第五十三幕 向こう側
黒貌は飲食店を私に言われて始めたが、あいつがその料理を心から振舞いたいのは私だけ。
「その気持ちはとても嬉しい、しかしな黒貌。お前に生きよと言った時、お前は人としては死んでいたよ」
その時を思い出しながら、うどんの食べ終わった皿を見つめる。
力で運を引き寄せる、言葉にするのは簡単だ。
だけどな、心ごと潰れている人間にいう事でもない。
心が潰れたのなら、原因を取り除いたうえで長い時間をかけて修復しなければならないんだ。
それこそ、私の権能を使えばその限りではないのだろうが。
修復には時間がかかり、その時間はその人間のチャンスを潰すに十分だ。
「私は屑で面倒な女さ、好きな男に死んでほしくないだけの。それでいて、もっともはやく立ち直れる道を他ならぬ自身の大嫌いな力を使ってでも。お前が私から言われたら、断らない事を判っていて…だ。私は、狡い」
国や地域によっては再起不能、時間を使うというのはそれだけでリスクだ。
「私の様に結果も、最高効率の道も見えている等という事は本来なら神でも無い。時間を一部だけ戻したり過去に行ったり未来に飛ぶ術はあるが、世の全てを過去に戻したり未来に飛ばしたりする様なマネは私と私より上の三幻神位しかできはしないだろう」
(だから…、私はな黒貌)
「力を使えば見える事が何より嫌なんだ、自分だけが特別で自分だけがノーリスク。そんな奴が居ても嫌なんだ、それが自分なら猶更だ」
(だから…、私はな黒貌)
「私は、お前ら眷属と同じでありたい。先駆者ではなく、共に歩むものでありつづけたい。両手を伸ばしたら、横にお前らの手がある。それが、私の理想だ」
この世に清楚がないように、それが理想であるが故当然私はそれを望む。
しかし、理想は願いであってもそれが叶う事はない。
この身に宿るちからはあり得ないものすら、世界ごと創り上げ。
この身の力はその全てを見通す、故に私だけは確定された全ての先を知る事が出来るがそれでも信じる事をやめたく無い三千世界一の愚か者こそこの私だ。
誰も知らない道を歩く、それは世の中からバカにされるかもしれない。
「世は、その道が道でないうちは自らリスクを取らないのにそれをコケにするものが大多数なのに。その道の先に財宝があれば希望があれば我先にと走り出す、そんな俗物ばかりなんだよ」
横に立つものが屑ならば、それに引っ張られて希望を潰し。
前を走るものが屑ならば、後ろを走るものに罠を仕掛けまくる。
後ろを必死で歩もうとするものは、それだけ前の影響を受ける。
前が少ないうちはいい、前が多くなればなるほど屑の人数も相応に増えていき。
道は道に見えない位、罠だらけになるんだ。
道はあるだけましだが、無くても歩けなくなる事は無い。
(だから…、私はな黒貌)
その瞬間だけ、無表情の幼女の顔ではなく。この世の全てを恨みとおした様な醜悪な顔に変わる。
指抜きの皮グローブが軋みを上げ、抑えきれていない感情と力が僅か一瞬とはいえ外に洩れそれだけで、空間のあちこちにヒビをいれた。
「私は、自分も含めたお前ら以外の全てが死ぬほど嫌いだ。私はお前ら以外を愛さない、私はお前ら以外がどうなろうと知った事ではない」
その為なら、この醜悪な力を十全に振るおうとも。
その為なら、数多の神々すらも握り潰して見せようとも。
お前が私を喜ばせたいのなら、そうしよう。
ダストがあらゆる努力が報われた世界が欲しいというのなら、お前が管理する場所でのみ実現してやる。
光無、かつてのお前は力を求め邪神を辞めペット等と嘯いて側に居てくれる。
雷神も、戦争の神も。私の本質を判っていない、私が何故邪神で何故害悪なのかを。
空中に描かれた魔法陣を、裏拳を振りぬいて砕く。
光の粒子が花びらの様に舞い落ちては消えていく、それは黄金の花びらに見えた。
たったそれだけで、神が一柱この世から消滅した。
かつて、勇者にチートを与え。黒貌に蹴りだされたあの神が、黒貌に復讐しようとしたからだ。
「たかが、上級神の分際で私の眷属を害そうなどと。身の程を知れ、勇者や魔王等はどうでもいい。黒貌は、相応の対応をしただけだ。お前の様な存在は、目障り極まる」
最下層に居ながら、その復讐の気持ちを一瞬抱いた瞬間エノはそれに反応する。
刹那には一切の権能を封殺して、存在値ごとこの世から跡形もなく消し飛ばす。
拳を僅かにふりぬくだけで、この世のどこに居ても上級神すらまるでライターで虫を焼き殺す様に消滅せしめる。
「行動などさせない、その気持ちを持つ事すら許さない。お前の存在自体が、不愉快だ。私の逆鱗に触れない内は無関心でいようが、触れた以上お前の消滅は絶対だ。苦しませない位の慈悲はあろうが、それは苦しめる価値すらお前にはないからだ」
黒貌は店から蹴りだしただけ、その空中から地面に落ちる間に割り込んで神一柱捻りつぶす事など私には造作もない。
黒貌、やはりお前の作る料理はいい。
味等より、お前に作ってもらったというその事実が。
私に喜びを与えてくれる、それに…。
「報酬は喜びでなくてはならん、それは私にとってもだ」
醜悪な顔が一瞬だけ、幼女の輝く笑顔になる。
喜ばずに、何かを続ける事は難しいのだ。
私は、お前達に用意してやろう。
お前達が私の喜びである限り、私もまたお前達に還元しよう。
私は屑で、俗物で、愚か者だからな。
お前は、居るだけでも何かを望んでくれるだけでも。
私を喜ばせてくれているよ、お前自身が何を思っていようと。
さて、器を隅に置いておくか。
次は何を頼もうか、私はシンプルな方がいい。
派手なものでは、手が込み過ぎて。
どうも、初心を忘れそうな気がして。
お前は派手なのを、私に薦めるが。
お前が形も満足に作れなかった頃の、あの素朴なのが良いんだ。
蒼い月光に照らされた紅い牡丹雪のごとき、神の力。
エノに握り潰された、一柱分の神の力がエノの左手に集まっていく。
こうして集めてみれば、米粒より尚小さい。たったこれだけの力しか持たない、矮小な神の分際で私の黒貌に…。
ゆっくりと、呼吸を整え。ゆっくりと、表情を無表情の幼女にしていく。
感情を出すだけで、空間にヒビが入る。
いかんな、いかん…。
執念深く覚えているのは、権能の関係で仕方ないとしても。
実際の所力を使っている時は覚えているのではなく、見えているが正しいが。
それを表に出すのは、失態だ。
無表情のまま、ゆっくりとその場に座る。
そして、米粒より小さい力を更に力を入れて握り潰す。
黒貌は店から蹴って追い出しただけで、倒してなどいない。
黒貌にも誰にも気がつかれない様に、空中を飛ばされている最中にさも衝撃波や風圧で消えたように見せかけて。
この世のどこに居ても、彼女には手に取る様に判るし倒せる。
黒貌が人として死んでいたとしても、なるべく力を使わず立ち直らせる為に。
本来ならば私が力を使わず、世があるがままである事が望ましいのだ。
私という存在は、私と言う理不尽の集大成はな。
好きな男を癒してやることにすら、世の流れ通りに立ち直る事が望ましいと考える愚か者なのだから。
ダストとした約束を、そのまま利用した。
「なぁ黒貌、お前が欲しいものを全て報酬として私がお前に売ろう。お前が働いた分はポイントで私が払い、お前がポイントを使って私に何かを望んでみろ。私はお前の料理が好きだから飲食店なんかどうだ、店も仕入れも保存も手を貸してやるが客が来るかどうかはお前の努力しだい。お前は、その儲けで私に何か望んでみろ。私に叶えられる範囲で、私は何でも聞いてやる。割に合わない、飲食店というカテゴリでなら相応に続けるのは難しい」
ダストは報われる世界が欲しいと言われた、世の努力が全て無駄で運ゲーであるのなら。力と知恵があろうと、運ゲーに負ければ無駄。
だが力や知恵等が無ければ、運ゲーにもならない。
お前は相応に年をとり、私を孫の様に扱っている。
なら、私はお前の前では孫で居よう。
我儘で、奔放で、喜怒哀楽は難しいかもしれんが努力はしよう。
そして、幾星霜の月日が流れても。
お前は相変わらず、私に権利を買わせてくれと言い続けている。
他を望んだことはただの一度もなく、ただ子供達と遊園地に行ったり水族館に行ったりするだけだ。
いつしか、私もお前に望まれるのを楽しみにしている。
お前は、立ち直った。
だけど、相変わらずお前は妥協を知らないな。
妥協を知らないからこそ、何かを極め。
妥協を知らないからこそ、無限の地獄に落ちる。
お前はそんなやつだ、無限の地獄に居たからこそ。
お前は運ゲーの世の中に、耐えられなかった。
そりゃそうだ、元来悩みと言うのは理想との乖離から生まれるものだからな。
人より何倍も努力して尚、運も才能も無かったのだから。
運にも見放され、出会いもロクなものがなく。
これで良く人間やっていられるものだと、私は初めてお前を見た時驚いた。
何者も、誰にも報いられなかった私とお前。
ならば、私は報いてやろう。
ただし、高いぞ。
私はぼったくりだ、いつでも強気の値段だ。
どんな下らない願いでも、どんな無謀な願いでも。
私の値段の高さは、自信の表れだ。
「お前達の為の神は、お前達のどのような願いでも些事の様に聞けねばならんからな。次も買わせて下さいと言われなければならん、その値段でも構わないと言わせねばならん」
それでも良いというのなら、私から何でも買うといい。
世の中は嘘八百で出来ていて、私自身も偽りながら存在している。
私が、誠実で正直なのは願いに対する値段だけだ。
才能も運も、力も、お前が思う楽しい時間さえ。
お前が他を救いたいというのなら、ダストが箱舟に全てをのせたいとのたまわっても。
私は、お前が払う事が出来るならば全てを売ってやろう。
売ってやるとも、他ならぬ私はそれが楽しくて仕方がない。
本当ならタダでくれても良いが、それはしない。
他の連中と同じ値段で、他の連中と同じ様に売ってやる。
だから、黒貌。お前は、何度でも買いに来い。
私は、ずっと待っている…。
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