第八十三幕 憂鬱が来た日(ゆううつがきたひ)
レムオンは、自身のダンジョンを畳んで部下たちと共に怠惰の箱舟にやってきた日の事を思い出していた。
「怠惰の箱舟はマジでヤバいとこだった」
本当に感想はこれにつきる、八時間労働中に一時間半の休憩をルールで定められており。休憩して居なければ軍犬隊の連中が力づくで快適かつ出られない休憩室に連行してでも休ませる。
俺の部下で、「娯楽が判らん」という事であれば講習という形ではろわ職員がどこかしらの娯楽フロアの無料体験を仕事扱いでさせる。
後、休みたいならば仕事が始まる三十分前に例の腕輪で連絡すれば即休める。
その場合の人員は、はろわから補てん職員として出向してくる。
しかも、はろわ職員っていやぁここじゃ総合機関でその道のレジェンド並みの能力が複数ないとなれないのでまぁハズレを引かない。
確か、娯楽の講習をした部下はリアル双六(宿六狸)に連れていかれたんだっけか。
ルールは双六と同じ、順番にサイコロ振って進むだけ。
最初に参加料を払って、マスの指示に従いゴールを目指す。
ゴールについたら粗品もらって、帰るだけ。
時給三千ポイントで八時間分、二万四千ポイントの日給を貰い研修として双六を遊ぶ。
速くゴールについたら、その日の残り時間は自由にしていいと言われ俺の元部下はその研修に参加した。
双六自体は山あり谷ありで、本当に落とし穴に落ちるようなものまであって飛べる奴が落とし穴拒否しようとしたら重力魔法とアーティファクトとかで下のマスに叩き落とされたりと絶対に双六の指示に従わせようという凄まじい圧がありながら、その指示は輪投げをしたりシューティングゲームで一面クリア等優しいものが殆どだ。
しかも、ポイントを貰ったり落としたりするようなものもある。
職場体験でも実際にあったもんなぁ、こんなことが…。
他にも仮想技術者がエラーが出てねぇのにこけてるぅぅぅって頭かきむしってたとこで、腕輪にそいつは願ったんだっけか…。
「この仮想が一体全体どういう状態なのか教えて下さい!!」
叫んだ瞬間、ポイントが抜かれてブザーが鳴って。
今の仮想のハード、ソフト、ネットワークの稼働状態とその仮想コードがどこでコケてるのかが赤字でライン表示され。
ハード、ソフト、ネットワークの状態や経路。
果ては、改善の見込みがある部分は緑の線で引かれて直接空中に表示。
更にすげぇのが、その仮想コードがどうやって生まれたか。
修正日時、修正意図等のコードが生成された事についての記述。
欲しい情報が全部一瞬で検索できるように整理されて、また視覚的に判る様に三次元表示されてる。
仮想のコードなんて開発ツールの癖やコンパイラ見てぇな仮想に変換する段階でこけたりする積み重ねで出来てるから見えねえのが一番辛いんだ。
「だって、自分が何をやってるか判らなくなるんだから」
それすら、全部視覚情報としてネットワーク側やその先がどうやって処理してて何故エラーを吐き出さねぇかすら網羅表示しやがる。
それを、いつでもどこでも見れる。
「まさに、現在時点でどういう状態になってるかという情報すら報酬として表示し経路が変わったりコードをなおしたりするとこれがリアルタイムで書き換わった状態に表示される。ただし、あくまでこのコードが繋がってる先でこいつが必要としている分だけの表示だ」
俺は思ったね、容赦ねぇってさ…。
ただ、あくまであいつが願ったあいつの知りたい情報だけが完全の状態で教えてくれる。
仮想の技術者にとってこんなおっかない話は無い、奴らは見えないものを手探りでこねくりまわしてる上でチームで手分けしてじゃないと仮想のサイズがデカすぎて対処できないのが普通なのだから。
こんなバグも見つけられないのかと怒鳴られる度にお前がここ来てやってみろと怒鳴って本当に完璧になおされて金請求されたあげくに関係各所に通知してこんな技術力無いのに喚いてどなるんじゃねぇよボケナスが恥をしれって言われる事だってあるんだ。
一朝一夕で身につくもんじゃねぇが、仮想の技術者なんて上の方なら片手間で治せる様なバグですら下の技術者は何日もかけて直すんだよ。
そして、完成品ってのは大体下の技術者が出したバグや設計ミス。その場しのぎのパッチや仕様変更何かで火を吹く。
なくなりゃしねぇんだよ、バグ自体は。
しかも、なまじ情報が回るのが早いから口だけの奴にいわれるより余程きついぜ。証明とセットだから、言い訳出来ねぇもん。
それを、ポイントが抜かれた瞬間に全てを整理整頓地図化してる状態で見える化するんだから。
まさに奇跡、たがあいつ判ってんのか。
ここの奇跡はマジで有料、今はその場で助かるけど結構持ってかれるはずだ。
あっ…、抜かれたポイントみて膝から崩れ落ちたな。
赤い場所だけ直せば動作は完璧、要らない部分は斜線が引かれあげく紫で表示されたところは将来的にここにこういう形で加えれば最小のコードでしかも管理しやすい形で動作を保証して何故そうなるかの説明書きまでついてきやがって。
あげく、ハードの癖やソフト側の動作がずれてる事すら全部網羅的に腕輪で見えるようにも送ってきやがる。
どこの処理でどれだけロスやってるかも、フックの成功失敗に至るまで。
その言語の弱点、複合要素からくるエラーも全部だ。
(それらを、瞬きの間にやる)
おまけに、整理整頓された状態になって表示されてるから如何に自分が汚いコード書いてきたのか思い知る。
ダストの奴にそれを言ったら、変に笑いながらいってやがったな。
「元素と現象の支配者たる我が神が、仮想のコードを一瞬で見える化して整理整頓なぞ朝飯前だ。お前も、仕事で判らない事や欲しい技能すらもここではポイントで買える。但しお高いからな、自身で他者に尋ねるなり、欲しい技能を会得する為の努力し身に着けて切磋琢磨したほうが良いぞ」
俺は耳ほじって、眼をまんまるにして正気を疑ったわ。
答えは聞けば教えてくれる、それも最高の答えをだ。
そのハードやネットワークが許す限りの理論値を追いかけたものをだ。
成程、値段が高すぎておいそれとは頼めねぇわけね。
高過ぎて、しかも優秀過ぎる外注かよ。そりゃあ、たまんねぇな。
だからなるべく自身で努力して、稼ぎなさいってか。
開発ソフトの癖も、バージョンアップ追いかけるのも。
余計な事しやがって!!って叫ぶ事も、その手の苦悩全部が糧だからと。
「本当、マジでやべぇ所だな」
確かに選択肢はこっちにある、嫌なら頼むな。
実にシンプルだ、ルールも最低限。
だが、それでもここまで全ての対象に瞬時に対応できるもんなのかよ。
……、出来るからやってんだろうなむかつく事に。
俺魔神なんだけど、飽きれてモノが言えねぇわ。
だってそうだろ、どこの世界に実際リアルタイムで世界を覗いて対処するような奴がいるんだよ。そんなのおとぎ話かほら話の類だろうが。
……と神に腰までどっぷりの、俺ですらこう思う訳ですよねぇ。
しかも、そいつが働きたく無くてニートしたいから頑張って働いて下さいお前らってか。
「冗談じゃねぇぞ、マジで。そんな奴のお膝元が、この箱舟って訳かい」
色々体験させてもらって、給料も出します。多めに出すし、福利厚生もばっちりですよと。自分以外がなんかやるぶんには安めで快適を徹底するけど、自分が働くときだけ異様な値段取りやがる。
(どんだけ、働きたくねぇんだよ本当によ)
これが、無敗のダンジョン怠惰の箱舟ってか。
これが、俺のご近所にある最強ダンジョンってか。
「俺、真面目にDP貯めてこつこつやってきたんだけどなぁ。つれぇなぁ…」
溜息しかでねぇよ、条件も状況も違いすぎてよ。
「俺は力を借りてるだけで。幸せになれる世界を仮に望んでも我が神が力で強制するだけの地獄で本当の幸せには程遠いと言われたよ」
だがよ、それは裏を返せばこう言えるんだぜダスト。
「ここの女神はやる気になったら、それすら全ての次元で同時リアルタイムでそれをやってのける」
だから俺は、この怠惰の箱舟に報われない奴らを引っ張るんだよ。
ここには、選択肢しかねぇ。
選択肢を知らねぇなら、聞けば教えてくれる。
聞いても判らねぇなんてことはねぇし、調べとくわなんていう言い訳もされねぇ。
文字通り即時瞬きの間に正確な情報が出るが、それ以上に対処がとにかく早え。
「文字通り、ルール違反を何が何でも許さない様に出来てやがる」
定時も休憩もそうだし、仮に不許可で何かしら流してる奴が居ても三分以内に軍に取り囲まれる。
「俺やダストだって見落としはあるぜ、だって見えない所やマイナーな所はどうやったって死角になりうる。影の中は見ずらく、背中は見えないなんて常識だろ」
それをリアルタイムで、「文字通り言葉通り運営は見ている」なんだから。
ダンジョンだってそんな監視はできねぇよ、馬鹿野郎。
俺は初めてここに来た時、その徹底具合に度肝を抜かれた。
それすら、今では慣れたもんだ。
俺は、ダンジョンマスターだったから。ダストの分体とはよく話すんだけど、あいつも苦労してるわけよ。
(個人的に言いたい事も考えも判るが、俺達の仕事増えるからやめて欲しいが本音だが)
病や怪我でさえ、即死以外は緊急搬送する奴らがかっとんでくる。
足りなければの増員して設備増やす事ですら、今日明日には対処できてる。
これがどんな恐ろしい事か判るか、印鑑つかなきゃ前に進まねぇのにいざ問題が起こったら印鑑付いた奴が責任取らねぇ外と比べて如何におかしいか判るか?
謝って、印鑑押した奴が責任取った上で。
あいつが悪い、こいつが悪いならまだ判るんだよ。
問題が解決もされず棚上げされたら、相談にもってったやつやとばっちり喰らってる奴はずっと困ったままなんだよ。
だから、対処が先で処罰があとじゃなきゃ普通は困るがそれが出来ねぇ連中は山ほど居る。
ここは根本が違う、強制的に問題を解決して。責任は絶対何が何でも取らせる、何をしても曲がらない。プライドや謝りたくないという行動すら許さないんだよ、マジで。
「ルールに書いてあることは守らせる、仮に死ぬことを許さないとルールに明記されてるなら蘇生しようが無限に苦しめようが絶対に死ねないんだ」
「怠惰の箱舟の中だけの話なら、おかしいと思ったらはろわに聞け。あれが総合機関で、あの部署が一番ルールに精通してるからと」
はろわ職員ですら、ルールの解釈違いなども認められてないから説明が違ってればその場で弾かれるってんだからどれ程徹底してるか判るってなもんだ。
「本当にこれダンジョンかよ、これがダンジョンなら俺のやってた事はなんだってんだ」俺はな、部下がケガしたら頑張って治療しても涙を流しながら看取る事だって何度もあった。
そりゃそうだ、俺達普通のダンジョンはDP稼がなきゃ干上がっちまうんだから。
侵入者をいれて、撃退し罠を張りお宝を設置してな。
俺が前線張ってた事も一度や二度じゃねぇ、欄干と長らく戦争してたから居場所を守るために必死に食い下がってきたんだ。
「ちくしょう、嫌な事思い出しやがる」
時々、レムオンはかつての仲間達を思い出しながら涙を流さず拳を血が出る程握りしめる。
「ご近所に俺が望んだ理想郷があるなら、あいつら全部ここに送りゃ良かった」
時間は戻らないから、こうして毎日を生きる。
「おう、おめーら。今日も憂鬱の力見せてやんぞ!!」
ダンジョン、悪魔の憂鬱はもう畳んだ。
かつての、部下全員に向かってはろわ職員レムオンが叫ぶ。
様々な、悪魔を始めとしたさまざまな種族。
「レムオン様、今日も頑張って行ってきます!」
「様じゃねぇ、ただのレムオンだ。頑張ってきなっ!!」
そういって、部下の背中を軽く叩く。
「慣れねぇんでさぁ、勘弁しておくんな」
レムオンとかつての部下が笑いあう、お互いににやりと。
「おう、早く慣れろよ」
レムオンはポケットに手を入れて、はろわの名札をきちんと確認した。
「果てまで眩しく生きようぜ、お互いにな」
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