第三十三幕 ダメ男が二人

ここは、演歌が流れるカウンター席五席の居酒屋エノちゃん。

ここで、渋いロマンスグレーの見た目をした店長と顔面偏差値の比較的高い勇者が椅子に並んで腰かけ。


祈る様に、両手を胸の前で組み。机に肘を置いて、溜息を吐いていた。



「「ポイントが足りねぇ…、全然足らねぇ……」」



お互いの顔を見て、ジト目になりまた大きなため息をつく。



「なぁ、店長なんで店長はポイント足らねぇんだ。店は外まで繁盛してるし、出前もバンバンあって儲かってんだろ」



勇者がそう言えば、黒貌は頭を抱えて己を振り返る。


そう、エノちゃんはカウンター席五席でありながら外でビールケースを逆さにした机で勝手に飲んでる連中や転移魔法による出前ですこぶる繁盛しているのだ。



「先日、靴とスーツをメンテナンスしてもらいました。最高の出来栄えでこれ以上ない幸福と満足を得られました。ですが、叶えたい願いはまるで虫でも沸いてる様に次から次に沸いてくるのですよ。なまじ、叶うというのがこれ程自分を追い込むとは知りませんでした」



黒貌は、エタナから権利を買う為働きまくっているが。それ以上に、欲しい権利が多すぎて貯めても貯めても消えていくのだ。砂漠に水でも撒いてるみたいに、一瞬で消えていく。



叶うからこそ、その水を撒く行為をやめる事が出来ない。

品切れはないし、品も奇跡も知恵も商品の確かさは折り紙付き。



「時に勇者さん、貴方もドラム缶風呂に入り馬車馬の様に働いて臨時ボーナスも含めれば相当ポイント貯めこんでるでしょう」



黒貌は自分の事を棚に上げ、勇者に問う。勇者は何かに懺悔でもする様に、顔を胸の前に組んだ拳にぴったりとつける。



「んなもん、スマホとかガチャとか映画とかグッズとかですっからかんだよクソッタレ」


この二人は誰からも判り易く、働いてポイントを貯めてるが消費が激し過ぎて腕輪の中は素寒貧も良い所なのである。



「なぁ、店長ここのポイントは本当にやべぇ。変えられないものが無い、転売も税金もなければずるや誰かを出し抜いたりとか絶対に出来ねぇ。その癖、効果は速攻極まる。ためればだけどな、だけど貯まらねぇ貯まるわけねぇよ。変えられないものがねぇんだから、叶えられない事がねぇんだから」




結果ダメ男二人は、慢性的な自転車操業になっているのである。



「金で買えないものは確かに世の中にはある、だが箱舟のポイントで変えられないものはない。エノ様は、報われる事もまた地獄だとおっしゃっていましたが。私は、いや俺はそんな地獄の方がずっといい……。」



黒貌は、エノの在り方を思い出す。



「あぁ、クソッタレには違いないが他の神よりなんぼかマシだ。なんせ、全てが不要と言い切ってる。判り易く駆け引き無用で、選択肢だけがある。」



最初は米だけ欲しくて、ここにきた。

だけど、気がつけばどっぷりがっつり勤労してたって訳だ。


だって、異世界きてまさか電池切れがなく通信切れがなくサ終がないスマホくれって言ってポンとくれるんだぜ?アップデートに悩まされる事無く毎月通信費が飛ばない、セキュリティも万全の夢のスマホをだ。


見逃した映画も、買えなかったグッズも聖剣の声すら何とかできちゃうんだぜ。


「どんな当たり前でも覆る、どんな常識でもたたきこわして叶える。正し…、値段はぼったくり」



黒貌も、それを聞いて苦笑しながら。



「まぁ、叶わない叶うかどうかも判らない努力よりはずっといいですけど。世の中には、そういう事の方が多いですしね」


高いのは同意しますよ、俺も貴方も欲するものが多すぎる。


「それに、俺の故郷じゃ連続九時間以上、休みゼロなんて普通だし労働基準法も守らねぇブラックなんかごまんとある。ここは、最大一日八時間、休憩有、週二以上の休み厳守、たばこ等の抜けのマイナス査定にイジメや差別等ルール違反は犬共がスタンピードみたいに突っ込んでくる上はろわとダストの監視と査定が無慈悲な程正確で直ぐに制裁が飛んでくる。おまけに労働への希望条件は全部聞いてもらえる上で保証も保険も今日明日で書類が通るから安心しかできねぇ」




でもな…、と続く二人の顔色は悪い。



「だからこそ、貯まらねぇのよ。俺達みたいな、欲しいものが多すぎる連中は。ドワーフなんか飲み放題で凌いで、旨い酒もらって。仕事は誇りも値段も妥協しなくていい、知りたい事はなんでも懇切丁寧に知るチャンスが誰にでもある」



労働も願いも本人に選択肢がある、そしてどんな選択肢も確実なフォローがある。


「それに、なまじ強い願いを持つものしか居ないからこそ。下らねぇ事をとやかくごちゃごちゃ理屈こねくり回すより働いた方が早くて確実だ。ここじゃ職を変えても待遇を下げたくねぇならはろわにそう言えばいいし、今日の午前午後で仕事変えたってすぐに変えられる。働きたくないならさぼりゃ良い、でもサボる奴はほぼ居ない。願いが遠のくのがはっきり判るからな。」



なまじ、残業も無ければ早朝出勤も休日出勤もねぇんだ。

文字通り、条件通りで振り込みも自分で望んだタイミングでポイントが振り込まれる。


払われないって事がないし、腕輪だって腕が無い奴には違うもんが渡される。


俺の故郷みたいにATMが事故って、引き落としができねぇとか手数料がごっそりかかりすぎて預ける程損するとか。


そういう事がない、ルール違反がなけりゃな。


「そりゃ、ルールは守るさ守らざる得ない。ここに来る連中は、俺達もそうだが惰性で生きてる奴なんかほぼ居ねぇ。叶えたい事がないのに、ここに留まる理由がない」



なぁ、店長さん……。

なぁ、勇者さん……。



「どれ程貯めるのが辛いかみんな知ってるから、願いを叶えるほどみんな笑顔で良かったなって言ってもらえる。種族差も性別差も問われない、問われるのは我慢だけだ」



「「俺達みたいなのが、一番我慢できずに浪費するんだけどな」」


違いない、と二人で苦笑い。



からんと入り口のべるがなる、そこに歩いて来たのはエタナだ。

エノちゃんは居酒屋で引き戸だが、鳴るベルは原始的なもの。


「おっ、エタナちゃん」


相変わらず神乃屑とかかれた、ポケット付きの貫頭衣を着ていて勇者の隣にどっかりと座る。


「ご注文は、何にしますか?」


黒貌は水を出しながら、エタナに尋ねる。


「お子様ランチ」


黒貌は頷くと、お支払いはどうします?っと続けた。


「ポイント」


無表情のエタナは、そう言った。


「通常と極上がありますが、どちらになさいますか?」


「極上」


黒貌は覚書のメニューを目に見える場所にぺたりと貼って、前払いの料金を受け取った。


「少々お待ちください、これはサービスです」


プリンが1個、小さな皿にのせられていた。

エタナがこっそり、左手だけでガッツポーズを取った。


プリンを食べながら、酒や哀愁系の演歌を聞く。


ただ、無駄な時間だけが流れる。

無駄な時間ではあるが、どこか幸せな時間だけが店内に流れる。


エタナはぽつりと、いつもの無表情ではない口元だけ僅かに口角が上がる様な微笑を浮かべて一瞬でまた無表情に戻った。


(地獄なぞこの世にある、天国もこの世にある)


エタナは、お子様ランチを待ちながら。ふと、そんな事を思う。



(生きてるものは、誰にもチャンスと選択肢があるべきだ)


(後悔したまえ、学びたまえ)


(優しさなどに救いは無い、真面目な事が美徳なものか大事な事なんて)



「「つかみ取れ、己が歩いて己の血と汗を涙を流し希望を得よ。何かを捨てなければ、希望が得られないのならその希望は本人の最高であるべきだ」」


黒貌とエタナの声が重なる、勇者がきょろきょろと二人を見た。



「店長?」


黒貌は、苦笑しながら勇者の方を首だけ振り返って営業スマイルを浮かべ。

ことりと、エタナの前に完成されたお子様ランチが置かれた。


「はい、お子様ランチお待ちどうさま」


エタナは、目の前に置かれたそれを食べ始めるとそれ以降は無言になった。


アイスドラゴンテールの肉から作られた、ハンバーグをフォークで豪快に口にはこぶ。黒貌は、それを見て笑みを深くした。


エタナは、無言でもしゃもしゃとサラダやスパゲティ等を平らげていく。


「そうだ、これサービスです」


そうして勇者に差し出されたのは、焼きおにぎりだった。


「ありがてぇ、本当ここ以外で日本食なんてまず食えなくてさ」


「ここに居ると欲しいものが多すぎて、こういう飯に回す分も減らしちまうんだよな」


エタナはまるでゴミを見る様な目で一瞬だけちらりとそちらを見るが、黒貌はむしろ判りますよという表情で頷いた。


「まぁ、これは宣伝でもあるんですよ。次は買ってください、お待ちしています」


「あぁ…、判ってるよ」


勇者が出ていったあと、黒貌はぽつりとこういった。


「俺らは、欲しいものがある限り次がいつかなんて約束できませんけどね」

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