第20話
僕はカラオケを走って出た。
呉には何も言わないで出てきたし、大森さんも話の途中だった。
でも。
文字だけだったけど、なんだか夕が。
泣いているような気がしたから。
僕はいても立っても入れなかった。
家には、走って40分ぐらい。
バスに乗る方が早いが、時間を見るに次に来るのは30分先だろう。
バスを待つより、走ったほうが速い。
僕は無我夢中になって走った。
しばらくすると、最近全然痛くなかった右足が痛んだが気にせず走った。
頬に汗がつたり、息もどんどん荒くなる。
さっき飲んだ紅茶が、逆流しそになったし横っ腹も痛い。
でも、足は止めず。
回し続けた。
こんな、全力疾走したのは怪我してから初めてだった。
「ぜぇーヒューぜぇーヒュー」
変な呼吸になりながらも家に着いた。
眼の前は歪んでるし、頭も痛い。それに脚特に膝がギンギンと痛む。
なんでここまでするかも分からない。
ただ今は、夕に会いたいと思っていた。
リュックから鍵を取り出して開け、家に入った。
「あら、早かった・・・・って、どうしたの?すごい汗」
母さんは心配そうに駆け寄ってくるが今は、気にしていないでと言った。
僕は重い脚で階段を上って、自室に向かった。
夕はそこにいる気がした。
ガチャッ。
ドアを開けると、目元を真っ赤にした夕がベットの上に座っていた。
「遅い」
夕は頬を膨らませ言った。
「ごめん」
「何で行ったの?」
「何でって・・・・」
特に理由はなかった。
別に行かなくても良かった。
ただ、漠然とした未来に怯え行くことにした。
夕がいなくなる未来に。
夕がいない寂しい未来に。
僕は、ハッとした。
疎遠になっていた頃は、夕にそんな感情を持つこともなかった。
なのに、最近はすぐに夕のことを考えている自分がいる。
これじゃあ、まるで・・・・。
「ねぇ。聞いてる」
「えあ、何?」
つい考え込んでしまい、話が入ってこなかった。
「はぁー、もういい。こっち来い」
夕は、こちらを睨みながら手招きする。
僕は、夕のご機嫌を取るために近づく。
すると、甘い香りがしたと思ったらすぐに柔らかい感覚に全身が包まれた。
「え?え?なに」
「いいから黙って」
夕は僕を抱きしめた。
「臭い」
夕は僕の耳元でささやく。
優し声で。
馴染むように声は全身を駆け巡った。
癖になりそうだ。
体温が高いのか、温かくもちもちとした柔らかい肌。
夕の匂いが頭を麻痺させる。
「だ、だって、走って、帰ってきたから」
絞りだり出すように言った。
「汗じゃない。女の臭い」
「お、おんなの?」
何を言っているかわからない。
ただ、不快そうに夕は言うだけだ。
「じゃ、じゃあ、お風呂入ってくるよ」
頭がバカになる前に抜け出そうとすると、夕は力を強めた。
「だめ。離さない。私をほって行っちゃったバツ」
「え、えー」
夕はバツと言っているが、全くバツになっていない。
むしろ、ご褒美に近いものを感じる。
力が強くないから抜け出そうと思えば、抜け出せるがきっと顔が赤くなっているから。
今は、ただ夕の好きなようにさせる。
これを、バツだと思って。
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