魔法使いは孤食を好む

ω

ダイナー・ダックスバック

 八乙女やおとめ伊緒楽いおらが食事をしているところは、だれも見たことがないらしい。


「……って、何で?」

「知るかよ、魔法使いのことなんて。知りたければ自分で聞きな」


 話題を振ったのはそっちだというのに、突き放すようにそう言って、ディブロはトレーをカウンターの上に置いた。

 このあたりの『ゴミ捨て場』の住人たちと同様、伊緒楽もダックスバックの常連だ。もちろんアレックスも、彼女が多い時には週に三日四日とこの店に通っていることは知っている。

 確かにいつも持ち帰りto goで、店内で食べているところは見たことがない

 けれど、だからってだれも見たことがないなんてのはあるだろうか。他の場所で食べているだけじゃないのか?


「五枚」


 カウンターの前で考えに耽り始めたところで、上からぬっとディブロの手が差し出される。

 アレックスは唇を尖らせると、尻ポケットか硬貨を求められたとおりに五枚、取り出した。ディブロの日に焼けた手のひらの上に乗せて、代わりにトレーを受け取る。ベーコンとチーズを挟んだパニーニに、コーラのセット。


(たぶん、今日はこうだ)


 自分の予想の完璧さに機嫌を直し、アレックスは頬を緩ませた。意気揚々と席へ向かう。

 カウンターテーブルの前に並べられた椅子には、今日も目新しいものはない。

 古びたパイプ椅子、スツール、オフィスチェア……小さいカウチが置かれた時はみんな座りたがったが、お陰でいちばん汚れていて今や誰も見向きもしない。


 上るのが大変なスツールを避け、アレックスは店の隅に置かれたパイプ椅子に腰かけると、膝の上にトレーを置いた。


 パニーニを手に取ったところで、店のドアが開く。

 伊緒楽だ。


 いつも通り、そばかすの浮いた顔に、サイズの合っていない大きな眼鏡をかけている。ジーンズと、上着代わりに羽織った白衣はいつも通りだが、ブーツは見たことがない。新しく、いいのを拾ったのかもしれなかった。

 店じゅうの視線が自分に集中しているのも気にせず、彼女はまっすぐカウンターへと向かう。周囲を威圧するようにがりがりと床を擦る鉄パイプも常の通りだが、これが新調されているかはぱっと見は分からない。


「よう、伊緒楽、景気は──」

「ベーコンとチーズのやつとポテトのセット、ドリンクはコーラ。持ち帰りto goで」


 ほら、コーラだった。

 笑みを強張らせてディブロが問うのを遮り、伊緒楽は淡々と注文をする。アレックスは椅子に座ったまま、こっそりとガッツポーズをした。

 ただ、悠長にはしていられない。ディブロの手際は早い。軽く焼いたベーコンとチーズをパニーニ挟んで焼き色をつけ、細く切ったポテトを揚げてしまうまで二分もかからない。それまでに、アレックスは熱々のパニーニとポテトを口に押し込んで、コーラで無理矢理流し込まなければならなかった。

 苦しさに何度か急き込みながら立ち上がるころには、すでに伊緒楽はマクドナルドと書かれた紙袋を受け取って踵を返し、ダックスバックを出るところだった。

 トレーを置きっぱなしにすることを咎めるディブロの声が背後からかかったが、構いはしなかった。

 だれも伊緒楽が食事をしているところを見たことがない。そう教えてくれたのはディブロだ。

 そして、外から来た大人たちと違って、『ゴミ捨て場』の子供たちは、みんな魔法使いにあこがれている。

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