っているので一瞬で行き来できるのだが。
そう、転移魔法が公共交通機関の様に使えるのに汽車もトロッコもこの怠惰の箱舟では消えずに運用されているのだ。
適材適所と言う事で、実に様々な形で利用されている。
古い技術の上に成り立つ、最新のテクノロジーもだ。
もっとも、最新のテクノロジーというのは調べたら出てくるレベルのモノで幾らでも先を知る事は出来るのだが。
古い技術なら石器や土器だって、存在するのだから。
ここに、引きずられてきた花火師の燐香(りんか)。
花火は、管理が大変だ。
火薬は湿気でダメになる、配合をしくじれば爆発する事だってある。
マッチでも判る様に、火薬は場合によっては摩擦で引火するのだから。
湿気も湿度も、そして花火に色がついているように様々なものを火薬に混ぜて色を出す。
その分量もしくじればうちあげる時に、明後日の方に吹き飛んでいく。
吹き飛ぶのが花火だけなら、予算がダメになるだけだ。
ただ打ち上げるのが人であるなら、人をも吹き飛ばす可能性はついて回る。
子供用の小さなパック花火から、線香花火。
大玉、小玉と様々な花火が並ぶ。
時間停止倉庫にぶち込んで一息ついて、背中から倒れる燐香は軽い伸びをしながら自身の調合した花火の数を確認する。
「ここに引きずられてきた時は何様だと思ったが、来て見りゃただの天国だった」
燐香は、自身が来ている紅いハッピを指でつまんで苦笑し笑う。
「背中に花火師と青字で書かれたこれを作業着の上から着ろ、それがルールだと言われた時は謎だったが今なら判る」
ここでは、歴史に消えたものが全部ある。
全部あるから、誰が何やってるか神以外判んねぇ。
「だから、こういう服をきて自分の仕事を主張しろって事なんだろう」
外じゃ火薬は武器に使えるだけあってかなり規制が厳しい、買うのも扱うのも並大抵じゃない。
ここじゃ、作業場は結界が張ってあるし火薬すら通販できるとかいうふざけた仕様だ。
転売等が絶対出来ない変わり、買う時に制限がない。
十トンくれって言ったら隣に十トン入る倉庫が三秒で立って、中確認したら買った火薬がつまってるとかいうオチだ。
本人が使う分には、幾らでもどうぞという点には恐れ入る。
一度でもそう言う事をやれば、頭上にデカい矢印がゲームみたいにでて転売ヤーとかでた状態で生活させられる上にかなりの制限を加えられるからな…。
一定期間で解除になるとはいえ、ここの制裁は確実で陰湿だ。
仕事や報酬にも即跳ね返ってくる上、明確な違反にははろわと軍がまるでいなごの大群みたいにやってくる。
まぁ、私みたいなただ古い花火を作りたいだけの職人にはありがたい事この上ない。
花火の打ち上げはゴーレムで、人を吹っ飛ばす心配もないし。
人がうちあげて欲しいなら、そういう仕事をはろわに出せばいいだけだ。
作業場からでて、買ってあったにぎりめしとたくあんをかじる。
サザリアや幻麻草なんかも、ここじゃほいほいと手に入る。
火薬に混ぜれば、鮮やかな色がでるがサザリアは殆どの国で取り扱い禁止のしろものだし幻麻草なんかは扱うのを知られるだけで物理的に首が飛ぶ。
サザリアは魔導銃の触媒で、青い炎がでる事が特徴だ。
燃える時に魔素ごと大量に消費するせいで、生活に密着した魔道具も使用不能になるのが禁止理由だ。
幻麻草は、生成方法が違えばただの麻薬だからな。
もっとも、美しいピンクを出すにこれ以上のものは私は知らないんだけど。
ここでは、麻薬にすることが出来ない幻麻草や仮に魔素を消失しながら燃えても一切魔道具などに影響がでないようにする事が出来ているから特に禁止する理由がないと聞かされた時には嘘つけと思った。
「所が実際に調合して使ってみれば、マジでその通りに出来てる。もちろん発光は美しい色が出たからこそ、俺も本物だと判って使う訳だが」
なんでも研究所のエルフが、血涙だしながらもがき苦しんでこういう草花の品種改良を繰り返しているらしいが詳しい事は私には判らない。
その方法も、なんでこれをやろうと思ったのかというほど常識っぱずれなものだった。
超美味しい野菜があって、そのエルフはその野菜が大好きだが毒のある部分を取り除くとキャベツ大の大きさのものがラッキョウ程度の大きさになってしまうらしく。
「全部食べたい、無駄なく一枚の葉の無駄も無くだ」
宣言してから研究に研究を重ね、倒れる事千と三回でそろそろ楠種のドクター連中にしめ縄と鎖で固定されて入院させられそうになるような状況で品種改良の技術を確立。
なんでも、品種改良のバイオ技術と魔術を併用して有害部分だけを取り除く技術を確立しそれに伴って変わる育成条件を割り出したりしてるそうだ。
ここのエルフは大体そんなんだから、誰も気にもしてないが。
だいたいあいつら常識ごとどっかに忘れ物して、ほぼ毎日どっかの研究所が吹き飛んだり誰かしらボロボロで治療院に搬送されてるんだよな。
老若男女問わず、何かしらの研究を死ぬほどやってる。
俺も、花火をつくる時にその恩恵にあやかってる。
俺だけじゃなく、他の職人も。
豚屋通販や箱舟の設備を使わないなら、コンクリートだって固まっちまう。
変なとこだけ硬かったり柔らかかったりすると強度を維持できないのが普通、ここみたいに常に春うららの温度に保たれてるバッテリーの存在しない作業着が配られたりもしない。
ここは、専門職のドワーフですらこいと呼べば五分以内にすっとんでくるからな。
専門の機械待ってる間に状況が悪化したり、あーでもねぇこーでもねぇとぴーちくぱーちく言うような上司も居ないわけよ。
最終的な上司はダストになるんだが、あいつこの箱舟全ての職業に精通してやがるスライムだからな。
無論、花火にも精通してるから俺達花火師とだって話は合う。
技法の好みや、効率なんかの考え方の違いはそりゃあるけど。
ものを知らねぇ上司に振り回される事なんかない訳、ここの上司が一番ものを知ってるってオチまであるからね。
知りたきゃ聞け、調べろ。
職人の手元を見たいなら、見に行けばいいじゃねぇかがマジでその通りできる場所。
見せてくれっていって、見せてくれるトコは案外少ないんだよ?
ここじゃ配合も調合も、なんなら見学の為に休み下さいって言ったって普通に通る。
そもそも、地震を始めとした天災が意図的なものを除けば存在しねぇんだよ。
地震も雷も何もかもな…、だから花火作って雨だから打ち上げられないなんて事も当然ない。
ただ、天気屋に電話しろって言われるだけだ。
最初聞いた時は耳が腐ったかと思って三度聞き直した、なんだよ天気屋って。
電話で地震や雷や雨やら風やらを調達できるっていうじゃねぇか、農業フロアで地面の成分ごとコントロールしてる事もそうだが普通じゃねぇだろそりゃ。
そういうもんで調達できるのは精々が、掃除や家事の代理とかなんかを代理でやってもらうとかそういうのなら理解はできるが。
まぁ、だから俺達は打ち上げの日は風と天気を電話で頼むんだけどな。
風や気圧の計算を思いのまま出来るから、失敗するとしたらそりゃ俺達職人の責任だ。
あげく、外で同じ事をしたいなら女神に頼むんだなと来たもんだ。
それで、値段がきっちり出るんだぜ?高すぎて、思わず顔に手をあてて笑い転げた事は覚えてる。
「あんたは、そんなに働きたくねぇんかよ。ぼったくりにも、程があるだろ神様よ」
同じフロアを見渡せば、歴史に消えていった技術者が作業場もらってごりごりやってる。
お金が理由で消えたもの、新しい技術ができて廃れたもの。
世の中から必要とされなくなったもの…、ここは博物館よりも網羅されてる。
幸い、花火師は外にも沢山いる。
ただ、ここ程の条件でやらせてくれるところはないだろう。
天魔外道があふれる外、サボりの神様がやる天国。
いざなわれた奴は…、思い知る。
歩幅合わせるなんてこの世で一番クソなんだと、足を引っ張る事なんてもっとクソなんだと。
ここに引っ張られる時にあのダストから言われたんだ。
「怠惰の箱舟にあるのは努力が必ず報われる事、言い訳が出来ない事」
(そして、手を差し出してこうあいつは言ったんだ)
「お前の望む全てが手に入る、但しお前の全身全霊がその願いに値する程届くならば」
俺は、ヘッドハンティングしにきたんだと。
「金を欲しけりゃ金を願え、寿命が欲しけりゃ寿命を。弟子が欲しかったらそれでもいい、技術が外の世界で消えない事を願ってもいい」
来るかい?怠惰の箱舟という職場に。
人がやるならば、きっと嘘だった…。
お茶を飲み干して、手ぬぐいを首に巻き直す。
「私は、花火しか作れない。何を言われても、何を努力しろと言われた所でそれしかできない」
(だから、この空に花を咲かせ続ける)
直ぐに消えてしまう花に、けっして消えぬだけの心を込めて。
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