第16話
どれだけ考えても、私の足りない知識では打開策のひとつも浮かばない。
そして、メイリンがそんな私に気付かない訳がなかった。
それでも彼女は、私にそれを聞くことは無く。なにかを察している顔をしていたのにも関わらず、普段通りに接してくれた。
きっと、私が自分から話すのを待ってくれているのだろう。
たしかに、こんな状態で尋ねられても誤魔化さずに答えられるかどうかすら、今の私には分からなかったから、すごくありがたかった。
そして、そういう時に限って、時間が過ぎるのはとても早くなってしまうものだ。
「セリーヌ、準備出来タ? ボクは出来たヨ!」
「大丈夫よメイリン。ちゃんと出来たわ」
自室の扉を開けた瞬間に掛けられた声に顔を上げると、メイリンがきらきらした大きな目でこちらを見ていた。
「おおォ……! カワイイ! セリーヌ制服似合ってル!」
「ありがとう。メイリンも似合ってるわ」
記憶の中で何度も何度も繰り返し思い出されていた、鮮やかな青色のブローチ。それを制服の胸元に付けたメイリンの姿は、とても愛らしい。
今日のメイリンは、
「ンフフ~! ボクはなに着ても似合うからネ! セリーヌほどじゃないケド!」
「そんなに褒めたってなにもないわよ?」
「心外だなア、本心なのニ!」
ぷっくりと頬を膨らませて不機嫌な顔をするメイリンだが、雰囲気がとても楽しそうなことから、まったく機嫌を損ねていないのが理解出来る。
むしろ私よりもそんなメイリンのほうがかわいいと思うのだが、これを言うのは野暮なのかもしれないし、黙っておこう。
「あら、そうなの?」
「そうだヨ! セリーヌひどいヨ!」
「ふふふ、ごめんなさい」
「んもウ! 仕方ないから許したげるヨ!」
こんなやりとりが自然に出来るくらいには、彼女と仲良くなれた。
まるで、過去のあの頃と同じくらいに。
だけど、あの頃と同じ轍を踏むような、そんなことをするつもりは無い。
ぐっと拳を握り締めて、なるべく自然に笑顔を作る。
「じゃあ、そろそろ行きましょうか。このままでは遅刻してしまうわ」
「そーだネ! 入学式に遅刻なんて絶対損にしかならないヨ!」
「そうね。こんなに最初から成績を下げたくないもの」
「ネー!」
眩しい光の中へと、二人で足を踏み出した。
私たちは今日から学園生。
占術師の卵となるのだ。
◇
「皆さん、ようこそ。この栄えあるマリンフォード学園へ。私はこの学園の長を勤めている、ブレハルトと言います。在校生からは親しみを込めて、ハルト学長と呼ばれていますので、皆さんも気兼ねなくそうお呼びくださいね」
新入生が集められた大講堂の壇上で、金色の目と髪の、綺麗な顔をした男性が名乗っている。父と同じくらいの年齢に見えるけれど、耳が横に長いからか、魔族かエルフか、はたまた別の種族なのかは、知識のない私には判別出来そうになかった。
この学園には世界中の人々が集まってくるが、その中には少数だが、亜人種と呼ばれる種族も存在しているそうだ。
私はすぐに退学してしまったから、ほとんど記憶に残っていない。
それ以前に、その数少ない亜人種の全ての生徒が、この学園では人間として変幻しているから誰にだって分かるわけがないのだけれど。
学園長先生はその中の例外なのかもしれないが、きっとなにかしらの意図があるんだろう。
「ご存じの通り、この学園では身分差別が生まれないよう、皆さんには家門や氏族、つまり生まれが分からない、まったく違う名前を名乗って貰っています。そしてそれは学園関係者も同様です」
慣れたように説明されたそれは、カティアさんに渡された冊子にも書かれていたし、事前知識としても知っていたものだったが、大人達まで適用されていたのは知らなかった。
……あの頃は深く考えたり、予測をしたりなんて出来るほどの知能も、経験も知識も無かったからどれも仕方ないのかもしれないけれど。
「かく言う私も、本名を名乗っていません。それを探ったりするのはマナー違反行為とみなされます。減点対象となりますので、気をつけましょう」
そんな学園長先生の言葉に、周囲のあちこちから緊張感が伝わってきた。それほどまで、この学園での生活に期待と不安が寄せられているのだろう。
「さて、この学園の名前からも分かるように、この島はかつて、とある国の軍事施設でした。しかし、度重なる戦争で所有権は様々な国に入れ替わり、結果、平和な現在ではどこの国にも属していない島となりました」
語られ始めたそれは私にとっては知らない知識であり、だからこそ興味深く感じるものだった。前回はこんな話をしていただろうか。……まったく覚えていない。
学園長先生の顔だって前回も見た顔のはずなのに、なぜだか初めて見たみたいな気がしているくらいだ。きっと前回の私は緊張し過ぎてそれどころではなかったのだろう、そう、だと思いたい。
「それはこの島の場所が、各国の中継地点として最適な、世界のほぼ中央に位置しているためです。
ゆえにこの学園はどの学校よりも才能を重視しています。様々な国から優秀な人間を集め、教育することで世界の安寧を保つ。それがこの学園の目的であり、様々な支援をして下さる各国への忠義と、その信頼に応えるための礼儀だと、私は思っています」
内容を要約すると、世の中のために生徒を集めて教育しているってことだろうか。でもきっとそれだけじゃないんだろう。
物事にはすべてそうなる背景が存在するのだと、かつての私は身を持って知ったのだから。
「結果としてこの学園は中立地帯となっています。君たち生徒は各国からの代表者であり、そして、代弁者となるであろうことを忘れず、規律を守り、生活をしていって頂きたい」
きっぱりと、まるで断言するかのように告げられたのは、そんな言葉だった。
「なによりも大事なのは、君たち生徒がすでに“選ばれた”存在であることです。慢心せず、誠実に研鑽を積めば、世界に名を轟かすことが出来るほどの才能を、この場に居る全員が有しています」
きらきらと、どこからともなく光が差した。なにかを祝福するようなその光は私たち生徒の上に降り注いで、そして、ふわりと消えていく。
息を飲むような歓声が上がり、そして学園長先生は続けた。
「卑屈になることも、焦る必要もありません。驕らず、着実に学ぶ。ただそれだけで、あなたたちの成功は約束されています」
ああ、その言葉は覚えている。
「どうか、忘れないで頂きたい。君たちは世界の宝であり、希望なのだということを」
あの頃の私はそれを信じ切ることが出来ず、この学園から去ってしまったのだから。
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